第35話 Re:
「ようやく目が覚めたかい」
目覚めた俺に声をかけたのはソウジ・アレルヤだった。
キュイとソウジの戦った五十八階層には、その痕跡が残っていて、ひどいありさまだ。
家はボロボロ、草木もなぎ倒され、あちこちにクレーターまでできてる始末。
それでも
そのことは外にいる
「これで、満足か
地に腰を下ろしたままの俺は、嫌味をこめてその呼称でソウジを呼ぶ。
「満足というか、やっぱり互いの妥協点はここになるよね。
その子ひとりが損した形になっちゃったけどさ。
それより、まさか貴方が参戦してくるとは思わなかったよ。
それもそんな姿で」
ソウジは量産型プチゴーレムの背中に乗り込んだ水花先生に視線を向ける。
「私としても別にあの子が可愛くないわけではないからな。
打てる手があるなら労力は惜しまないさ」
「そういえば、その身体ってどうしたんです?」
鳥かごに干渉して俺を脱出させてくれた水花先生だったけど、緊急時だったので、なんでちっこくなっているのかは聞けていない。
キュイを救う為に俺ができることを聞かされ、それに従っただけだ。
「小さいのは魔力の消費を押さえる為だ。
いちおう
先生はキュイが作ったプチゴーレムに乗り込むことで自分の魔力を隠していたらしい。
もちろん、キュイがプチゴーレムの存在を気にしていれば発覚していただろうけど、使い切ったと思っていた量産型の行方なんて気にもとめていなかった。
なによりの
奇しくも、以前ソウジがヤミンズを囮にした手法を、今度は水花先生がソウジを使ってやったことになる。
誰もそのことを聞かされていなかったので、その不意打ちは完全に成功した。
先生はキュイから注意を向けられてないのを利用して、かつて自分の作ったおもち道をのぼってきたのだ。
「そもそも
量産型はヤミンズ戦で全部最下層に流したハズだ。
答えを聞くとチーチラさんと交渉し、確保していたプチゴーレムを一体融通してもらったのだという。
無論、無料でもらったわけじゃなく、対価として元魔女であり、現
「知識っていえば、あの薬すっげー、効果ッスね」
貫かれた腹筋にはすでに傷の痕跡すら残ってない。
これまで何度か試されていた劇不味な薬だったけど、今回はそれに助けられた。
ただし、失われた血まではもどってないので、かなり貧血っぽい。
「おまえ、いくら薬を服用してたからって無茶しすぎだろ。
下手すれば効果が出る前にショック死してたぞ」
「いやー、なんか勢いで」
「事故りそうになっておきながら、笑ってすますな」
頭を小さな手でポカリと殴られると、ものすごい痛みが走り頭を抱えることになった。
「そういえば、キュイと……」
「キュイと?」
「いや、なんでもないです」
キュイから催眠をかけられていたとはいえ、手を出そうとしたなんて言えない。
その時にいまの痛みが出た理由を確認したかったんだけど。
すると、言いたいことを察したように先生は説明する。
「そうか、
「なんですそれ?」
「おまえの
それほど長持ちはしないが、宿屋で殴ったついでに仕込んでおいた。
情欲に溺れたら痛みを思い出すようにな」
なんてひどいことを、おかげで助かったけどさ。
「ゴブメンも、これでかまわないよな」
主を守れなかったお目付役は返事もなく、キュイの側でたたずんでいた。
髪を斬るだけで人々が救われるなら、普通の人なら『切ってしまえばいい』と簡単に言えるだろう。
だが、ゴブメンにはそれができなかった。
それは魔女の下僕だからではない。
一〇〇年もの間あの子とともに生活してきた家族だからだ。
初めてキュイが手に入れた笑顔を、無理矢理取りあげることができなかった。
例えそれが間違ったものだとわかっていたとしても。
それに髪を切ったからキュイが戻るという保証もなかった。
髪に影響が出やすいとはいえ、その他に俺の影響が残ってないとは限らない。
それがキュイの黒化をとどまらせるおそれは強かった。
結果から推測するに、成長が急激だったせいで影響は髪に集約されていたようだ。
ソウジはしばし休んだあと、思い出したようにキュイから切り落とした黒髪を集める。
それは今回の黒化の原因でもある。
放置はできないだろう。
「それ集めてどうするんだ?」
「しばらくはボクが預かっておくよ。
本来は焼いてしまいたいところだけど、灰がどこにどう影響するかわからないから、場所を考えないと」
「それ、俺に預からせてくれないか?」
「キミ馬鹿?
駄目に決まってるだろ。
その子の近くに置いとくのは危なすぎる」
即答だった。
取り次ぐ島もない。
「でも、それは俺のしでかしたことの証なんだ。
頼む。
「それ、報酬じゃなくて罰ゲームだろ」
「揉めば少しはマシになるかもしんないぞ」
「マシってなんだマシって。
だいたいボクは自分の体型に不満なんかないんだからなっ」
「ヤミンズがソウジに『なんでおっぱいついてないの?』って聞いたら殺されそうになったって言ってたぞ」
「ヤミーめ」
「いてっ」
不意に俺の額になにかぶつけられた。
偶然手の内に落ちたそれは黒地に緑のシマシマが入った植物の種だった。
「今回はキミの努力に免じて、要求を呑んであげるけど、絶対にそれ、埋めちゃ駄目だからね」
それだけ言うと、ソウジは俺たちから離れていき、そのまま挨拶もなくオモチ道から撤収していった。
入れ替わるようにキュイの意識を取り戻す。
身体を起こし澄んだ碧眼で俺を見つめると不思議そうにたずねる。
「あなた、だれ?」
「俺は彦田猿吉。猿吉って呼んでくれ」
こうして俺とキュイは周囲の人間たちの事情で、出会いをやり直すことになった。
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