真夜中に動く銅像(七不思議、番外編)

 真夜中に動く銅像があるってのは、ウソだね。せっかく学校の七不思議を調べにきたみたいだけどよ、残念ながら動く銅像なんてねーんだ。


 オレはここいらを飛びまわっていろんな銅像を見てきたからわかるんだ。動いてるヤツなんかみたことない。だから、な、ウソなんだ。


 学校の七不思議だってウワサされてるのはオレも知ってるぜ。学校の銅像にとまっているとよ、下を歩いてるオマエみたいな子供がよく言ってるんだな、「この銅像、真夜中になったら動くんだよ」なんてな。


 それを聞くたびにオレは言うんだ。「ウソウソそんなのウソ。あいつらは昼だろうが夜だろうが動かねーぜ」って。


 そしたらよ、まあ、たいていの人間はオレの美しい声におどろいてよ、木を見あげて、今度はオレの美しい姿におどろくってわけだ。なんと言ってもオレはここいらでいちばん美しい鳥なんだからな。


 そんなオレが、夜に動きだす銅像なんかいないって言ってるんだから、信じるしかないだろ? な?

 ただよ、学校の銅像って、動きはしないが、話はできるんだぜ?


 ま、人間には聞こえねーんだ。聞こえるのはオレたち鳥くらいだ。銅像の肩とか腕とか、頭の上とかにとまって鳴くわけだ。あれ、銅像としゃべってんだよ。


 なにをしゃべってるか気になるか? まあ、オレたち鳥はどこでも飛んでいけるからな。たいていは外の世界の話をしてやるわけよ。同じ場所に何十年も突っ立ってる銅像に、外の世界のことを教えてやるのよ。


 オレがよく話す銅像は、北北西小学校の銅像だけどよ、ほら、オマエの目の前にいるヤツよ。オレがいまとまってる右腕の持ち主。右腕をまっすぐのばして、左腕は腰にあててよ、のばした腕の先をボンヤリ見つめてるコイツよ。服も着ずに、やけに筋肉のついた体でよ。


 下の台座に書いてあるだろ、「希望」って。それがコイツのが名前よ。いったいなにが希望なんだか、オレにはわかんねーけどな。


 ま、オレみたいな美しい鳥がこんな汚い腕にとまることもないんだけどよ。こんな銅像、ほかにとまるヤツもいねーだろーから、オレがお情けでとまってるってわけ。


 やさしいだろ? オレは見た目だけじゃなく、中身も美しいんだな。おい銅像、いまオマエの話をしてやってるんだぜ。聞こえてるか?


 あ? なんだって? おいおい、いまそんな話はどうでもいいだろ……。ハイハイわかりましたよ。


 あのな、銅像のヤツが言うには、最近ここいらで不審者が出てるんだとよ。動かない銅像のクセによく世間のこと知ってるよな。


 あ? なになに? えーと、銅像のヤツが言うには、学校の玄関のすぐ横に立ってるから、子供たちのウワサ話はよく知ってんだとよ。


 で、銅像のヤツがオマエに注意しろって言うんだよ、不審者がいるからはやく帰れって。ま、もう夕方だ。オマエも七不思議なんか調べてねーで、はやく帰りな。


 おい銅像、見てみろよ。オレの注意を聞いたら、あの女の子、一目散に帰りやがったぜ。人間なんて単純だな。あ? バカ言え、オレの注意を聞いて帰ったんだぜ。


 え? オレの言葉は人間には通じないって? なに言ってんだ、通じないのはオマエたち銅像の言葉だけだぜ。


 オレたち鳥の声はちゃんと人間に通じてる。鳥が鳴けば人間は耳を傾けるだろ? それが証拠ってヤツよ。

 さらによ、オレの鳴き声はここいらでいちばん美しいからよ、人間はオレの鳴き声を熱心に聞いてるぜ。


 さっきの女の子だってそうだったろ? え? オマエを見てただけだって? バカ言え、銅像をずっとながめてる女の子なんているかよ。


         *


 あっ、おい銅像、またあの子が来たぞ。昨日のホラ、七不思議を調べてた女の子だよ。きっと、オレの美しい姿を見たくなって、またきたんだぜ。放課後にまたくるなんて、絶対オレのファンだぜ。ちぇっ、銅像、なんとか言えよな。


 お、きたきた。コホンコホン、昨日につづいてよくきたな。人間にしてはまじめでよろしい。さて、今日はなんの話をすればいいんだ?


