EX2 インターミッション②
キュイは寝室に入ると小さな身体をベッドに倒れこませた。
外ではまだ猿吉とヤミンズがプチゴーレムを使った対戦ゲームをしている。
ときどき、猿吉の高笑いとヤミンズの絶叫がキュイの耳にまでとどいていた。
キュイはそれを無視してうつ伏せになり、枕に顔を埋もれさせる。
使い込まれたベッドには猿吉の臭いが染みついていた。
「変な匂い……」
どちらかといえば臭い。
でも、不思議と嫌ではなかった。
そうしてるうちに少女はあることを思い出し、ベッドの下に手を潜り込ませると一冊の雑誌を取り出した。
それはかつて猿吉が秘密裏に作り出したものである。
使われなくなった小屋のベッドに隠されていたものだが、それに気づいたキュイが悪戯でこちらに持ってきたのだ。
猿吉は雑誌の紛失に気づきながらも、まさか犯人がキュイとは知らずに困惑していた。
どこを探しても見つからぬ結果、犯人をゴブメンと断定し訴えていた。
濡れ衣を着せられたゴブメンはたいそう不満そうにしていたが、キュイにはそのやりとりすらうらやましく思えた。
キュイは雑誌をなんとなく眺めながらめくっていく。
そこに移された美女たちはみな際どい水着をつけていたり、セクシーなランジェリーで着飾っていたりした。
タイプに差はあれど誰もが豊満な胸の持ち主だった。
――サルキチはおっぱいが好き
それは幼いキュイにも正確に認識されている。
内緒で巨大な胸をオモチから作成していたことも知られている。
それを邪魔してしまったのは、今を思えば悪いことをしたかと思わなくもない。
ただ、あの時平らげたプリンは最高に美味しかった。
気まぐれに雑誌の美女を真似てポーズをとってみる。
少々、髪と手足が伸びたとはいえ、キュイにはまだまだ不釣り合いなポーズだった。
鏡を介して確認すると胸のあたりの格差が哀愁を漂わせている。
――おっきくしたら、サルキチよろこぶ……よね?
肉体を直接改造しなくても、オモチを用いれば服の上から偽造するくらいは容易い。
試して不評だったら外せばいい。ただそれだけのことだ。
しかしそこまでして、もし猿吉が自分へ好意を向けなかったらと想像すると身体がこわばった。
いま猿吉がキュイを子供扱いするのはその容姿が影響してるのは間違いない。
だが、それを克服してなお、彼が自分に好意を寄せなかったらという想像が彼女に行動を躊躇わせるのだ。
美味くバラエティーに富んだ食事。
予測のつかない楽しい遊び。
彼と入るベッドはとても温かい。
見知ったハズの
話をしてると胸の鼓動が強くなり、苦しくなることすらあった。
声を出して笑ったのは初めてではないだろうか。
それまで漠然と過ごしていた一〇〇年が偽りだったのではと疑うほど、彼女の生活は激変した。
その原因は猿吉にある。
ふと、寂しくなったキュイは猿吉の様子を確認しようかと考える。
オモチを介して
しかし、結局はそれをすることはなかった。
猿吉はヤミンズとゲームをしている。
オモチを介さずとも聞こえる声は楽しげだった。すでに静かになっているが、おそらくいまもなにかしらしてるにちがいない。
彼が自分以外の相手と仲良くしてる姿をキュイは見たくはなかった。
――そういうことが増えた気がする
仲の悪いハズのゴブメンと二人でいることも増えた。
ソウジ・アレルヤとはそうでもないが、ヤミンズ・バンガとはすでに意気投合している。
特に彼女が猿吉と楽しそうにしている姿はキュイの心を大きくかき乱す。
――こんな思いはしたくない
一〇〇年を生きた魔女は幼子のように己の感情を呪う。
そんな時、突然部屋の扉が開かれた。
キュイはとっさに雑誌を隠すと入室者の姿を確認する。
それは猿吉だった。
キュイにノックというものを教えた彼であったが、本人もそれをしたことがない。
そのことに不服を申し立てるよりも先に猿吉が話しかけてくる。
「なぁ、キュイも来ないか?
チョコレートケーキ作ったんだ。前みたくホールじゃないけど、絶対美味いぞ」
「サルキチ、負けたの?」
「まっ・さっ・かっ」
彼は不敵に笑うと、一〇戦一〇勝だと報告する。
だからこそ、敗者に見せつけて食べるのだという。キュイと一緒に。
その猿吉らしい発想にキュイはクスリと笑った。
ヤミンズの滞在に不満がないわけではないが、だからといって猿吉の前であまり子供っぽい行動はとりたくなかった。
だから誘いにのることにした。
ベッドから降りると彼のとなりに立ち、ついて歩く。
だが、その足が不意にとまった。
キュイの「あっ」という声に、猿吉も足を止め振り返る。
「どうした?」
「入った」
「なにが、どこに?」
不明瞭な答えを猿吉は理解できなかった。
だが直後に響いた、爆音に緊急事態が発生したのだと察知する。
「なんだ、なにが来たんだ!? 新たな敵!?」
「わからない、けど……サルキチがきた、時みたいな、えっと…………」
「まさか、ここにきて、あらたな
「わからない、けど……なんだか、知ってる……気がする……」
それが共同生活の終わりを告げる鐘の音だとは、誰ひとりとして予想してはいなかった。
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