EX3 インターミッション③
四回目の挑戦は順調だった。
なにせヤミンズとソウジが護衛についている。
ふたりとも上層までの道を知ってるし、オモチ道に落とされる前に助けてくれる。
キュイだって、いきなり上層から遠くの設定をひょいひょいは変更できない。
先生たちを落とした時だってかなり強引にやった気がする。
「魔物が出てこぬな」
周囲を警戒しながらヤミンズが呟く。
彼女の言うとおり、すでに下層から中層にさしかかっているけど、まだ一度も魔物には出くわしていない。
「オモチの供給が滞っているせいかもね、遺骸がないから死んだわけじゃないだろうけれど……ん?
だったら餌の獲得には必死になりそうなものか?」
言いかけた自分の言葉にソウジがしばし考え込む。
「ヤミー、身体の調子は?」
「ん~、なんだか、妙に肩が凝っておるな」
華奢な肩を首筋と一緒に回しながら答える。
「ああ、視神経を酷使すると肩凝るよな」
「貴様には善意で同行してやってる我を労ろうという気はないのか?」
「おまえこそソウジを労らってやれよ。
『
自分だってたいしたことないクセに」
その瞬間おれの直前を何かが通過した。
少量の前髪がパラパラと舞う。
「誰も胸の話なんかしてないよ?」
目が怖いですよ
あとあんまり気安く奥義っぽい技を使わないでもらえるかな?
ソウジの手にはいつの間に取り出したのか五〇センチ程度の木の柄が握られている。
形状的に剣の柄っぽく見えるけど、刃らしきものはやっぱり可視できない。
「そう荒ぶるなソウジ。
おそらくソヤツだけ対象外になっておるのであろう」
「そう言えば、契約はまだ有効なんだったね」
言いながらソウジは袖の内側に柄を納める。
「なんの話だ?」
「ボクとヤミー……いや状況からして、
ボクらはこの場にいるだけでも疲労していく」
そういえば大きな動物を見かけても、襲われるようなことはなかったな。
大きく育っただけの動物かと思ったけど、あれはやっぱり魔物だったんのか。
つまり、魔力を徴収されているせいで、いまは魔物もでかく育っただけの動物でしかないってことか。
「それにしても……キミという男はどうしてそう、女性の胸ばかり話題ににするんだい?」
「そんなもん、おっぱいこそが幸せの象徴に決まってるからだろ」
誠実な答えに同行者二名の顔が露骨にしかめられた。
† † †
幼い頃の俺は引っ込み思案で臆病な子供だった。
そのせいで同年代の連中からからかわれ、預けられてた保育園でもよく泣かされていたっけ。
そんな俺を助けてくれたのは一人しかいなかった。
それは死別した母親じゃなく、ましてや
俺を助け、傷ついた心を癒やしてくれたのは保母さんだった。
保母さんはその豊かな
その時の俺は無類の幸せを感じていた。
いま思えば母親の代わりを求めていたのかもしれない。
しかしその幸せは
卒園式という区切りで、彼女とは別れることになった。
その時の大泣きは、記憶に残る最後の涙だ。
それをきっかけに、どれほど願っても別れは訪れると悟り、幼くしてひとりでも生きていける道を考えるようになった。
小学校に入学してからは、勉強も、苦手だった運動も頑張った。
成長期の努力は俺を裏切らず、やればやっただけ成果として現れた。
すると、周囲の評価も自然と変わる。
俺はいじめられることはなくなり友人も増えた。
でも、楽しくはなかった。
どのテストでも当たり前のように一〇〇点をとり、かけっこでも学年で五本指に入るくらいになった。
でも、陶芸家の父親は学業に興味がなかったし、担任は俺の出した数字を喜びながらも『さらに励め』と鞭を打つばかり。
同級生に至ってはスゲースゲーとうらやむだけで、誰も俺のことを誉めようとはしなかった。
当時からはヤツは鼻つまみ者で、ことあるごとに『女の子のすばらしさ』について雄弁に語っては疎まれていた。
大胆にして自由な行動と、早熟というには変質者じみた発言が先生たちから嫌悪され、それを読み取った生徒たちも極力ヤツとは関わろうとはしなかった。
俺も変人に関わるほど酔狂ではなかったので、その存在を視界に入れないようにしていた。
ただそれでも、ヤツの奇行を完全に無視するのは難しかった。
ある日は、『未成年でも閲覧できるエロサイト』を吹聴し、無関心を装う男子の
またある日は、『スパッツの内側に秘められた浪漫』について熱く語っていた。
制限をかけられたスマホから女体の閲覧方法を解析し、レポートにまとめたりもしていた。
まだ、異性の魅力に目覚めてなかった俺には、どれもアホらしい話題でしかなかった。
そんなことを繰り返し、わざわざ職員室に呼び出されていたのだからアホを極めてるとしか言いようがない。
ただ、そんな救いようのないくらいアホでも、ひとつだけうらやましいことがった。
それは豚田がスッゲーいい顔で笑うことだ。
なので、不本意ながら声をかけたのは俺からである。
「ずいぶんと楽しそうに笑うんだな?」
「好きなことやってんだ。当然だろ」
当たり前のことを聞くなと言わんがばかりの返答だった。
「おまえにはネーの? そういうのさ」
聞かれて衝撃を受けた。
実際、当時の俺に、そこまで楽しいと思えることはなかったのだ。
だが、驚いたのは俺だけではなく豚田の方もだった。
「マジかよ、よくいままで生きてこられたな」
まさか、学校内カーストの最底辺に位置するだろう相手から哀れまれるとは想像もしなかった。
豚田の言葉を否定しようと必死に考えれば考えるほど、俺はこれまでの努力が空虚なものであったと実感した。
そうこうしてるうちに、自分のなかにもひとつだけ温かな記憶が残っていることに気づいた。
それは保育園時代に俺を助けてくれた保母さんのことだった。
その時の温もり、
それを思い出すことで俺は救われた気になった。
そして実感する。
自分は、彼女と別れて以来幸せというものを実感していなかったことを……。
自らの幸せの根源を見つけ出した俺は、豚田とツルむようになった。
それから周囲の評価は激変したけれど、腹の底から笑えるようになった。
すべては『おっぱい』のおかげである。
だから俺は、幸せになるべく、
そう、すべては幸せのために……。
† † †
「というわけで、俺がおっぱい好きなのには正当な理由がある」
俺の話を聞いた同行者二名が微妙な顔になった。
そして、辛辣な言葉を吐き捨てる。
「言葉の意味はよくわからんが、非っ常~にキモかった」
「人間が食事のみで満たされる慎ましい生き物でないのは同意するけど、キミのは欲望をむき出しにしすぎちゃいないかい?」
所詮、男の理想は女子供には理解できないものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます