第31話 新 兵 器

 五十七階層にあがると周囲は暗くなっていた。


「あれ、なんでここが暗いんだ?」

 暗いのは露天風呂に光を奪われた五十六階層のハズなのに。


「忘れたのかい?

 黒化の影響でさらに成長していただろう」


 そういえばそうだ。

 星界樹スターツリーが黒に染まったインパクトが大きくて成長の方は失念していた。


「どうやら、ここが最後の砦のようだね」


 闇を見通すソウジの視線の先には赤い点が二つ並んでいる。


 ゴブメンだ。

 目を凝らすと、新しいゴーレムボディに装着されているのがわかった。


 下半身を四つ足動物にしたケンタウロス型のゴーレムに搭載されている。

 その姿、いや手にした武器に俺は不平をこぼした。


「てめー、なんてもん作ってつくってるんだよ」


 ゴブメンが装備させていたのは、ヤミンズのものと似た長身の銃だった。

 銃器の創造をいさめたおまえが、なんでそんなもん使ってるんだよ。


 しかし、ゴブメンは問いに構えずこちらに向けた引き金を引く。


 銃の知識を持つふたりはとっさに回避する……がふたつの要因がソレを失敗させた。


 ひとつはあたりを覆う闇。

 それが咄嗟の反応を鈍らせた。


 そして、もうひとつは放たれたものの描いた軌跡だ。


 放たれたそれは直線を描きかけたが、そこからゴブメンは射線をなぎ払ったのだ。


 直撃を受けたソウジとヤミンズが悲鳴をあげる。


「大丈夫か!?」

 慌ててふたりの症状を確認するが、薄暗闇の中で確認できる外傷はなかった。

 そしてふたりは痛みを堪えながらも傷の具合を申告する。


「「あつい!!」」と。


 見ると、ふたりの服が濡れ肌に張り付いている。


 塩酸か硫酸でも放ったのか?

 いや、それにしちゃ服が溶けてない。

 ということは……、


「ひょっとして熱湯か? 水鉄砲で熱湯を放ったのか!?」


「その通りじゃ、これならば外部に漏れたところで脅威にはならんからのう」


 反撃を警戒したのかゴブメンは四つ足の機動力を活かして、即座に距離をとって闇に紛れた。


 水鉄砲なんて玩具にしか思えないけど、そこに入れる液体次第ではこうして面倒な武器になる。

 にしても熱湯なんか入れて溶けないのかよ。


 お湯は上層にある露天風呂から引いてきたんだろう。

 あの調整不能な熱湯をかけられては洒落にならない。


 例え最高温度でなくとも、長時間浴び続ければ皮膚に影響が出るし、面積が広がれば取り返しのつかないことにもなりえる。


「しょせんはただの熱湯じゃが、人体には有効じゃ。

 それにそちらの銃は濡れても性能が保てるか?

 火薬が湿気に弱いのは知っておろう。魔力と融合させているとはいえ、運用は雨の降らない星界樹スターツリー内のみじゃろ。

 果たして防水対策はできておるかな?」


 こいつ改めて対策を練りやがったのか。


 そりゃそうだよな。

 一度失敗して、主を危険にさらして、あんだけ悔しい思いをしたんだ。そのままってわけにはいかないよな。


「彦田よ、おヌシは通してやる、先へ進め」

「どうして俺だけ」


「キュイ様が面会をお許しになった」

 俺だけ浴びなかったと思ったら、それが理由か。


 ゴブメンが道を空けると一匹の蛍が現れた。

 蛍は暗闇をほのかに照らし奥へと進んでいく。


 俺が躊躇してると、ヤミンズは濡れたコートを脱ぎ捨て、ソウジも濡れ着を捨てるとサラシ姿の上半身を晒し木の枝を構える。


「心配せずともよい、ここは我とソウジに任せるがいい」

「すぐに追いかけるから心配しないでいいよ」


「おまえらいまは動けるからって、火傷舐めてるとあとで酷い目にあうぞ」


「酷い目にあうのはあっちだよ、

 乙女の柔肌にあんなものをぶっかけてくれたんだからね。

 それよりも、時間が短縮できるのは行幸だ。先に進んでくれ。

 ぶっちゃけキミ邪魔だし」


「そうである、暗さに乗じてこっちをチラチラ見るではない。

 恥ずかしいではないか」


「うっせっ、見てねーよ(ちょっとしか)」


 だが、確かにここでちんたらやってる場合じゃない。


「それじゃ、ここは任せる」

「うむ、任せられた」

「というか、一番心配なのはキミがちゃんと説得できるかどうかなんだけどね」


 ふたりの声援(?)を受け、俺は薄暗闇を蛍の光を追いかけて歩みはじめる。


 ゴブメンの脇を抜けると、ぼそり呟かれた。


「ワシは貴様を認めたわけではないからな」

「だったらテメーで説得しやがれ」

 俺は蛍の光に導かれ、星界樹スターツリーの闇をひとり徒歩で進む。


 背後からは三人が争う音が聞こえた。


 戻りたい衝動に駆られるが、残ったところでできることはたかがしれている。

 構わずに進む蛍を見失わない為にも、俺は歯を食いしばり前進するしかなかった。


 やがてはじまった坂道を息をきらしながらのぼっていくと、徐々に天井に明かりが戻りはじめる。

 完全にのぼり終えた頃には俺を誘導していた蛍は光に紛れるように消えた。


――ここからは案内はいらない


 住み慣れた家のある最上階までたどり着いたのだ。


 歩みを進めていくと徐々に見慣れた風景――ここ何ヶ月か俺がキュイと暮らしていた家が見えてきた。


 破壊された屋根はちゃんと修復され、隣にあるボロい小屋はそのまま。

 露天風呂の湯こそ減ってたけど、野外に設置したテーブルやイスも残されている。


 玄関に近づくと扉が自動的に開いた。

 外側に開く扉をさがって避ける。

 そして、俺は再びキュイと話をする為、懐かしの我が家へと足を踏み入れた。

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