第2話 感じろ、彼女のメッセージ
廊下で女子たちがたむろしている。
その真ん中にいるのは、米倉舞香だ。
屋上でのことが、つい昨日あったばかりなので意識してしまう。
女子たちの背中越しに、彼女をちらっと見たらバッチリ目が合った。
舞香も俺に気づいていたらしい。
彼女の口が、むにゅむにゅ動く。
えっ、なんて?
「────!」
なんかウィンクしてくる。
うわ、ウィンクうめえ!!
ドキッとする!
「米倉さん、どうしたの?」
「何かいるの?」
「ごめんなさい、気にしないで。ちょっと目にゴミが入っただけなの」
訝しげな女子たちを、舞香は上品な物言いで誤魔化した。
そして、
「あぁ、今日は帰りに、踊り場でぼーっとしたい気分だわ」
なんてわざとらしく呟くのだ。
察しが悪い俺でもさすがに分かったぞ。
つまり、放課後の踊り場でオタトークがしたいと、そういうことなんだな舞香……!
俺が頷くと、彼女は実にいい笑顔を見せるのだった。
一日、米倉舞香を観察してみる。
彼女はいつも、人の輪の中心にいる。
見た目もいいし、頭もいいし、運動神経もいいし、ついでに性格もいい。
小さい頃から周りから大事にされてきたらしくて、当たり前のように人に親切を返す。
だから、みんなが舞香の周りに集まってくる。
そんな彼女だから、昨日までは俺にとって高嶺の花だった。
決して手が届かない相手だから、外からぼーっと眺めてきたんだ。
だけど……。
「あの屋上で見た顔、初めてだったな。あんなにいい笑顔、普段はしてないもんな」
舞香は上品に笑っている。
人に合わせてわざと笑っているという風じゃなくて、ちゃんと楽しんでいる笑いだ。
だけど、そこには昨日感じた、あの熱はない。
普通に楽しんではいるが……
「何かに熱中して、オタクになるまでハマって、それの楽しさと普通の楽しさって違うよな」
ふとそう思った。
クラスのみんなは舞香を大切にするけれど、その中で舞香は、あの屋上の舞香を出すことができないでいるように見えた。
まさか、あの米倉舞香が特撮オタクだなんて。
イメージが崩れちゃうもんなあ……。
その日も、彼女を見ていると何度も目が合った。
偶然かと思ったけれど、人の輪の中にいる間も、彼女が俺を探しているのが分かった。
俺を見て、口元をむにゅむにゅさせる。
何か言いたくて仕方ないのだ。
舞香の中で、米食戦隊ライスジャーについてのオタトークが渦巻いている……!
放課後近く。
俺には見ていて分かった。
舞香が手が、靴が、むずむずと動いている。
暴発寸前だ……!
見ている俺がハラハラする。
大丈夫か舞香。
放課後まで持つのか……!?
そうしたら、潤んだ目でちらりとこっちを見るものだから、胸がドキッとするじゃないか。
そういう、男を勘違いさせる仕草はやめろー。
終業のショートホームルームが終わる。
先生が解散を告げると、皆がわいわいと立ち上がっていく。
今日の学校は終わり。
あるいは、部活の始まり。
「米倉さん、校門まで一緒に帰りましょう?」
「今日も運転手さんがお迎えに来てるんでしょ?」
舞香の取り巻きの女子たちが、声を掛けてくる。
いつもなら、彼女たちの求めに応じて一緒に帰途につく舞香だ。
彼女は社長令嬢だけあって、毎朝毎夕、送り迎えはリムジンだ。
華道部に入っていて、その活動日だけは迎えが遅くなる。
今日は部活が無い日。
「行きましょう、舞香さん」
取り巻きの少女が、舞香を促した。
だが、今日の舞香はいつもとは違う。
「ごめんなさい、麦野さん、豆柴さん、玉田さん。私、今日はやらなくてはいけないことがあるの」
きっぱりと、女子たちにそう告げる舞香。
カバンを手にして、教室から飛び出す。
「ごきげんよう! 明日はご一緒しましょう!」
「え、ええ」
「米倉さん、なんだか今日は変じゃなかった?」
「うん。なんかずーっと、心ここにあらずって感じで……」
「……もしかして、好きな人ができたとか?」
「ええーっ!?」
「でもでも、ありうる……。だって、絶対米倉さん変だったもん」
きゃーっと盛り上がる女子たち。
違うぞ。
舞香はオタトークがしたいだけなのだぞ。
俺は知っている。
だから、俺は努めて冷静に、深呼吸をした後でカバンを持って立ち上がるのだ。
よし、俺は冷静だ。クールだ。
米倉舞香に他意はない。
俺に好意があるとか、そんなことは全然ない。
俺は今から、同士とオタトークをしに行くのだ。
「じゃあな、稲垣!」
「おう!」
悪友どもに手を振り、俺も帰途につく────振りをする。
一旦階段を下って、外に出る。
そして外階段を使って三階まで上がり、屋上に続く踊り場にやって来た。
遠回りして、さすがに息が切れる。
踊り場には、屋上の扉から透過した陽の光が差し込んでいた。
夕方に近い、午後の光だ。
そこに、彼女がいた。
「稲垣くん」
頬を上気させ、米倉舞香が微笑む。
「ごめん、待たせた」
「ううん、私もいま来たところ」
まるでデートのような言葉のやりとりだ。
例えそうだとしても、男女の役割が逆では?
「じゃあ、稲垣くん……」
「ああ」
階段に腰掛ける舞香。
俺も後から、隣に座った。
「──昨日の話の続きをしましょう……!! あのね、私ね、ハクマイジャーが好きって言ったけど、つまりそれはセキハンジャーが女子戦士なんだけど、ハクマイジャーがレッドじゃないのにリーダーじゃない? ホワイトがリーダーで、そこが挑戦的なのがすごくよくて……!」
怒涛のような特撮トークが襲いかかってくる……!
「落ち着こう、米倉さん」
「お、お、おち、おち、おちついてる、私、おち」
「過呼吸起こしかけてるから……! ほら、深呼吸して。右腕を掲げて、左手で手首を握って……立ち上がって……」
二人並んで立ち上がり、腰を捻ってから右腕を高らかに頭上へ!
「クックオーバー!」
俺と彼女の声が重なった。
おおっ、様になってるじゃないか。
家で一人でコツコツと練習してきた甲斐があったぜ。
「ああ……気持ちいい……」
舞香が恍惚となった。
「うちで、一人で練習してきて良かった……」
舞香、お前は俺か。
「ありがとう、稲垣くん。落ち着いた。あのね、私、話したいことがたくさんあるの。でも迎えが来てるから時間はあまりないわ。だから、十分だけ。あなたの時間を私にください」
「ああ、もちろん」
俺が頷くと、舞香はとびきりの笑顔になった。
こんな笑顔、クラスの誰も見たことないに違いない。
彼女が今、俺だけに見せる最高の笑顔だ。
「あのね、私ね……」
彼女は話し始めた。
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