第33話 交渉決裂

 目覚めると俺は、見慣れた寝室のベッドで寝ていた。

 どこに服を脱ぎ捨てたのか全裸だ。

 そして、隣にはおなじように一糸まとわぬ美神が寄り添っている。

 輝かんばかりの美しさと、触れた肌の温もりに魅入られるのに時間なんて必要なかった。


――そうだ、キュイが成長した以上、俺たちに障害はない。


 動きの鈍い手が、それでも白磁の肌へと伸びていく。

 だが、触れるか触れないかの瞬間、誰かに殴られたような痛みが頬を襲った。


「うえあおい!?」

 突然の衝撃に我に返る。


「あれ、俺、なにを……?」


 頬に怪我はなく、ただ痛みだけが生じた。

 痛みを受けたのに視界に動きはなかった。

 それでいて既視感のある痛みは、おそらく記憶がよみがえったもの。

 なんでそれが起きたのかはわからない。


 混乱する俺をキュイの赤味のさした瞳がのぞきこむ。

 そして、遠のいた手を愛おしげに触れると、さびしそうにたずねた。


「どうして、ためらうの?」

「いや、だって、まず、いだろ……いろいろ……」


 まだ、ぎこちない声をしぼり出しつつ応えるも、なにが悪いのか自分じゃ解ってない。


 キュイはもともと一〇〇歳を越えてるし、その身体も幼女じゃなくなった。

 なにより、俺との行為は彼女がのぞんでいることだ。


 それでも目に写らない禁止線を越えてはならないとなにかが訴えている。


 そんな俺にキュイは訴え続ける。


「あたしはあなたの為になんだってしてあげられる。

 なんだってしてみせる。

 これまでもこれからも、誰にも負けないくらい尽くしてあげる。

 だから……」


「そうじゃ、ないんだ……」

 声をなんとか絞り出す。

 意識は取り戻しても、身体が上手く言うことを聞かない。


「あなたが帰りたいと言うなら手伝ってあげる」

「で、きるの、か?」

 諦めかけていた帰還が思いもよらぬ場面で提案された。


「難しくはないわ。

 あの女の情報はゴブメンから得ている。

 自分がどうやって作られたのかも……」


 自分がどうやって作られたか?

 ひょっとして、コレは自分の後継者を残そうと?


