1-10 MSBG -メイドさんバトルグラウンド-

 さて、俺はまずはありす、叶恵、幸果。三人の臨時メイドを最優先に撮らなければならない。

 さっきの書類に勤務風景の撮影を行うと書いてあったし、店長の発言もあるので、三人も了承しているはず。

 そして、せっかくだから智奈ももし良ければ元気に働いている姿も撮りたい。


 まずはありす。

「ご主人様ぁ、肩のマッサージ気持ち良いですかぁ♪ 一揉みごとに追加料金が発生しますがよろしいですねっ♪」

「はいぃいぃ♪ 会計は後で確認しますから、どんどんお願いしますう♪」

「わかりました〜♡ よ〜いしょっ♪ 肩凝ってますね〜?」

 ありすは悪徳商売してやがる。

 男はクレジットカードのリボ払い方式で、どんどんありすのサービスを頭空っぽにして受けている。これはマジですっからかんになるまで、下手すると破産するレベルで搾取されそうだな。そしてこの男はそれを納得してしまいそう。

 そして……ありすによる肩のマッサージ。

 温かく柔らかな手、細く綺麗な指で、男の凝り固まっている肩を、優しく、強く、艶かしく、揉んでいく。

 ……これは、悪徳商売だというのを撤回した方がいいかも知れない。側から見ていても、ありすの一揉み一揉みが、ちゃんと値段相応のサービスだとわかる。俺も是非ともして欲しい……破産するわけにはいかないが。


「ありす、ご主人様、撮りまーす」

「は〜い、ご主人様ぁ、おっぱいの押し付けをぉ、さらに高額の追加料金が発生しますがしてあげましょうか〜♡」

「ありすたんのおっぱい! はいぃ、お願いしまぁす♪」

「了解で〜すっ☆」

 むにゅん。ありすが胸をご主人様の背中に押し付け、二人して元気な表情で恋人同士のようにチェキを決める。

 ありす、お前俺のことが好きなんじゃなかったのか……と嫉妬心と劣等感を煽られてしまう。


 パシャッ。


 叶恵を見ると、ああ、やっぱり。

「はっ! ご主人様が追加料金払うからどうしてもって言うから、してやってるけどよ♪

 立場が下のはずのメイドに文字通り尻に敷かれちまってる気分はどうだぁ、ご主人様よぉ〜☆」

「は、はい、気持ち良いです、か、叶恵様っ」

 叶恵は予想通りというべきか、客の男に四つん這いさせて、その背中の上に乗って尻に敷いて服従させてしまっている。

 しかし、あの男、元から卑屈過ぎて普通に気持ち良くなってるな? もったいない。

 ある程度自分に自信があったり、叶恵なんかに負けたりしない!と強気な方が、叶恵にこうして煽られたり屈服・服従・従属させられる時に、惨めで情けない気持ちがより増幅して、更に興奮して強い快楽を産むことを、俺は叶恵に嫌というほど教えられたからな。


