第6話 いかにして彼女を連れ出すのか

「稲垣くん、私、冷静になったんだけども」


 そう言う米倉舞香だが、二人きりだというのに顔を寄せてきてひそひそ話してくるし、今朝から隙あらばにやけそうになるのをこらえたりしているし、全く冷静になったように見えない。


「冷静にって、どうしたの?」


「あのね、問題は、どうやって私と稲垣くんがヒーローショーに行くか、なの。休日の外出には、必ずお供の人がつくから……」


 金持ちー!

 SP付きかよー!


 いやいや、舞香が金持ちなことは分かっていたはずだ。

 だがだからこそ、彼女は自由にヒーローショーに行ったりできない立場なんだ。

 大きな会社の社長令嬢なんて、狙ってるやつはたくさんいるだろうし。


「特に、運転手の芹沢さんがね。いつもついてくるから」


「うーん……」


 俺は考え込む。

 そうか。舞香と二人でヒーローショーを見に行くためには、障害があるんだ。


 数々の戦隊物を見てきたらしい舞香が、どうして一度もヒーローショーに行ったことがないのか。

 それは、周囲が舞香の身の安全を考えているせいかもしれない。


 これはこれで、悪くないよなあ。


「うーん、うーん」


 俺が唸っていると、舞香が腕時計と俺の顔を交互にちらちら見る。

 あっ、十分間!


 舞香はせっかく、俺とのお喋りを楽しみに来ているのに、俺がうんうん唸ってその時間を消費してしまったらもったいない。


「よーし、今日も楽しく喋ろう!」


「うん!」


 舞香が笑顔になり、いつものオタトークが始まる。

 だけど、俺の頭は冷静だった。


 今日の彼女とのお喋りが終わった後、本番が待ち受けているからだ。


「それじゃあ、今日はここで……」


 いつも通り、名残惜しそうに彼女が去っていく。

 今日は直帰する日だ。

 俺は彼女を見送ることなく──先回りすることにした。


 ちょうど部活動が始まる時間で、帰宅部の生徒たちも多くが帰り終わっている。

 学校の人気ひとけが一時的になくなる頃だ。


 ダッシュで校舎を大回りしていくと、すぐに校門へたどり着いた。

 その脇には黒塗りのリムジンが止まっている。


 メガネを掛けた体格のいいスーツ姿の女の人が、時計を確認していた。


「すっ、すみません! 芹沢さんですか!」


 息が上がっているが、時間の猶予はない。

 女の人が顔を上げた。


「そうですが。あなたは?」


 いぶかしげだ。

 いきなり知らない人から声を掛けられたら、みんな警戒するだろう。


「あの、米倉舞香さんのクラスメイトでっ」


「ああ、お嬢様の」


 芹沢さんの表情が柔らかくなった。


「お嬢様がお世話になっています。お嬢様の護衛を務めております芹沢です」


 護衛!!

 今、護衛って言ったよこの人。


「それで、何の御用でしょうか? これからお嬢様がおいでになられるので、あまり時間がありませんが」


「はい! なので、単刀直入に言います!」


 俺は必死に息を整える。 

 気合、気合だ。

 整え、俺の呼吸!


「今度のGW最終日、ヒーローショーがあるんです! そこに、米倉さん……じゃない、舞香さんを行かせてあげてください!」


「……ヒーローショー?」


 芹沢さんが首を傾げた。


「それは、どうしてです?」


「舞香さんが行きたがっているからです!」


「なりません。危険です」


 ぴしゃりと断られた。

 うぬぬ、そうだよなあ。

 でも、こっちとしては退けないのだ。


 あんな嬉しそうな顔をしていた舞香を、がっかりさせたくない。


「人が多いからですか」


「そうです。誰がお嬢様を狙っているとも限りません。米倉グループの令嬢ですから」


「俺が守ります!」


「君には無理です。ろくに鍛えてもいないような者に、護衛は務まるものではありません」


「命がけでやります!」


「君は一時の気持ちに載せられてそう言っているだけです。君とお嬢様の関係は知りませんが、簡単に命をかけるなどという事を口にしてはいけない」


 やべえ。

 この人、正論で詰めてくるから隙がない。

 だが、こっちも引くわけにはいかないのだ。


 そろそろ校門から舞香が出てきてしまう。


「あのっ、俺、舞香さんがすっごい笑顔になるのを見てて、それでヒーローショー行ったら、絶対もっとすごい笑顔になるんで! 連れていきたいんです!」


「……お嬢様が、笑顔に?」


 芹沢さんが反応した。

 眼鏡の奥で、鋭い目が大きくなったり、細められたり。


「どれくらい笑顔に……?」


「舞香さんがドジっ子になるくらい凄い笑顔。明らかに普段の舞香じゃなくなってて、あんなテンション高い舞香さん初めて見たくらい……!」


「そ、そこまで……? そんなお嬢様は見たことがない」


 芹沢さんが唸った。

 これは……もう少しで落とせるか?


 だけど、時間切れだった。

 昇降口に、舞香が姿を見せる。


「今日はここまでですね」


 芹沢さんが呟いた。


「君。FINEアプリはインストールしていますか? 私とアドレスを交換しましょう」


「あ、はい!」


 俺は慌ててスマホを取り出した。

 お互い、フルフルしてアドレス交換をする。


「君の話は、捨て置いてはいけない。そんな気がします。詳しくはFINEで教えて下さい」


「はい!」


 よっし!

 なんとか舞香をヒーローショーに連れ出す糸口がつかめたか……!?


 やって来た舞香は、俺が芹沢さんと一緒にいるのを見て目を丸くした。


「どうして、稲垣くんが……?」


「稲垣さんと仰るのですね。ふむ」


 芹沢さんの目が一瞬、俺の頭から爪先を往復して見つめた。


「機会があれば鍛えてあげましょう」


「あ、はい!」


「お嬢様、こちらへ」


 芹沢さんが車のドアを開ける。

 舞香は首を傾げながら乗り込んでいった。


「ねえ。どうして芹沢さんと稲垣くんが一緒にいたの? ねえ、どうして?」


「偶然お会いしたのです。お嬢様の同級生だったのですね」


 芹沢さんがこっちを見た。

 あれは、話すなよ、という意味ではあるまいか。

 こえー。


 舞香は俺を振り返り、手を振ろうとして──慌てて下ろした。

 そうそう、いつもの舞香なら、クールな反応がらしいもんな。


 で、これを芹沢さんは見逃してない、と。


 舞香の口がむにゅむにゅ動いた。

 あれは言いたいことがある時の、舞香の癖らしい。

 普段はあんなこと無いのは、特に言いたいことが無いからだろう。


 で、俺に向かってはいつもああなのは……。

 喋りたいこと、いっぱいあるからだよなあ。


「じゃあね、米倉さん!」


 なので、空気を読んで俺から手を振った。


「うん、稲垣くん、また明日ね」


 精一杯、いつも通りの冷静な声を作った舞香。

 お上品に手を振ってみせた。


 そして今日はお別れなのだ。



 走り去っていくリムジンを見送りながら、俺は我に返った。


「舞香のFINEアドレスより先に、なんで芹沢さんのアドレスをゲットしてるんだよ俺……」

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