素直じゃないきもち(あまのじゃく)
親友の
だって芹那が私に、「デラ」を貸してくれなかったから!
「デラ」っていうのは、『月刊怪談マンガDX《デラックス》』のことで、私と芹那は、「デラ」って呼んでる。
私たちは毎月12日に出る「デラ」をすっごく楽しみにしてた。
毎月交互に買って、おたがいに貸しあってた。
先月は私が買ったから、今月は芹那の番だった。
でも……。
「芹那のバカ!」
私は公園のベンチでつぶやいた。
ベンチに座って、足元を見つめながら、両足のあいだに見える地面に向かって言った。
今日、放課後、芹那をおいて1人で学校から帰るとちゅう、見なれないこの公園を見つけたんだ。
住宅街のはずれに、さびしくポツンとあるこの公園は、いまの私の気持ちにピッタリだ。
だれにも理解されない、さびしい存在。
公園は、「おさびし公園」という名前だった。
「芹那ってだれだ?」
わっ! 私のうしろで声がした。おどろいてふり向くと、公園のベンチの後ろの茂みが、ガサガサ不気味にゆれてる。
暗い茂みの奥に、なにかいるんだ。
「だ、だれ?」
私が声をかけると、背の低い木と木のあいだから、小さな人がヒョコっと出てきた。
え? なに?
子供みたいな身長なのに、顔は大人で、服は古くてボロボロだ。
なにこの人? そもそも人なの?
小さな人は、ベンチのうしろからぐるっと回って、私の前に立った。
ベンチに座った私と、ちょうど同じくらいの目線だ。
「芹那ってだれだ?」
その人は、妙に高い声で、ぶっきらぼうに聞いてくる。
「……」
「なんだお前、しゃべれないのか?」
「しゃべれるよ!」
「しゃべれんのかよ。面白くねーな」
そいつは高い声でケケケと笑った。
なんだろう? 大人? 子供? それとも……。
「だれ? 人間?」
「人間なわけないだろ、オレは妖怪だよ。オマエ、バカだな。ケケケ……」
ひどいことを言って、妖怪はまた笑った。
妖怪なんて初めて見た。
意外と小さいから、怖さはあんまりない。
なんか変な生き物って感じで、怖さよりも、デカい態度の方が気になった。
「オマエはバカだから、芹那ってやつとケンカしたんだろ」
「え? どうしてわかるの?」
「オレは頭がいいからな。オマエ、芹那にきらわれたんだろ?」
「違うよ、悪いのは芹那なんだよ! 私にデラを貸してくれなかったから!」
「デラってなんだ? ちゃんと説明もできないのか?」
「デラはマンガ! 『月刊怪談マンガDX《デラックス》』! 私たちは毎月順番で買ってたの。買った人が最初に見て、見おわったら必ず貸してくれる約束だったのに!」
「芹那はオマエに貸してくれなかったんだな。オマエのことがきらいだから」
「ちがうよ! 芹那は私のことが好きだよ、でも……」
「でも?」
「私が最初に借りるはずなのに、別の子に貸したんだよ!」
「なんで?」
「それは……」
「オマエのことがきらいだから」
「ちがう! 私が学校休んだから……」
「芹那は学校に持ってきたけど、オマエがいないから別の子に貸したわけだ」
「うん……」
「じゃあ芹那は悪くないな。悪いのは――」
「私じゃない! 一日待ってくれてもいいじゃない。私も早くデラ読んで、芹那と感想しゃべりたかったのに!」
「ケケケ……」
妖怪は高い声で笑った。
私は芹那とのやりとりを思いだして、悲しくなった。
今日、朝、芹那は私に謝ったけど、私は許せなかった。だって……。
私は知らないうちに下を向いて、じっと足と足のあいだの地面を見つめいていた。
顔をあげると、目の前にはまだ妖怪が立っていた。
ニヤニヤして私を見ている。
「なによ?」
「オマエは素直じゃないな。オレはオマエがキライだ」
「ひどい! どうしてそんなこと言うの?」
「ケケケ……」
私は悲しくなった。
それでも妖怪は笑ってる。どうして?