「叶恵、ご主人様、撮りまーす」

「おう! メイドのアタシがご主人様を下した勝利の勇姿を撮れやっ☆」

「ああ、一生の記念に、しますぅっ」

 マジでこの男、気持ち良さそうである。俺ももし機会があれば叶恵に頼んで……いや、わざわざ頼むのは無粋だな。叶恵の方からうまいこと俺を屈服させてくれたら嬉しい。

 ご主人様は屈服したように下を向いたままだが、叶恵がドヤ顔でチェキを決める。


 パシャッ。


 次は幸果か。さっきから幸果のいる方から鈍い音がするが……

「ふーん……ご主人様、わざわざお金を払って……

 私にこういうことされて、気持ち良いの……ですかっ?」

 ドスっ。

 幸果は、立ち上がっている客の男に、『魂粉砕ソウルクラッシャー』の威力調整版のような技を叩き込んでいた。

「ああぁああぁ♪ イイぃいぃ♪ 気持ちイイよおぉおお♪

 幸せに果てちゃいそうだよ幸果ちゃあぁあん♪」

 男はあれでも相当痛いはずだが、快楽を感じて情けない声をあげている。

 ……ふん、あんな『ヌルい』技程度で気持ち良くなりやがって。

 幸果の本気の奥義を喰らわなければ、真の幸せの果てには辿り着けねーってのによ。

 見ろ、幸果も嫌ってほどじゃないが退屈そうな顔してるじゃねーか。これじゃまだ悪い男を容赦なく幸せの果てまでぶっとばす方が、幸果はイキイキするはずだ。

 しかし、これは……男の顔は写せないな。男の後ろ側から、幸果の顔がよく見える位置で撮ろう。


「幸果、ご主人様、撮りまーす」

「あ、せっかくだからご主人様に一撃叩きこんでいるところを……えいっ」

 どすっ。

「ああぁあぁ♪ 幸果ちゃんさいこおぉおおぉ♪」

 男を喘がせながら、幸果はツンとした表情で、恥ずかしがりながらもチェキを決める。笑顔じゃなくこういう顔も需要がありそうだ。


 パシャッ。


 ありす、叶恵、幸果の印象的で魅力的な写真は十分撮っただろう。アイツらもちゃんと客を満足させているようで良かった。

 大勢の客の流れも三人のおかげで上手いこと回転させられているようである。

 なので、俺はどうしても智奈を撮りたくなり、智奈の元へ行く。


 智奈は、メイドさんの鑑といえるような、完璧な接客をしていた。

「うふふ、ご主人様、あーん♪」

「あーん♪ もぐもぐ、おいしいよ〜♪」

 くう……この男が羨ましい。

 やたら智奈が、男に距離を詰めている。

 客でしかない男に、こんなに近づけるものなのか……と、智奈の営業力の高さに感心する。だがしかし色々とモヤモヤも感じる。


「智奈、ご主人様、撮りまーす……」

「あっ、頼人様♪ 是非とも撮ってください♪

 はい、ご主人様も、ご一緒に♪」

「はーい♪ 智奈ちゃんとチェキ〜♪」

 智奈と男が仲良くチェキをする。

 ……ああ、智奈。お前は、俺に嫉妬や羨望の気を抱かせるために、こんな他の男とイチャイチャしているところを見せつけているのか? それとも、もう俺のことなどどうでもいいと思っているのか。

 うぅ……しかし俺は、職務を全うしなければならない。


 パシャッ。


 良い写真が撮れた。が。

 くっ……俺はなんとも言えない気持ちになる。


「お、俺は休憩しますからなっ!

 二人でめっちゃごゆっくりお楽しみくださいっ!」

 俺は口語と敬語が混ざった、キョドってるの丸出しな間抜けな台詞を吐き、ホールから逃げるようにスタッフ室に駆け込んだ。

 このご主人様の男は、智奈を侍らせ俺の情けない姿を見てさぞご満悦だろうな。


 スタッフ室の椅子に座る。

 うぅ……ありすも、叶恵も、幸果も、智奈も。

 俺以外の男と、あんなイチャイチャしやがって。

 あれはあくまで営業とはいえ……俺はとても惨めな気持ちになった。

 でも、まあ……俺以外の男と仲良くするのは、良いことだ、と自分に言い聞かせる。

 そう、これが正常なんだ。みんな、俺なんかと仲良くする必要はないんだ--


「頼人様♪ お疲れですかっ?」


「はっ! び、びっくりした、智奈か……」

「はい、智奈も休憩です♪」

 俺が気づかないうちに、智奈が俺の隣に座っていた。

「んだよ……俺の表情、見てねーよな?」

「はい♪ 頼人様、と〜っても惨めで泣きそうな顔してましたよっ♪」

「嬉しそうにそれを言うなよ!?」

 智奈に、俺の表情を見られ、心情を見透かされてしまっていたようだ。


「頼人様、ご安心ください♪

 確かに他のご主人様のことも大切ですが……

 智奈は……本当のご主人様である、頼人様のことを、一番愛しておりますからっ……♡」


 智奈は、俺の腕に抱きつく。

 ま、待ってくれ智奈、休憩中ではあるが勤務時間中だぞ!?

