第5話 米倉舞香というひと

 ヒーローショーに誘いはした。

 実質これはデートではないか。

 つまり俺はデートの誘いを快諾された……?


 うひょー。

 我ながら、ちょっと冷静さを失う。

 しかも相手は、あの米倉舞香だ。


 新入生代表を努めた彼女は、入試の成績がトップだったらしい。

 本来は推薦でもっと良い高校にいけるのだが、下々の暮らしを見よとの米倉グループ総帥の言葉を受けて、ちゃんと受験をして入ってきたのだとか。

 それでサラッとトップを取るとか、頭の良さが違う……!


 で、壇上で新入生代表あいさつを読む彼女に、学校中の注目が集まったわけだ。


 ちらりと、クラスメイトと談笑する舞香を見る。


 座っていても、背筋はピンと伸びていて、常に話す相手の目を見ている。

 笑う時もあくまで上品で、口元を隠して笑うさまは、上品なお姫様のようだ。


 彼女、歩く時もとても姿勢がいい。

 日舞で鍛えられているのか、あまり足音を立てず、頭の位置が変わらないままスーッと歩いていく。

 しかも、歩く速度も緩急自在。


 勉強をすればもちろん、入学最初の実力テストでは学年トップ。

 運動をすれば、身体能力では女子の上位。


 そしてあの、和風美女って感じの可愛さだ。

 容姿については男たちの間で意見が分かれるが。


「米倉舞香は好みからはちょっと外れてるんだよな。黒い髪はめっちゃきれいだし、肌も真っ白だし、間違いなく可愛いんだけど……いや、可愛いって言うよりはキレイっていうか」


「分かるわ。俺たちの劣情を許さないような外見だよな……」


「取り巻きの麦野春奈の方が、エロい」


「わかる」


 なんて目で舞香を見るのだ。

 近くの座席の男たちの会話を聞いて、俺はため息を付いた。


 ちなみに彼らが語る麦野春奈は、舞香の取り巻きの一人だ。

 それなりにいいところのお嬢さんらしいんだけど、米倉グループと比べればさすがに格が落ちる。


 彼女の見た目は、ふわふわした茶色っぽい髪を巻き毛にしていて、甘えたような大きな目をいつもぱちくりさせている。

 背丈は低いが、制服を下から押し上げる胸元のボリュームに男たちは釘付けだ。


 恥ずかしながら、舞香との関係が始まる前の俺も釘付けだった……!

 バカバカ、俺のバカ。


「でもー、米倉さんってばやっぱり凄いからー。春奈は尊敬しちゃうなあ」


「そんなことは無いわよ。私、みんなと違うことはやってないから。麦野さんだって、すぐにできるようになると思うな」


「でもでもー、春奈は運動とか超ニガテなんだよねー。米倉さん、めっちゃ足が速いでしょー? あれは才能だと思うなー」


「走り方のフォームがあるの。体育も勉強と同じでやり方があるのよ。今日、ちょうど授業があるから教えてあげるわね」


「ホントー!? やったー! 米倉さん、太っ腹ー!」


 なーにが太っ腹だ、巻毛ボインの麦野め。

 くっ、ジャンプするな。

 揺れが視界に入って俺の封印した劣情を乱す。


「んお?」


 麦野がこっちに気づいて、ニコッと笑って手を振ってきた。

 舞香も振り返る。

 や、やめろー!

 まるで俺が麦野を見てたみたいじゃないか!


「うおー! 春奈ちゃーん!」


「かわいいー!」


 男たちが盛り上がった。

 おお、麦野はあっちに手を振ったのか。


「あっ、米倉さんがこっち見た」


「ヒェッ、美人……」


「あの目で見つめられると……俺、なんか緊張してきたわ」


 そして男たち、舞香の視線を受けて、スンっと静かになった。

 舞香の眼力……。


 だが、彼女のあれは睨んでいるわけじゃない。

 素で眼力が強いだけなのだ。

 一見クールな和風美女に見つめられれば、純情な男子高生なんか何も言えなくなってしまうだろう。


 だがな、だが、だ。

 舞香にはもっと、みんなが知らない顔があるんだよ!


 このところ連日で、俺と舞香は放課後のオタトークを楽しんでいる。

 あそこでの彼女の表情は、教室じゃ絶対に見られない。


 舞香の視線が、俺までやって来た。

 ピタッと止まる。


 あっ、舞香の口がむにゅむにゅしてる。

 何か言いたいんだろう。

 だが、待て。放課後まで待つんだ舞香。落ち着こう。


 俺には、彼女の手がスカートの裾をギュッと握っているであろうことが分かった。

 耐えているのだ……!


 そして、舞香が前を向いた。


「んお? どしたの米倉さん。トイレ?」


 トイレじゃねー!!

 デリカシーってものが無いのか麦野ーっ。


「そうね。授業が始まる前に外の風を吸ってこようかしら」


 意外なことに、舞香は麦野の言葉を受け入れたようだ。

 それを理由にして、気持ちを落ち着かせるつもりだろう。


 いつも冷静な舞香が、俺を見ると落ち着かなくなってしまう……。

 ちょっと嬉しい。


 ニヤニヤする俺の肩を、後ろから突くものがいた。

 佃だ。


「稲垣、お前、もしかして春奈ちゃんと……? だったら俺はお前を殺してしまうかもしれん……」


「やめろ佃、目がマジだ。違うから。昨日の話だろ? 俺の友達の話だから……!」


「そうなのか? お前を信じていいのか……!?」


「俺とお前の仲じゃないか。この目が嘘をついてるように見えるか?」


 佃は俺の目をじっと見た。

 うわ、なんか男同士で見つめ合うのやだ。

 ぷいっと目をそらした。


「その仕草は嘘をついている仕草だぜぇーっ!!」


「ぐわーっ! やめろ佃ーっ!」


 俺と佃はもみ合い、一時間目の始まりの頃には、制服も頭もくしゃくしゃになってしまったのだった。

 ちなみにそんな俺たちを見て、戻ってきた麦野は爆笑、舞香もちょっと吹き出しそうになっていた。

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