第3話 靴箱の手紙、でも告白の呼び出しじゃなく
登校したら、靴箱に手紙が入っていた。
ハハッ。
なんだこれは。
このシチュエーション、昭和かよ。
俺は半笑いになる。
「おーっす稲垣! 何、固まってんだよ」
「なななななななんでもねえよ」
俺は平静を装い、素早く手紙をポケットに突っ込んだ。
オーケー、俺は冷静だ。
クールだ。
この手紙は、まあ、あれだ。
落ち着いてから読む。
ほら、何かそういうさ、特別な呼び出しじゃないかも知れないじゃん?
「明らかに変じゃん。どうしたどうした? 何か隠し事してねえか?」
「なななななんでもねえって! 俺はいつもどおり! そう、冷静だよ! ビークール!」
「冷静になれってか! わっはっは! んじゃ、俺は先行くからよ」
悪友の
奴は去っていく。
うーむ、どうも空気を読まれたような……。
教室の席に腰掛け、あたりを見回す。
いた。
既に、米倉舞香は自分の席についている。
彼女が自分から動くことは少ない。
取り巻きの女子たちがやって来るからだ。
舞香を見てから、ポケットの手紙を確かめた。
もしかして……今の俺、モテ期が来てるんだろうか?
なんかこう、舞香に対する罪悪感みたいなものが浮かんでくる。
そして、慌ててその気持を振り払った。
俺と舞香は別に、そんな関係では無いのでは?
こうして訪れた、チャンス的なものを、俺は活かすべきでは?
よーし、落ち着け俺。
稲垣穂積よ。
ポケットの手紙を取り出すんだ。ゆっくり、ゆっくりとな。
誰にも見られてはいけない。
これが、見知らぬ女子の勇気を振り絞った告白だったらどうするんだ。
紳士たるもの、それを俺以外の男の目に晒していいわけがない。
俺は深呼吸をした。
漫画で読んだ、沖縄唐手の呼吸法もやる。
ラマーズ法もやった。
よーし、落ち着いた。
俺は落ち着いたぞ。
ポケットから取り出した手紙を、両手に取る。
くしゃくしゃになっている。
ううっ、これを送ってくれたどこかの女子よ。
済まない。
だが、ちゃんと俺は中を読んで、君の思いに応えよう……!
くしゃくしゃの紙を、破らないようにそっと、ゆっくり開いていった。
──案外しっかりした紙だな……?
分厚くて、手触りもよくて、ちゃんとした便箋……いや、ちょっとお高い便箋なのでは?
開かれた紙は、思ったよりもしわが無かった。
書かれている文字もちゃんと読めるな。
凄い達筆だ……!
そこには一言、
『放課後、校舎裏の大桜の裏にて待つ。疾く来られたし』
とあった。
果たし状!?
俺が飛び上がらんばかりに驚いて、辺りを見回した。
すると、こっちをチラチラ見ている舞香と目が合う。
彼女は俺が手にしている便箋を指差して、にっこり笑った。
お……お前かーっ!!
つまりこれは、昨日に続くオタトークのお誘いということになる。
手の混んだことしやがって……!
しかし、舞香ってめちゃめちゃ字が上手いのな。書道も習ってるのかな。
そして放課後、ホイホイと校舎裏の大桜まで来てしまう俺なのだった。
大桜は、俺が通う、私立城聖学園高等学校の裏にある大きな木だ。
シーズンには、ここで男女が告白したりする事が多いらしい。
なんて紛らわしいところを指定するのだ。
果たして、そこには先んじて教室を出た舞香の姿があった。
「稲垣くん!」
弾んだ声色で、舞香が俺を呼ぶ。
「ごめん、遅くなって」
「ううん。私もいま来たところ」
デートかっ。
「今日は部活があるから、やっぱり十分だけ。君の時間を私にください」
「ああ、それは別に構わないけど……俺って帰宅部なので」
「へえ……。稲垣くん、部活に入ってないんだ」
「まあね。俺の希望する部活が無かったから」
「そうなんだ。あ、それでね、昨日あんなにお喋りしたのに、私、またお話したいことがたくさん出てきてね……。ライスジャーの敵のコウガイ帝国の帝王アバドンがサバクトビバッタ将軍とね……」
今日の話題は、敵の組織についてですか……!
舞香のライスジャーに対する愛は強い。
なんでこんなにハマってるんだってくらい、強い。
今日も、頬を赤くしながら熱っぽい口調でまくし立てている。
うん、この早口になる辺り、オタクのそれだな。
俺も毎日早く家に帰ってから、特撮を見たりアニメ映画を見たり、アクション映画を見たりしている。
「────というシーンが凄くて……! 夢にまで見ちゃって……!」
夢にまで見ちゃったか。
俺は舞香を微笑ましく思った。
「ああ、私も、この拳でコウガイ帝国の害虫怪人を倒したいなーって……」
「そっちだったかー」
自分が戦隊になりたい女子だった、米倉舞香。
そっか、だからこそ、変身ポーズを完コピしてるんだな。
何を隠そう、俺もなりたい系男子なのでよく分かる。
昔はバカにされたものだが、今では特撮系が好きな大人も多い。
俺がやってるSNSでも、日曜の朝になると特撮大好きおじさんたちが盛り上がっている。
一部は特撮大好きおばさんかもしれないが。
「米倉さんはさ、本当に特撮が好きなんだね」
「特撮……? うーん。私は、ライスジャーが好きなの」
特撮と言われて、ピンと来ないようだ。
おや……?
彼女は、年季が入った特撮オタなのかなと思ったのだけど。
「ええと、じゃあさ、去年に放送してた山賊戦隊オチムシャガリジャーは見てた?」
「オチムシャガリジャー? それは何かしら……」
心底不思議そうな顔で、そんなことを言ってくる。
去年の戦隊を知らない……?
俺はこの後、近年の特撮モノを並べて彼女の反応を見た。
どれもこれも、舞香は知らない。
彼女が知っているのは、米食戦隊ライスジャーだけなのだ。
米倉舞香は、ただの特撮オタではない。
何らかの理由があって、つい最近特撮にはまった、元一般人なのだ……!
一体何が、彼女にあったと言うのだろう。
俺が質問のタイミングを図っていると、舞香が慌てて立ち上がった。
高そうな腕時計を見て、ため息をつく。
「ああ……。時間だわ……。本当に、十分は一瞬。まだまだ、たくさん話したいことはあるのに」
部活の時間になってしまったらしい。
舞香は、少し悲しそうに微笑んだ。
「じゃあ、また明日ね稲垣くん」
「ああ、また明日」
結局質問できなかった。
そもそも、俺の中で舞香に投げかける質問が、まだ形を成していない。
何を、どう聞けばいいだろう。
「ねえ、稲垣くん」
去り際に、舞香が呟く。
「明日も、君の時間をくれますか?」
恐る恐る、という感じの質問だった。
だから、俺は力強く答えた。
「もちろん!」
「!」
その時、舞香が文字通り、飛び上がった。
うわっ!
喜んでる!?
飛び上がって喜ぶの、初めて見た。
そして米倉舞香は、ハイテンションに体を支配されつつ、全速力で校舎に消えていったのだった。
「特撮の話し相手くらい、いくらでもするさ。特撮を愛する仲間同士だからな。だけど……どうして舞香は、いきなりライスジャーにはまったのか……」
謎が生まれてしまった。
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