 大体オーナーが見てるんじゃ?とタブレットに目をやると、先程とは画面と文字の色が違う表示で、


【オーちゃんは電源OFFり中ですっ☆

 報告は勤務終了時によろしくzzz(-〜-*)】


 と。智奈はこれを確認した上で!?

 それじゃ店長は……そういえばさっきキッチンでフライパンを派手に揺らして料理してたのが見えた。店長が料理?とは思ったが。


「頼人様っ……智奈は、貴方だけのことを、ずっと想っております……♡

 頼人様も、他の魅力的な女性方よりも、智奈を一番に愛して頂ければ嬉しいです……♪

 ですが、智奈では、ご満足頂けないでしょうか……?」


 智奈……


「満足しない、わけ、ねーよっ……!」

 俺は、意を決して、智奈と向かい合う。

 智奈の肩を、抱き寄せる。


 じっと、俺と智奈は、見つめ合う。


「うふふ……♡」

 智奈は、微笑みながら……ブラウスをはだけさせ、スカートをめくる。

 薄緑色の、いやらしくも上品さを漂わせる、ブラジャーとパンツ。

 それに包まれた、乳房の膨らみ、肢体のしなやかさを、見せつけてきて。

 智奈の誘惑に、俺はもう、辛抱たまらなくなる。


 顔が、徐々に、近くなっていく。

 唇が、あと、もう少しで--




「ふぅ〜この仕事大変だと思ったら、ご主人様みんな案外ちょろいね〜♪」

「アタシらが可愛くて美人過ぎるからな〜☆ アタシが一番だって証明してやるからなっ!」

「こらあなた達、私達で競争するんじゃなくて目の前のご主人様を満足させてあげるのに集中しなさいよ!」

 スタッフ室の外から、ありす、叶恵、幸果の声がする……! 入ってくる!?

 智奈は、すぐに俺から離れて、服を着直す。


 しかし、三人の声は遠くなっていく。

 この部屋には入って来ず、お手洗いに向かったようだ。


「智奈……」

 俺は欲を言えば、智奈と続きがしたかった。

 しかし……智奈の様子は、もうそんな雰囲気ではなかった。

「……休憩時間は、もう終わりです。

 ホールに戻りましょう、頼人様。

 あともう少しで閉店時間です。最後まで頑張りましょう」

 そう冷たく言って、立ち上がり、ドアへ向かう。


 俺は絶望した……絶望という言葉が相応しいだろう。

 智奈は、ドアの前に立ち……


「……今は、時と場所が相応しくありません。

 だから……」


 振り向いて。


「……お楽しみは、またの機会に、思う存分、堪能しましょう、ねっ♡」


 妖しい笑顔でそう言って、ドアを開けホールに向かった。


 俺はそれを聞いて……

 身体中がカッと熱くなった。

 俺の、心臓も、モノも、ドキドキ、ビクビクした。


 メイドさん達は接客し、俺は撮影し。

 客のご主人様達も、こんな超絶美少女メイド達にセクハラするなどトラブルを起こしてもおかしくないと思っていたが、ラインを越えるような愚行は起こさなかった。

 彼女達の個性的なサービスにぐうの音もでないほど満足=ぐう満したのか、それとも智奈のさっき言った通りマナーが良いのか、あるいはあの店長からして何かしらの防犯手段がありそれを客も承知してるのか……何にせよ、安心した。