 ということはまさか……。


 俺が動かぬのならと、キュイは自ら唇を近づけてくる。

 俺は逃げようとするが、身体はまだ完全には動かせない。


 小粒な唇が触れる、あと少しのところで挙動が停止した。

 キュイは柳眉を鋭くし、カーテンのかかった窓をにらみつける。


「待ってて、先にやらなきゃいけないこと、できたみたい……」


 視線の先の窓が壁ごと消失し、そこに巨大な穴が開く。


 そこには小柄な男子と見間違う袴姿の女がひとり立っていた。

 右手には一見変哲のない木の柄が握られている。

 それが恐るべき力を隠した凶器であることを俺たちは理解している……。




「さすがに、二度目は成功しないよね、不意打ち」


 あきらめ気味に言ったのは星界樹スターツリーの腐敗を切り捨てる伐採人ウッドカッターソウジ・アレルヤだった。


 ヤミンズの姿が見えず不安に思ったけど、途中で力尽きたのかソウジの足下に寝かせられていた。


 近くにはゴーレムを失ったゴブメンも落ちている。

 どうやら、あらかじめ用意しておいたゴーレム対策が功を奏したようだ。


「キュイ様、申しわけ、ありません、でした……」

 ゴブメンは噛まされた猿ぐつわを強引にゆるませ謝罪するが、キュイの視線はソウジを捕らえたまま離れない。


「五十七階層で諦めればよかったのに……」


「貫通力に特化したヤミーの長銃は、これまでゴーレムに効果が薄かった。

 けど、サルキチくん考案のソフトポイント弾が効果的でね。熱湯には手こずったけど、おかげでなんとかなったよ」


 ヤミンズがこれまで使用していた弾丸は威力を向上させようと高硬度の素材で弾頭を覆っていた。

 それが火薬と魔力のハイブリッドで打ち出されることでとんでもない貫通力を引き出していたのだ。

 あれならば金属の鎧だって簡単に貫通できるだろう。


 だが、その貫通力故に、完全破壊されるまで動き続けるゴーレムには穴を開けるだけで終わってしまう。つまり効果が薄い。


 それを改善する為、弾頭の材質を柔らかい・・・・鉛に変更したのだ。


 強力な力で撃ち出された鉛の弾は、その威力に耐えられず着弾時に形を大きく崩す。

 それにより着弾面はからへと広がり、貫通できなく・・・・なる。

 すると弾丸に載せられた慣性は、身体に残り存分に目標に伝えられるようになるのだ。


 弾頭を柔らかくする。

 たったそれだけのことで、弾丸は対ゴーレム弾としての効果をあげた。


 正直、そこまで効果が変化するとは思ってはいなかったけど、ソウジが誉める様子からしてかなり有効だったのだろう。

 時に知識は、兵器よりも恐ろしい成果をもたらすものだと証明してしまったのかもしれない。


 ちなみに、ゴブメンが水鉄砲を使用したのは想定外だったが、薬莢で覆われた弾丸は少々濡れたところで使用不可能になったりはしない。


 いくら雨が降らない場所だからって『濡れたら使用不可』なんて脆弱な武器を主武装として持ち歩くヤツはそうそういない。

 そっちの対策は俺が指摘するまでもなく施されていた。

 ただし、それがされてるのは旧式の銃にではなく弾丸の方だ。

 火薬を薬莢で密閉することで水気への対策が施しているのだ。


「さて、さして期待してたわけじゃないけど、やっぱり説得は失敗したんだ」


「まだ、終わっちゃ、いない……」

 声を絞り出すけど、それを無情なる伐採人ウッドカッターは認めようとはしなかった。


「キミたちは互いに虚栄を見ていたんだよ。


 無垢な子供であってほしい。

 頼れる恋人であってほしい。


 そんな願望まみれの虚栄を。


 なまじそこに重なってる部分があったせいで、どっちもそのことに気づけなかったんだろうね。


 だから、互いを正面から見ているつもりでもズレが生じて食いちがう。


 普通の子ならどこかで気づくか、こんな大げさなことにはならなかったんだろうけど……残念だったね。


 これ以上の会話を続けても無駄だよ」


「ウソだ!」


 俺は力をふりしぼって否定するけど、キュイはその言葉を受け入れたようだった。


「そんなことはもうどうでもいいのよ。


 ズレがあるなら直せばいい。


 失敗したから全部終わりというほど、関係というのは脆いものではないのでしょう?」


「ごもっとも」


「なら、交渉よ伐採人ウッドカッター

「ボクと?」


 その言葉を予測してなかったのだろうソウジが眉をひそめる。


「あたしとサルキチは星界樹スターツリーを出ていく。

 あとのことは好きにするといいわ」

「それが認められるとでも?」


「何故とめるの?

 このままあたしが残れば星界樹スターツリーの黒化は収まらない。

 子を宿したとしても、すぐに引き継げるわけでもないし、黒化の性質を受け継ぐ可能性は高いわ。


 だから、あなたはすでに他の方法を視野に入れている。

 むしろ、そっちが本命なんじゃない?」


 ソウジはキュイの推測を肯定も否定もしない。


「あなたの計画はあたしを排除して、そこにいるクォーターを代わりの魔女として据えること」


 予想外の回答に俺は音を立てて唾を飲む。


 できるのかそんなことが?


