第4話 ヒーローショーへのお誘い
『ゴールデンウィーク初日、東遊デパートに米食戦隊ライスジャーがやって来る! 君もライスジャーと一緒に、クックオーバー!』
こんなチラシが、母親の買い物の中から見つかった。
「ヒーロー……ショー……?」
「なーに、あんた。高校生にもなってヒーローショーに興味あるの?」
「あ、いや、米倉が好きそうだなと思って」
俺が無意識に呟いたら、母親が目を見開いた。
「なにっ? その米倉さんって子、女の子なの? 穂積の友達? 彼女? うち連れてきなさいよね!」
「や、やめろー! 勝手に話をすすめるなー!?」
母の猛攻撃に遭い、俺は慌てて自室へ避難した。
中学生だった昨年までは、妹と一緒の部屋だった。
今は、父の書斎だった部屋をもらって、独り立ちしているのだ。
おお、一人部屋はこんな時に助かる。
変身ポーズの練習をしてても、妹の
「ヒーローショーか。そうか、その手があったか……。テレビの中だけじゃなく、現実にヒーローがやって来るようなもんだもんな。米倉舞香、喜ぶかな……。いや、だけどさ、いきなり俺に誘われて、まるでデートみたいじゃないか。絶対米倉舞香にはそんな気持ち無いって。冷たく断られたら立ち上がれなくなる自信があるぞ。俺、打たれ弱いんだ……!」
こんな時、誰かに相談したくなる。
だけど、俺と舞香のこのヘンテコな関係は、秘密なのだ。
誰にも話せない。
「いや、待てよ。俺のことじゃなく、俺の友達の話だってことにして佃に相談すれば……」
いいことを思いついてしまった。
早速明日、相談してみよう。
翌日の教室。
佃の席の前で。
「佃、俺の友達が困ってるんだけどさ」
「おっ、恋の相談か?」
俺の悪友、佃は中学からの付き合いだ。
同じクラスになれたお蔭で、入学当初はボッチをまぬがれた。
こいつは人付き合いが上手いので、すぐに友達をたくさん作った。俺もおこぼれにあずかり、友達を増やした。
ありがたい男なのだ。
「佃、なんでニヤニヤしてるんだ」
「いや、なんでもないよ」
まさかこいつ、俺の友達の話だって言ったのを見抜いてるのか……?
「恋の相談ってわけじゃないんだけど……知り合いの女子がいて、最近よく二人きりで話すんだけど」
そこまで言ったら、佃が真顔になった。
「詳しく」
「いや、あくまで友達の話だけどな? 俺の友達の話なんだからな? ええとさ、彼女はちょっと変わった趣味を持ってて、それの理解者があんまりいないみたいで、それで、俺の友達が話し相手になってるつーか」
「へえー……いつの間にそんなことに」
おい佃、どうして俺を凝視する。
そんなに目を見開くな、怖い怖い。
「いや、あのさ。その趣味に関係するイベントがあることが分かったんで、女友達を誘おうと思ってるらしいんだ。だけどこういうのって、デートみたいだろ? まだただのクラスメイトなのにそういうことするのはどうなのかなーと思ってさ」
「誘っちまえよぉ!! 二人きりで話できるんだろ!? おま、おま、お前、それはなー! 羨ましいー!」
佃が暴発した!