 そして、閉店時間間際。


 ホールで、ありす、叶恵、幸果の臨時メイドの三人を含むメイドさんとご主人様のみんなで記念撮影をするらしい。

 俺が撮影するから、俺は写れないか……と、少し残念に思ったが、

「貸せ!」

 と店長が俺の持ってるカメラを強引に奪った。

「並べ!」

「うあああ!?」

 店長は俺をみんなが並んでいるところに蹴っ飛ばした。

 幸果がうまいことキャッチしてくれた。

「頼人、ほら、真ん中に座って!」

「なっ、俺なんかがセンターとか相応しくねーだろ!?」

 叶恵が俺の腕を引っ張ってくる。

「頼人! オメーがアタシらメイドの下僕のご主人様代表だぜ! 嬉しいだろぉ☆」

「お前ご主人様をなんだと思ってるんだ!」

 ありすが上から座っている俺の頭に大きな乳房を乗せてくる。

「らいくんを含むご主人様をなんだと思ってるかって言えばぁ、う〜ん、ATM?」

「金が関わる話は繊細だからやめろよ!?」


「頼人様っ♪」

 おれの右腕に、智奈が抱きついてくる。

「智奈……!」

 さっきのことを思い出す、が……

 いっちょ、智奈に焦らされ、期待させられるのも良い。

 俺と智奈は、少しだけ、ジッと見つめ合って……

 その後、カメラの方を向いた。


 俺がセンター。

 右腕に智奈。

 左腕に叶恵。

 右後ろにありす。

 左後ろに幸果。

 前列の俺達の左右に他のメイドさん達。

 後ろ列にやけにテンション高い客のご主人様達。


 店長は、高らかに叫ぶ。

「撮影、行くぞ! --『Te』!!!」


「「「「「--『Amoアーモ』!!!!!」」」」」


 パシャッ!


 無事、大盛況、大繁盛の中、閉店時間を迎えられた。




 そして、勤務終了。

「みなさま、お疲れ様です! 本当に有難う御座いました!

 お店を助けていただいて、とても助かりましたっ♪

 店長も『四人とも、また働け!』とのことです♪

 オーちゃんは『また四人に会いたいよ〜♡』と仰ってました♪」

 智奈はさっきあったことが嘘のように、俺達に屈託のない元気な笑顔を見せた。女の子達は私服に着替えている。

 智奈の私服姿もとても素敵だ。

 薄手の黄緑色のジャケットに、その下は白いシャツ。

 水色で花柄の流れるようにひらひらなロングスカート。

 さっきのメイド服とは打って変わって、清楚で上品な服装。

 そうだ、さっきのメイド服も良かったが、本来はこれが智奈に合致した服なのだ。


「いやいや、良いって。俺達はいつでも智奈の助けになりたいし。てか今回大変だったのは俺達のせいみたいなもんだしな」

「メイドさん楽しかったよ〜♪ お客さんのご主人様、みんなちょろ〜いっ☆」

「このままご主人様どもを従えて、絶対女王政を作り上げるのも悪くねーなっ☆」

「私の暴力を抑える練習ができるなら、悪くない……かもっ」

 こいつらも楽しく働けたようだ。

 一時はどうなるかと思ったが、本当にここに来て良かったと思う。


「是非ともお礼がしたいです♪

 もし良ければ、ですが……



 智奈の、『おうち』に来ませんかっ♪」



 智奈のその発言に、俺達は、震えた。



「ともちゃんの!?」

「智奈のォ!?」

「智奈のっ!?」

「智奈の……!?」


「「「「『おうち』!?!?!?!?」」」」


 その瞬間。

 勤務終了時間を見計らったのか、丁度今、リムジンがこの店の外に、颯爽と到着する。

 中から現れる、サングラスに黒服の男達。

 彼らが智奈を……だけではなく、俺達まで乗車するのを促しているようだ。

 これは……!!


「みなさまを、智奈のおうちへ♪

 --『宝園家』に、ご招待しますねっ♪」




 リムジンで連れて行ってもらった先の、この大豪邸。

 智奈に先導されて、入ると--


「「「お帰りなさいませ、智奈お嬢様」」」

「「「ご友人方も、いらっしゃいませ」」」


 大勢の、格好いい執事さん、そして本物の上品なメイドさん達にお出迎えされる。

 やはり何度来ても、俺たち四人は圧倒されてしまう。

 智奈は俺達に大はしゃぎで喋る。



「さあ、ありすさん、叶恵さん、幸果さん、頼人様っ♪

 今夜は、智奈と一緒に楽しみましょうっ♪」



 そう、智奈は。

 メイドであり--お嬢様なのである。

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