私は走って公園を逃げだした。うしろから妖怪の笑い声が聞こえてくる。
ケケケ……。
*
次の日、学校にいくと芹那は席に座ってた。
私が教室に入ると、気づいたみたいだ。
チラッとこっちを見た。
一瞬、芹那と目があった。
なのに私は芹那に話しかけることができない。
どうして?
いつもみたいに走っていって、なんでもない話をすればいいのに。
私は自分の席に座って、机に突っぷした。
両腕を机に置いて、その上に顔を乗せて、目を閉じた。
芹那に話しかけられない自分が嫌だった。
そのとき、足音が聞こえてきた。
こっちにくる。
だんだん近づいてきて、私の横でとまった。
「香奈」
芹那の声だ。
私を呼んでる。
私はおどろいてしまって、そのまま顔をふせたままだ。動けない。
「ごめんね。香奈にデラ貸さないで」
芹那が私に謝ってる。
なのに私は顔を上げられない。
どうして?
次は私の番だ。
私が芹那に謝らないと。
昨日は怒ってごめんねって言えばいいのに。
芹那が「デラ」をほかの人に貸したのは、私が休んだからなんだよねって言えばいいのに。
それだけなのに。
なのに……。
「私は悪くない」
机にふせたまま、私は言った。
私は素直になれない。
思ってることと逆のことを言ってしまう。
私の中で気持ちがねじれて、真逆の言葉が口から外にでてしまう。
どうして?
ほんとうはそんなこと思ってないのに。
ほんとうは私も悪いと思ってるのに。
それなのに、「私は悪くない」って言ってしまった。
バカ。私のバカ。
どうして素直になれないの!
遠ざかっていく芹那の足音が聞こえた。
どんどん私から離れていく。
とうぜんだよ。
私が、あんなこと言ったから。
*
今日も放課後、1人で帰る。
とぼとぼ歩いてると、どうしてだろう、やっぱりあの公園にたどりつく。
昨日もいった、おさびし公園だ。
そうしてもう、あの妖怪がベンチに座ってこっちを見ている。
ニヤニヤ笑ってる。
昨日、私にひどいことを言ったのに、どうして平気な顔をしていられるの?
私は学校でのイライラもあって、妖怪に怒りをぶつけたくなった。
私が苦しんでるのに、どうしてあの妖怪は笑ってるの?
ずんずん公園の中を歩いていって、ベンチの前まできて私は言った。
「なによ!」
「ケケケ……芹那に謝れなかったんだろ?」
いきなりホントのことを言われて、なにもしゃべれなくなった。
せっかく怒りをぶつけようと思ってたのに。
「ケケケ、オマエは素直じゃないから謝れなかったんだ」
「……」
「オレはオマエの気持ちがわからない。オレはそんなお前がキライだ」
グッと悲しみをこらえた。
ひどいことを言われたけど、本当のことだし。
「い、いやな妖怪……。あ、あなたは素直なんだね……」
「ケケケ……オレはほんとうの気持ちしか言わないからな」
妖怪はニヤニヤ笑った。
いやなヤツ!
「あ、あなたは素直だから、きっと妖怪の友達がたくさんいるんでしょうね!」
妖怪のニヤニヤ笑いが、一瞬とまった。
え? ほんの一瞬、悲しそうな顔をしたような気がするけど、すぐに妖怪の表情はもどって、またニヤニヤ笑いながら――
「ケケケ、オレはオマエと違って、いちばん友達の多い妖怪なんだぜ」
「じゃ、じゃあさびしくないよね、友達にかこまれて」
「ケッ、アタリ前だろ」
「でも、いつも公園でひとりきりじゃない。ホントはさびしいんでしょ」
「バカやろう! オレには友達がたくさんいるんだ! それに……」
「それに?」
「それにもし、ひとりきりだったとしても、ぜんぜんオレはさびしくなんかないんだぜ!」
そう言うと妖怪は突然ベンチから飛びおりて、裏にある茂みに向かって走りだした。
「え? どうしたの?」
「オレはオマエなんかキライだ!」
妖怪は暗い茂みに飛びこんで、あっというまに消えてしまった。
*
次の日、学校に向かいながら、私は妖怪に言われたことをずっと思いだしていた。
「ケケケ、オマエは素直じゃないから謝れなかったんだ」
ホントにそうだ。
私は素直じゃない。
学校について、6年3組の教室に入る。
芹那が、昨日の私みたいに、机に突っぷしている。