椅子に腰掛けながら、じたばた暴れる。
「そ、そっか。ありがとうな、佃。やってみる……じゃなくて、友達に伝えておくよ」
「くっそー! 爆発しろー! 健闘を祈るー!!」
いいヤツだなあ佃。
「つーか、稲垣。ふつーにFINEアプリで相談すりゃいいじゃんか」
「あー、ほら、俺ってそういうの上手く伝えられないからさ」
ボロが出るかも知れないしな。
FINEってのは、チャットアプリで、電話もできて、お気に入りのスタンプを送りあえるやつ。
このクラスのグループチャット、略してグルチャもあるらしいんだけど……。
舞香のFINEアドレスもこの機会に聞けたらいいな。
そしていつもの放課後。
本日で、三回目となる、米倉舞香との秘密の時間だ。
「今日も、あなたの十分を私にください」
「もちろん」
少し慣れてきたのか、舞香は落ち着いた感じだった。
俺と佃が盛り上がっていたのを、前の席からチラチラ見ていた気がする。
そういう雑談から会話に入ってもいいのだが……。
「ライスジャーを見始めた時に、映画の宣伝が入ってたでしょ。あそこに出てきたオチムシャガリジャーのね、レッドが男の人でリーダーでしょ。今までのもそうだったじゃない。そういうのが普通なのかなって思ったの。だけどライスジャーはハクマイジャーが主役でしょ? これはやっぱり革命だと思うの!」
「ん!? ちょっとストップ! 米倉さん、ライスジャー以外にも妙に詳しくない?」
「あっ!!」
一声あげて、舞香が静かになった。
日焼けのあとのない、白くてきれいな肌が、たちまち真っ赤になっていく。
耳まで赤い。
「……実は……戦隊は全部見てて……。昭和のから網羅してて……そういうこと言ったら引かれちゃうかなって思って……」
「知らないフリをしていたと……」
そう言えば、一昨日の時点で、舞香はハクマイジャーはレッドがリーダーではないことを熱く語っていた気がする。
彼女の特撮好きは一過性じゃなくて、筋金入りってわけだ。
「ごめんなさい! 私、嘘をついていたの! うううっ、引かないでー。稲垣くんに引かれたら、私、戦隊の話がまたできなくなっちゃう……」
「いいよいいよ。隠したくなる気持ちは分かる……! それより、十分しか無いんだからもっと楽しい話をしようぜ!」
俺は慌ててフォローした。
すると、舞香の表情がパッと明るくなる。
「ありがとう……! それで、あのね、今日はセキハンジャーの話なんだけど、歴代の女性戦士のアクターさんがね!」
リミッターが外れた!
いきなり、舞香の話題が濃くなった。
このままでは、いつも通り彼女の話を一方的に聞くばかりになってしまう。
それはいけない。
俺は意を決して、ポケットからチラシを取り出した。
「米倉さん、これ。あのさ、もうすぐ、ヒーローショーがあるんだ」
「ヒーローショー……?」
彼女がきょとんとした。
「知らない?」
「知ってるわ。でも、行ったことはないの。その……あれは男の子の見るものだってお母様に止められてたから」
なるほど。
家でも、舞香は自分の好きなものを話せないようだ。
「じゃ、じゃあさ。い……いっしょに行かない?」
「行くって」
舞香の目が、大きく見開かれていく。
いつもは少し切れ長の目で、和風美人って感じの彼女。
こんなに目が大きかったのか。
「行くって……ヒーローショーに……!?」
「ああ。行かないか……じゃない。行こうぜ!」
舞香が息を呑んだ。
そして、さっきよりも顔が赤くなる。
今度は恥ずかしがってるんじゃない。
鼻息が荒い。
これは興奮している。
「行く!! ヒーローショー、行く!! 連れて行って、稲垣くん!!」
文字通り掴みかかられた。
うおお、凄いパワーだ!
「わ、分かった! 絶対連れて行く! いっしょに行こう!」
俺も興奮してきた。
「や、やった! ヒーローショー、行ける……! わた、私はじ、初めてで、で、で」
「あ、いけない! また過呼吸になってる! 米倉さん、変身ポーズ! 変身!」
俺が声を掛けると、彼女の体が自然に動いた。
俺も合わせる。
ライスジャーの変身ポーズ……!
「クックオーバー! ライスジャー!」
スッと舞香の呼吸が落ち着いた。
彼女、興奮しすぎると過呼吸みたいになるんだな……!
特撮の話をしない限り、絶対にそういうことにはならなそうなんだが。
そうこうしているうちに、時間がやって来たようだ。
俺のスマホが、無情にアラームを鳴らす。
「もう時間だね。……でも、楽しみができちゃった」
笑顔のまま、舞香が立ち上がった。
「絶対、絶対に行こうね! ライスジャーのヒーローショー!」
「おう!」
俺が力強く答えたら、舞香はスカートの裾をギュッと握りしめて、笑顔になった。
おお……通常モードに戻ろうという意識と、おさえきれない嬉しさが彼女の中で戦っている。
「じゃあ、ねっ。また、ねっ」
「あ、ああ」
ぎこちない動きで帰っていく舞香。
気を抜いたら、きっとスキップしてしまうんだろう。
舞香も大変なんだな……。
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