 なんだ? 手に持ってるノートはなんだ? 学校の七不思議を調べてるのか? だから銅像は動かねーんだって。な、銅像?


 ちぇっ。銅像のヤツ、今日は無口でよ、なんにもしゃべんねーんだ。原因はアレよ、昨日言っただろ、最近ここいらで不審者が出てるって。女の子にいたずらしたり、さらったり、サイテーのヤツよ。


 そんなヤツがうろついてるからって、銅像のヤツ、ずっと見張ってんだよ。だからオレが話しかけても、仕事の邪魔だからって答えないわけ。


 それよりオレの話をしてやろーか? おい、銅像ばかり見てないで、オレの方も見ろよ。


 だいたいオマエ、オレの言葉聞いてるのか? おい銅像、オマエからもなんとか言えよな、こんな美しい鳥が美しい声で鳴いてるんだから、少しはオレのこと――


 え? うるさいって? 銅像のクセに生意気な口聞くじゃねーか。え? いま校門の外に変なヤツがいるから監視してるって? なになに、どいつのことだ?


 あーなるほど。たしかに電柱に隠れるようにして男がひとり立ってるな。サングラスをかけてマスクをして、いかにも怪しそうなヤツだぜ。


 あ? 銅像、オマエいまなんて言った? え? バカ言うなよ。たしかにオレが飛んでって追いはらうことは簡単だぜ。オレは美しいだけじゃなく、ここいらでいちばん強い鳥だぜ。人間のひとりやふたり、朝飯前よ。


 え? だったらそうしろって? オマエそう簡単に言うけどよ……だって、なあ……。

 だってオレの美しい羽に傷でもついてみろよ、一大事だぜ? な? だからいまはこうして見張ってればいいって。


 あ? だれがいくじなしだよ。オマエ、のろまな銅像のくせにオレに向かってそんな口聞きやがって。ここいらでいちばん汚い銅像が、ここいらでいちばん美しい鳥に向かってなめたこと言いやがって。


 いいぜ、オレはもうオマエの腕になんかとまらねーからな。おしいことしたな。オレの輝きのおかげで、汚いオマエも少しはマシに見えてたのによ。


 だけどよ、それもこれでおしまいだ。オレは別の銅像のところにいくぜ。オマエなんかはまっぴらだ。オレみたいな美しい鳥ならよ、留まってくださいって銅像がたくさんあるんだ。これでお別れだな。汚い銅像さん、あばよ。


         *


 ちぇっ、すこしは心配してやって、もどってきたんだぜ。こんな真夜中にオマエみたいな銅像にとまりに来る鳥もいねーだろ。


 あ? オマエまだ見張ってんのか? だからなあ、こんな時間に不審者なんているわけ……あ? ホントだ、いるな。ちきしょう、オレが鳥目じゃなきゃ、暗い中でもよく見えるのによー。


 おい待てよ。あれは違うんじゃねーのか? ほら、こっちにくるけどよ、ホラ、あれは女の子だぜ。今日、放課後にきてた女の子だぜ。七不思議を調べてる子だ。でもあの子、どうしてこんな時間に……。


 そうか! わかったぜ。オマエはまだわかんないだろうけど、頭のいいオレにはすぐわかる。あの子がきた理由は……


 え? ほんとうに真夜中に銅像が動くのか調べにきたんじゃなかって? オマエ、銅像のくせによくわかったな。オレと同じ考えだなんて、自慢していいぜ。


 あ、ホントだ。この子、暗闇で懐中電灯つけて、銅像を調べてやがる。オマエ、こんな時間にライトで照らされて、恥ずかしいんじゃねーのか?


