第29話 黒 化
「猿吉よ、どういうことか説明してもらおうか?」
宿屋の床に正座させられた俺に、尋問が開始された。
周囲には水花先生とヤミンズ、さらにはヤミンズチーム(バンガ家では
チーチラさんは民族色の高い衣装で褐色の半乳をさらしたエキゾチックな美人だった。
こんな出会いでなければ、すぐさま口説きに入るところだがけど、さすがに状況が許しちゃくれない。
ぶっちゃけ、みんなの視線が怖いし。
キュイが急造した穴に落とされた俺たちは、途中で
中層あたりから落とされたら普通は死ぬ。
そこを先生とヤミンズの機転でなんとか地面への激突は避けられた。
その後、ヤミンズの提案でチーチラさんが待機している宿に案内され、今後のことを話し合うことになった……のだけど、なぜか場は異端審問みたいな空気で満たされている。
「猿吉、あの子に何をした?
クスリか?
催眠術か?
まさか調教じゃあるまいな?」
「そんなエロゲみたいなことするハズないでしょ!?」
「では、おまえのようなゲスに何故あの子がなつく?
おまえが魅力的であるなどとどんな詐欺師にだって口にできんぞ」
先生の言葉にヤミンズもうなずいている。
「そりゃ、長く一緒にいれば懐きもするでしょうよ」
「吊り橋効果というヤツか」
「ちがいますって。
そもそも先生だって俺が子供に興味持つような変態じゃないのは知ってるでしょ?」
「まぁちがう種類の変態ではあるがな」
「先生への愛が生徒を熱病に冒させるんです」
「貴様らいつまでもエッチなことは余所で話せー!」
恋人同士の語らいに何故かヤミンズが憤慨する。
コイツ自分の立場わかってねーな。
この場には本物の
「さて、これからどうするかな? オモチは手に入らんし、あの子もほうってはおけん」
水花先生はそんな事を言いながらも、チーチラさんから借りた乳鉢に葉っぱやら木の皮やら入れて煎じている。
非常に嫌な予感がするけど、いまの俺は指摘できる立場にない。
「オモチは昨日、大量に落としたプチゴーレムがあるんで、それをかき集めればなんとかなるんじゃないですか?」
ヤミンズほど簡単に作り直しができなくても、動物に食べさせれば魔物として食べられるし、単純に魔力が必要なら、そのままでも平気だろう。
でも、俺の意見はクールなチーチラさんから否定される。
「それはすでに街の人間に分配してしまったので無理です」
その為に流したもんだから、当然といえば当然だけど……仕事早いですね。
もちろん、バンガ家でキープしてる分はあるけど、慈善事業でない以上、ただでは引き渡せないとのことだ。
俺にソレを買い取れるような甲斐性なんてない。
「やはり、もう一度会いに行くしかないようだが……どうしたものかな?」
「面倒な魔物はヤミンズが始末してくれたから、多少は楽じゃないッスか?
道案内もさせますし」
「なっ、勝手なことを申すな。
第一、貴様のような輩に使われるほど我は安くはない」
「そうか残念だなー。
チョコレートケーキ美味いのになー、おまえに見せてやれないなんて……」
「ぐっ、例え身体を辱められようとも、心までは屈っしないからな!」
ヤミンズの顔色が、ゲームで負けた子供みたいにまっかになる。
だが、強く拒まないところを見るとそんなに嫌でもないんだろう。
まるでオークに捕らわれた女騎士みたいだ……なるほどこいつも
「念の為、報告しておきますが、モモノスはまだ戦線に出せませんよ?
疲労が激しすぎます」
モモノス?