ひとりでさびしそうだ。
でもきっと、昨日の私もああいうふうだったんだ。
昨日、公園で妖怪は言った。
「それにもし、ひとりきりだったとしても、ぜんぜんオレはさびしくなんかないんだぜ!」
私はちがうう。
ひとりだとさびしい。
きっと芹那だって同じだ。
いま、芹那はひとりでさびしがってる。
私は、腕に顔をうずめてる芹那に向かって歩きだす。
昨日の妖怪の言葉を思いだす。
「ケケケ、オマエは素直じゃないから謝れなかったんだ」
そうだ。私は素直じゃなかった。だから謝れなかった。
でも、今日はちがう。
私は芹那の横に立って、言った。
「芹那……」
芹那の体がぴくっと動いた。
「ごめんね。私が休んだから、芹那からデラ借りられなかったんだよね。それなのに、芹那のこと怒ってごめんね。芹那が私に謝ってくれたのに、それなのに……」
私の目から、涙がこぼれる。
「それなのに、私は悪くないって言って、ごめんね……」
涙で、前が見えない。
芹那の温かい手が、私の手を握った。
「ううん、私もごめんね……」
ふたりで、泣いた。
私は素直になれた。
私たちはまた、前みたいに親友にもどった。
*
その日は、学校にいるあいだ、いつもふたりで行動した。
放課後になっても、図書委員の芹那が図書室にいくギリギリまでしゃべっていた。
「私、さびしかった」と芹那が言った。「香奈がいないから、ひとりきりだし……」
「私も。学校からひとりで帰って、知らない公園でひとりで……じゃなかったんだ。あのね芹那、公園に妖怪がいたんだよ」
「え? もしかして、おさびし公園にいったの?」
驚いた。
どうして芹那が公園の名前を知ってるんだろう?
「だって香奈、あそこの公園って『あまのじゃく』が出るってウワサでしょ」
「ホント? でも、あまのじゃくって、なに?」
私たちは図書室にいって、『妖怪辞典』を調べた。
そこには、
「あまのじゃく……ひねくれものの妖怪。いつも、思っていることの真逆をしゃべる。いやなことを言うので、妖怪の中に友達がひとりもいない」
と書いてあった。
芹那が図書カウンターの中に入った。
受付係になるんだ。
私は学校をでて、歩きはじめた。
とぼとぼ歩いていたけど、だんだん歩くのが速くなる。
『妖怪辞典』に書いてあった言葉……。
「いつも、思っていることの真逆をしゃべる」
そうだ。あの公園にいた妖怪は「あまのじゃく」で、しゃべっていたのはずっと、真逆の言葉だったんだ。
じゃあ、私に言ったあの言葉は?
「オレはオマエの気持ちがわからない。オレはそんなオマエがキライだ」
って言葉は、ホントは……。
「オレはオマエの気持ちがわかる。オレはそんなオマエがスキだ」
私は走った。
おさびし公園が見えてきた。
あまのじゃくは悲しい妖怪だ。
いつも自分の心とは真逆のことを言ってしまう。
「もしひとりきりだったとしても、ぜんぜんオレはさびしくなんかないんだぜ!」なんて言ったけど、ぜんぶ反対なんだ。ホントはすっごくさびしくて、すっごく孤独なんだ。
公園の中を見た。
ベンチには……だれもいなかった。
私はベンチの前に立った。
その裏にある、暗い茂みに向かって言った。
「あまのじゃく! 私もあなたとおなじ! 素直になれなくて友達とケンカした! ホントはさびしいくせに、さびしくないふりして、強がって、人にいやなことを言ったの! でも私、言えたの! 素直になって、『ごめん』って言えた! 芹那に言えたの!」
暗い茂みの中から、返事はなかった。
「もう、いないの……?」
返事はなかった。あまのじゃくは、消えてしまったんだ。
私が帰ろうとしたとき――
「オレはオマエがキライだ」
茂みの中から声がした。
ふり返って、私は笑って言った。
「私もきらい!」
「俺も大キライだ!」
「素直になりなよね!」
「オマエもな!」
「またくるからね!」
そう言って公園をでる私の背中に、あまのじゃくの声が届いた。
「もう二度とくるなよ! 待ってないからな!」
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