 ヘヘ、銅像のつぎはきっとオレの美しい姿を照らすんだぜ。ま、そうしたらこの子もおどろくぜ。夜の闇にかがやく鳥の美しさ! この世のものとは思えねーだろーな。


 よし、銅像を調べ終わったな、つぎはオレの番だぜ、オレを照らしな、オレの広げた羽を……おい、どうして校門の方をライトで照らすんだよ。こっちを照らせよ、こっち!


 静かに、って、銅像のくせにオレに命令するのかよ。あ? 女の子が照らしてる方を見ろって? だからオレに命令するなよ……。


 あっ、やばいぜ、だれかいるぜ。校門から入ってきて、こっちにくる。学校の先生か? ちがうのか? サングラスにマスク姿、今日の放課後にいた怪しいヤツじゃねーか。


 アレが最近注意しろって言われてる不審者だって? 銅像、オマエどうしてそんなことわかるんだよ。


 あっ! 不審者がこっちに走ってくる! まずいぞ、女の子が危ないぞ。はやく! はやく逃げろ! ちきしょう、女の子が転んだ。はやく逃げろってんだ! あいつに捕まったらまずいぞ!


 あ? 銅像オマエ、オレにどうしろって言うんだよ。バカ、オレには美しい羽があって、人間と戦うなんて危険なことできるわけねーだろ。


 こ、怖いんじゃねーよ! だけど……だけどムリだろ! オレは鳥だぜ。体の大きさも、人間にはかないっこねーんだよ。ヘタしたら捕まって殺されるんだ。そんな危ないこと、オレには絶対できねーよ……。


 あ、クソ! 女の子が捕まった! ちきしょう、もうダメだ。あ? あれ? ゆれてるぜ。銅像、オマエ、ゆれてるぜ……オマエ、動けるのか? あっ、台座から足がとれたぞ!


 ちきしょう、ぐらぐらゆれて、もうオマエにとまってられねーぜ。オレは飛ぶけど、オマエはどうなるんだ。オマエ、動いたら、どうなるんだ? 


         *


 ったく……。もう朝だぜ。いちおう、まあな、あのあと起きたことを、話しておかないとな。もしかしたら、美しく鳴くオレの声を聞いて、だれかがこの事件のことを知っておいてくれるかもしれねーからな。


 あのな、銅像のヤツはな、たしかに動いたんだ。オレもすげービックリしたぜ。台座から足がメキメキ剥がれてよ。銅像が地面に飛びおりるときに、オレは飛びたったんだ。そのときバサッと広げたオレの羽の美しさ!


 ……まあ、それよりも今回ばかりは銅像のことを話しておかないとな。あいつは地面をバキバキ歩いてよ。バキバキってのは歩く音だぜ。


 あいつ、台座から足をムリヤリ剥がしたから、左足が足首からとれちまってよ、台座に左足が残ったんだ。右足は台座からうまく剥がれたけどよ、左足は足首までしかなくて、棒みたいに地面に突き刺さるんだな。それで、バキバキいいながら歩くんだ。


 さすがに不審者のヤローもその音には気づくよな。で、ふり返ったんだ。そうしたら目の前に銅像がいるんだ。さぞかしおどろいただろうな。真夜中に動く銅像、ってか。まるで学校の七不思議だな。


 不審者のヤローの顔といったらなかったぜ。まるで、地獄で閻魔大王を見たような顔しやがってよ。そこへ銅像の一発だ。右の手をふりあげて、ゴツンとふりおろす。


 不審者はそれでのびちまってよ。そのあと……明け方かな? 倒れてるのを見つかって、警察に連れてかれたぜ。


 まあ、それで、すべてが終わればよかったんだけどよ……。銅像が不審者にガツンと一発喰らわせたあとなんだな。


 女の子がよ、助かったのはよかったんだけど、なにせ真夜中だろ、うっすら月明かりもあったのかな? 動きだした銅像が目の前に立っていて、妖しい光に照らされてるってわけだ。