 だが、確かにヤミンズは魔女の力の一端を示している。

 簡単にいくとはとうてい思えないが、ソウジがソレを考慮してないと否定もまたできない。


「もし、キミの言う通りヤミーを利用して星界樹スターツリーの正常化を成し得られるとしよう。

 それでもボクはキミをとめなければならない。

 理由はわかっているだろう?」


 キュイは眉をひそめるだけで応えない。

 故にソウジは自分で解答を口にする。


「キミとサルキチくんのふたりを上位世界に押し上げるのには、大量のオモチが必要となる。


 それは前任者に確認済みだ。


 すでにヤミンズ対策で大量のオモチを浪費してるところに、さらに魔力を奪われては星界樹スターツリーが枯渇しかねない。

 その証拠に魔物ですら魔力を失いかけている。


 例え星界樹スターツリーが正常化しても、多くの人たち飢えて死ぬことになるような方法をボクは認めたりはしないさ」


「人間なんて……必要ない。

 あたしにはサルキチだけいればいい!」


 その言葉は俺にどうしようもない真実を告げていた。

 意図しなかったとはいえ、俺はキュイを自らの帰還の為の道具として育ててしまったのだ。


 同世代との交流を提案しながらも、否決されたからといって代案を考えなかった。


 その結果がこれだ。


 俺以外を視野に入れようともしない、どうしようもない暴君を生み出してしまった。


「交渉は決裂のようね」

「残念ながら」


 そして、伐採人ウッドカッターソウジ・アレルヤは手にした木の柄から不可視の刀身を伸ばす。

 光の反射すらないのに、発せられる威圧感が存在を証明している。


 不意に床から飛び出した格子が鳥かごを形成し、全裸のままの俺を囲う。


「サルキチはそこに居て。

 そのかごは伐採人ウッドカッターでも簡単には切れないようにしたから」


「やだなー、ボクが友人を斬るように見えるかい?」


「見えるわ」

 キュイはきっぱりと言い切った。


 そもそも、ソウジはヤミンズの生贄案を否定してはいない。

 俺を人質にとる程度のことは確かにやりかねない。

 というか、あいつが俺を友人として見てるのかも怪しい。


 ソウジの人外じみた能力には魔女に通じるものがある。

 魔女が星界樹スターツリーを管理する存在であるように、伐採人ウッドカッター植木鉢プランターとそこに住む人々を管理するための存在なのかもしれない。

 だとしたら、その非常さもうなずける。


 俺の安全を確保したキュイは、ソウジのふるう刃を回避しながらも距離をとるべく屋根へと待避。

 その最中に自らの身体を黒色の鎧で覆うと即座に反撃に移った。


 無数の光弾を発生させると、ソレを撃ち放つ。

 余裕で回避するソウジだがその顔に陰が入った。


 キュイの干渉で、ヤツの足下の草がナイフのような鋭さを持ったのだ。

 ソレを踏み抜いた伐採人ウッドカッターの足から血の花が咲く。


 だが、それでひるむほどソウジは脆弱ではない。

 足の傷など存在しないがごとく跳躍し、キュイとの闘争に舞い戻る。



 キュイとソウジの戦いは苛烈を極めた。

 不可視の刃をかわしながらも、変則的な攻撃をしかけるキュイ。

 キュイの戦法は俺のものと似ていた。


 常に相手が予想しない位置から攻撃を仕掛ける。

 意識の盲点をつく戦い方。


 しかし、どれだけの相手と戦い抜いてきたのか、歴戦の伐採人ウッドカッターが奇策にハマることはない。


 それでも連戦し、星界樹あいてのテリトリーで戦うソウジの動きは鈍い。

 なにかを狙っているようではあるが、キュイもそれを察しているんだろう。

 相手を近づけず、周囲への警戒も怠っていない。


 このまま戦い続ければ、どちらかが死にかねない。

 俺はなんとかしようと、格子を握る手に力をこめるがビクともしない。


――そもそも、どっちの援護をすりゃいいんだ?


 キュイが勝利すれば、元の世界に帰れるかもしれないけど、多くの人間が飢餓で死ぬことが半ば確定する。


 ソウジが勝利すれば、キュイを失い、下手をすればヤミンズも道連れだ。

 俺の帰還も絶望的になる。


――だったらどうすりゃいい?


 難題の解答は『身近な人間を生かす為、他の大勢を犠牲にできるか』だ。

 わかっちゃいるけど容易に出せるもんじゃない。

 でも、どうにかしなきゃいけない。


 そんな時、物陰から俺を呼ぶ小さな声がした。

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