ああ、甲冑の中の人か。
甲冑と一緒に上層手前から下層まで一気に落とされたんだよな。
プチゴーレムがクッションになったハズだから大怪我はしてないと思うけど大変そうだ。
「さらに悪い情報だ。
残念なことに私も完全ではない」
先生は忌々しそうに言うと、できあがったばかりのお茶らしきものを俺に差し出す。
第二生徒指導室での嫌な記憶が蘇るけど、拒むともっと酷いことになりそうなので大人しく口をつける。
――不っ味ぅ、すっげぇ不味ぃー
前回の一・二五倍くらい不味い。
あまりに嫌そうな反応に興味をもったのか、ヤミンズが指先をつっこんでひと舐めする。
すると超神水を舐めたヤジロベーみたく床を転げまわった。
根性のないヤツめ。
巨乳美人が作ったものはどれだけ不味くても平然と受け入れるのが紳士のたしなみだというのに。
「そもそもこの身体はオモチで作った仮初めのものだ。
純粋なオモチで作ったわけでもないから制限が多い」
なるほど、違和感の原因はそれか。
巨乳であっても本物じゃないとか意地悪クイズみたいだな。
本物とどうちがうか確認するためにもあとで揉ませてもらおう。
「純粋じゃないオモチってなんです?」
「おまえが使ったヤツだよ。
魔力の薄い地で時間をかけて作ったのに無駄にしやがって。
大急ぎで二個目を作ったら、山中の木が枯れかけて大騒ぎになったんだぞ」
なるほど、こっちのオモチがあの部屋にあったんじゃなくて、
「それとオモチ三〇というのは、おまえを元の世界まで持ちあげる分の魔力だ。
それさえキープできれば帰還可能だ」
「『おまえを』って先生は?」
「残るぞ、どうせダミーの身体だしな。
コッチとアッチの二方面から移動を制御するから、むしろ残らなきゃならん。
この方法なら最小の労力でほぼ確実に成功できるが、力を失っていくほどに成功率は落ちる」
それで時間がないって話になるのか。
「あの……ひとついいッスか?」
「なんだ?」
「ゴブメンは連れていかないんですか?」
「…………なんでだ?」
ヒデー、この人、おっぱい以外は鬼だ。
虎柄のビキニとか超着せてやりてー。
「なにか勘違いしてるようだな。
私はあの男をしっかり元の世界まで連れていったぞ?」
「えっ? ゴブメンの話だと身体が耐えきれなくて残ったって話だったような?」
「ここに残った仮面は……そうだな未練みたいなもんだ」
先生は複雑な表情でそう答えた。
「あいつ、最後までキュイを心配してたからな。
上昇の最中に、本体から意識の一部が剥離しちまったんだろう。
だいたいおまえだってあいつには向こうで会ってるじゃないか」
「え? 俺の知ってる人ですか?」
「ああ」
誰だ? 豚田じゃないよな。
「散々小言を言われただろ」
「……小言? ひょっとして教頭先生ですか!?
あの絶滅危惧種のスダレ頭の!?」
「その通り、スダレ頭で小ウルサイ嫌われ者の教頭だ。
なんか性格が変わったと思ってたら、人格の一部をこっちに落としてたとはな」
水花先生の唯一の抵抗勢力にそんな秘密があったとは……ひょっとして、生徒の知らないところじゃ仲がよかったりするのか?
「先生もそうですけど、こっちの人間でも案外異世界で上手くやってけるもんなんですね」
「あいつも
そもそも私をその気にさせた張本人だ。
あっちは元々教師だったから知識の伝導を楽しんでいただけなんだろうがな」
「あの姿で
「それは私が未熟だったせいだな。
準備が整うまで、あいつの寿命が持つか怪しかった。
そうでなくても老化で体力が落ちれば成功率も落ちる。
異形になるのを承知で、自分から生のオモチを食って延命したのさ」
ゴブメンに関しての謎が氷解していく。
思えばあいつとは最初から話が通じてたし、俺のやることに対しての理解も早かったっけ。
自分でキュイを育てられなかったは身体の問題もあったろうけど、残された部分でしかないから知識も半端だったんだろうな。
「さて、そろそろ頃合いか」
そう言って立ち上がると先生は俺の顔面を殴りとばした。
不意打ちの上に正座までさせられてたので、今回は避けようはなかった。
顔面に激痛が走って、床を転げまわる。
「いきなりなにしよっとですか!?」
俺は立ち上がって文句を言うけど、先生は文字通り屁のカッパだ。
実験結果を見るような自然な瞳で俺を見ている。
「効果は十分のようだな」
なんのことかと思ったけど、激痛の割に殴られた箇所に怪我はなかった。
それどころかヤミンズに撃ち抜かれた銃創まで完治してる。
「俗にいう魔法の薬ってやつですか?」
「俗とかいうな、魔女の秘薬だよ」
似たようなもんじゃん。
「さて、用意できるのはこんなところか。
となんだか外が騒がしいな」
言われて気にすると、確かになんだか騒がしい。
それも「
宿の外では、大勢の人たちが
俺も窓から身を乗り出して
すると、驚くものを目にした。
鮮やかな新緑だった巨木がおどろおどろしい黒に染まっていたのだ。
「これは!?」
別れ際のキュイの姿が脳裏をよぎる。
だが、それを悠長に見てる暇は与えられなかった。
「どうやら、警告は意味をなさなかったようだね」
ため息とともに現れたのは、
「それにしても一晩しか持たないなんて……キミ、ほんとになにやらかしたの?」
心底頭が痛いという表情だったが、それは俺こそが聞きたいことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます