第32話 窮 地
キュイと再会したのは高級ベッドを置いた寝室だった。
もともとは俺の部屋とするつもりだったけど、キュイとの同衾が続いたせいで、寝室兼リビングみたいな位置づけに落ち着いてしまった。
キュイは温かい茶とともに俺を迎え入れてくれた。
「お帰りなさい、サルキチ」
優雅に微笑む淑女のような姿に俺はなにも答えられなかった。
腰をかがめなきゃ合わせられなかった視線は、わずかにさげるだけで十分見つめあえる。
幼さを無くしたキュイはとても綺麗だった。
以前は彫像のように硬かった表情も、いまは緩やかな笑みを浮かべている。
でも、新緑を宿していた瞳は腰を隠す髪とおなじく漆黒に染まっていた。
その要因に自分が関わっているかもと思うと、胸がしめつけられる。
だが、それ以上に俺を苦しめたのは既視感あるその格好にだった。
それは見る者によっては妖美であると誉め称えただろう。
いや、俺以外の男が皆がそうしたにちがいない。
胸元からふとももに載せられた黒い布地は薄く、隠すべき白肌を透過させている。
機能性よりも色気を追求したベビードールのごとき被服である。
年頃の男子として大変興味深い格好ではあるのだが、俺にはそれを正視することはできなかった。
何故なら……キュイの格好は以前俺がオモチで作った
妹分に隠していたエロ本見つけられたあげく、それとおなじ格好をされた兄と言うのは世にどれだけ存在するのか。
あるいは、娘が働いている
とにかく俺は羞恥のあまり、赤くなる顔面を押さえ床を転げ回ざるをえなかった。
「どうしたのサルキチ?」
キュイは身を屈め心配そうに呼びかけるけど、俺は冷静さを取り戻せない。
それでも声を発しないわけにはいかなかった。
俺はこの子と話す為に、仲間の手を借り、この巨大な
「キュイ……」
なんとか体勢を立て直すと、妹分に語りかける。
たったそれだけの言葉で「なに?」と、喜色を含んだ声が返された。
俺を歓迎してるのは明らかだ。
だけど、俺はこれから残酷な言葉をこの子に伝えなきゃいけない。
鼻から息を吸い込み、それをゆっくり口から吐き出すと、冷静さを取り繕う。
そしてそれを見過ごすわけにはいかないと、利き手の人差し指を相手の胸元へと向け宣告する。
「その
的中したのだろう、優美な笑みが即座に凍りついた。
「俺を歓迎してくれるのは、そりゃ嬉しいけど……
(あとその格好は目のやりどころに困るのでやめてください)」
「そっ、そんなことないわよ。
ウソだと思うなら触ってみる? 好きでしょ、おっぱい」
「
喜びと拒絶の相反する感情が言語中枢に混乱を引き起こした。
例え
ものすごく揉みたい。
ちょー揉みたい。
この際、
そのくらい俺のおっぱい成分は荒廃している。
それでも妹分のおっぱいだけは揉めないんだ。
俺はおっぱいに幸せを求めてるが故に、この無垢な子を汚すなんてことはできない。
あとな、何年も
例え触れたことがなくても、その領域に至る程度には
幸か不幸か身近に豚田真珠や水花美織先生みたいな本物の
生憎、心に巨根を生やした豚田の
高校に入ってからは水花先生の仕草をあますことなく記憶している。
むろん街で遭遇した
最新技術の粋をもって作られた
それでも着用者の認識が甘いため、時々の所作や動きにあきらかな不自然さが産まれるのだ。
それがいまのキュイにも現れている。
さらに言えば、モデルっぽいほっそりした体型にその
「キュイ、元の姿に戻ろうぜ?
そんな無理してまで急がなくてもいいんだ。
俺の好みなんか気にすんな」
可能なかぎり優しく語りかけたが、キュイはそれを信じてはくれなかった。
「そんなこと言ったって、だまされないんだから!」
「だましてなんかねーよ。
俺がオマエにウソなんかついたことあったか!?」
弁解する俺にキュイは背を向けると、無言でベッドに手をつっこんだ。
そこからなんと見覚えのあるエロ本を取り出した。
ちょうど、いまキュイの着ている衣装が載っているヤツである。
げふっ、ゴブメンに処分されたと思ってたのに、そんなとこに隠してあったのか……灯台もと暗しとはまさにこのことだ……じゃなくて!
「そっ、それはウソじゃなくてな……」
「おっぱい作ってたのにプリンだって言ったわよね?」
げぼはっ、そんなことまでバレてるの!?
まずい、浮気が発覚した夫みたいにしゃべればしゃべるほど坩堝にはまっていく。
かといって、弁舌しないわけにもいかない。
でも、この場合なにをしゃべれば問題は解決するんだ?
そんなアタフタする俺にキュイはやさしげな言葉を差し出してくれた。
「でもね、別にそんなことは、どうでもいいの……ただひとつあたしのお願いを聞いて」
「えっと……それは?」
嫌な予感を察知しつつも聞き返す。
「あたしを見て」
そんな破廉恥な格好を直視できるわけないだろ!
でもそんな良識とは別に、額が熱を持ったかと思うと、視線は自然と黒曜石の双眸に吸い寄せられる。
その色にわずかな朱が混ざると、俺は堪えようのない睡魔に襲われたのだった……。
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