 女の子は恐怖で泣きだしちまってよ、銅像が手をさしのべても怖がるばかりで……しまいには「お化け!」だってよ。


 ちぇっ、さすがのオレもまいったぜ。助けてもらったのに、人間の子供は礼もなしに逃げだして、それっきりよ。あとにはここいらでいちばん美しい鳥と、ここいらでいちばん悲しい銅像が残ったってわけよ。


 銅像のヤツは……ちぇっ、だからオレは、動くなって言ったんだ。銅像のヤツはそれっきり、なにもしゃべらなくなっちまってよ。


 静かに、またもとの台座にもどったんだけどよ、一度離れた台座には、もう、うまくもどれねーんだ。あたり前だよな。粘土でもあるまいし、こねてればひとつになるってわけじゃねえ。


 それで、台座の上でグラグラしたまま朝になってよ、不審者が見つかって連れていかれたあと、騒動を聞いてやってきた先生が見つけちまったんだな、銅像の足がグラついてるのをよ。


 アイツ、「校長、これは児童に危険ですよ!」なんて言いやがった。バカ言うなってよ。危険なのは連れてかれた不審者の方だろって。


 オレはさんざん鳴いたんだぜ。人間どもに、いったいなにがあったのかわからせようと思ってよ。でもよ……


 でもよ、銅像、オマエなにも言わないけど、聞いてんだろ。オレがこうやってオマエの腕にとまって、いつもみたいに美しい声で鳴いてんだからよ。


 ちぇっ、なにも言いやがらない。銅像、オマエはわかってたんだよな、人間のヤツはオレの言葉なんて聞いていやしないって。オレがいくらしゃべっても、人間の耳には鳥の鳴き声としか聞こえないんだってな……。


 だから、クソ、だからオマエは壊されるんだよ。銅像、オマエのことだぜ。


 さっき校長が言ってただろ、「もうすぐ業者が来ます。今日中に撤去させます」って。オレは聞いてたんだぜ、「古くなったから、像は解体します」って、そう言ってたんだぜ。


 あ、ちきしょう、業者のヤツがきやがった。トラックで乗りつけてくるぜ。


 オマエ、ほんとうに撤去されるんだぜ。そしたらボロボロに壊されてよ、跡形あとかたもなくなってよ、オマエのことを覚えてるヤツなんてだれもいなくなってよ……オマエなんか永久に忘れ去られてよ……


 聞いてんのか、おい。これでほんとうに、オマエともおさらばなんだぜ。


 オレはここいらで一番美しい鳥だからよ、とまるとこはどこにだってあるんだぜ。オマエの腕にとまってたのは、言ってみればやさしさみたいなヤツでよ、オマエの腕のとまりごこちなんかサイテーだったけどよ……


 ちきしょう……オレのかがやきが、汚いオマエをすこしでもよく見せてやってたんだぜ。銅像! おい! なんとか言いやがれ!


         *


「ありがとう」


 台座の上から声が聞こえたような気がして、銅像の撤去にやってきた業者は像を見あげた。朝の光が、古びた銅像をかがやかせていた。


 業者が撤去作業にかかろうとしたとき、銅像の腕にとまっていた一羽のカラスが猛烈に飛びまわり、作業を邪魔した。


 それは、うす汚れ、毛がはげ落ち、見たこともないほど汚いカラスだった。醜い鳴き声をあげ、作業にかかろうとする人たちに襲いかかった。


 業者は、棒や木の枝でカラスをはげしく打った。何度も叩いて追いはらおうとしたが、カラスは打たれても、血を流しても、妨害をつづけた。


 どうしてカラスがそんなことをするのか、理由はだれにもわからなかった。


 カラスはいつまでも像の上を飛びまわりつづけ、汚く悲しげな声で鳴きつづけていた。

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