第26話 伐 採 人

「そろそろ状況を整理したいのじゃが?」

 プチゴーレムMARK2に身体を移し替えたゴブメンが、不機嫌そうに談話の終了を要求する。


 ヤミンズも同意し、俺たちは四人はことの首謀者でありながら、すまし顔でチョコを味わう男――ソウジ・アレルヤに視線を集めた。


「ん~、僕としてももう少し、このお菓子を味わっていたいところだけど……義務は果たさなきゃだね」


 ソウジは残ったチョコを懐紙に包むと、当たり前のように懐にしまい込む。溶けるぞオイ。


 チョコを独占されたヤミンズが怒り狂うかと思われたが、イジメられっ子のように涙目でそれを見つめているだけだった。

 どうやらふたりの力関係は明瞭らしい。


 ゴブメンはソウジに向けた警戒の視線を片時も緩めない。キュイもだ。

 それほどの相手なのか。この小柄でちょっと軽めのニーちゃんが。


 実力の一端に触れてもまだまだ信じられない。


「そもそも伐採人ウッドカッターってのはなんなんだ?」

星界樹スターツリーを斬り倒す者じゃ」

 俺が質問をあげるとゴブメンが忌々しそうに答えた。


「そんなことできるのか!?」

「あははっ、無理無理、さすがにそんなの僕にはできないよ。

 せいぜい、枝葉を落とす程度だね。事情を知らないサルキチくんもいるし、まずそこからはじめようか」


 そう軽く言ってからソウジは説明をはじめた。


伐採人ウッドカッターは確かに星界樹スターツリーを斬ることもある。

 でも、それは私怨や自己の利益の為なんかじゃない。

 それが星界樹スターツリー植木鉢プランターに住む人々の為になると判断した時だけだ」


「具体的に言うと?」

「枝が集中しすぎたところをいて成長を促進させたり、病気を孕んだ枝を斬ったりだね。

 稀に不作の対応に星界樹スターツリーから枝を落とさせてもらうこともあるけど、そのへんは勘弁してもらいたいかな」


「なに、星界樹スターツリーの枝って食えるの?」

「ちがうちがう、単純に燃料にするのさ。そうした分、他の資源を食料に回せるだろ」


 なるほど。

 でも、この言い分だけだと、ゴブメンたちの警戒理由がわからない。


「まぁ、キミらが僕を警戒する理由はわかる。

 その気になれば、僕は魔女の首も落とせる。でも、それは本当に最終手段だ。

 魔女がいなくなれば星界樹スターツリーが枯れる恐れがある。誰もそんなこと望んじゃいない。

 逆に狩人ハンターが魔女の首を狙うというのであれば、僕は全力で守らせてもらうよ」


 確かにそうだ。

 星界樹スターツリーを枯らして得をするヤツなんてどこにもいない。ソウジの発言は信用できそうだ。


「じゃ、過去に枯れた星界樹スターツリーがあるってのは?」

「あー、それは我が祖母の仕業である」


 若干申しわけなさそうに告白したのはヤミンズ・バンガである。

 彼女の一族が星界樹スターツリーを枯らしたって噂は本当だったのか。


「本当にバンガ一族には苦労させられたよ」

 ソウジが頭痛でもこらえるようにこめかみを押さえる。


「以前、村の農業改革を狙った流民ワンダラーの話をしたよね?」

「聞いたな」


「それが初代バンガ」

「……は?」


 てっきり星界樹スターツリー内で、魔物の餌になったもんだと思ってた。

 てか、同一人物の話なのか。


「村人から追われた彼は、星界樹スターツリー内に逃げ籠もったんだ。

 そこでオモチから銃を作って、追っ手と魔物を撃退しているうちに評判になってね。

 噂がさらなる依頼を呼び込み名声は高まったのさ。


 農業改革で失敗こそしたけど、根は良いヤツだったから……頼みに応えていくうちに伝説の狩人ハンターのできあがりって、ってわけさ」


 伝説の裏側なんて、そんなもんだったりしますよねー。


「そして、バンガの死後も功績を挙げ続けるバンガ家に興味をもった魔女が現れ、当時の若手筆頭だったヤミンズの祖父に声をかけた。

 ふたりは恋に落ち、魔女は彼の元へ嫁入りしたんだ……自らの母体である星界樹スターツリーを捨てて」


「熱烈な恋の物語であるな」


「魔女を失った星界樹スターツリーは次代の魔女を排出する前に枯れ落ち、バンガ一族の迷声はより混迷を極めた……というのが噂の真相だ。

 まさか、そんな理由で四番目の植木鉢ウバナ星界樹スターツリーを朽ち果てさせてしまうなんて……」


 説明するソウジは悲し恥ずかしそうに両手で顔を覆っている。

 どうやらこの話はヤツにとっても痛いものらしい。


「いまでは色々やらかしつつも、なんだなんだとこの世界に貢献してるけど……真実を見てきた者としては複雑な気分だよ」


 他にも、バンガ一族は毎年稼ぎの多くを寄付していたりするそうだ。

 もちろんそれで失われた人命が戻るわけじゃないけど、その先に失われたかもしれない人命は守ってたわけだ。


「というわけで、僕にはキュイさんを斬る理由はない。

 少なくともいまのところは」


「それでは、今回の襲撃の目的はなんじゃ?」

「査察……みたいなものかな?」


 ゴブメンの問いかけにソウジが曖昧に答える。


「ここしばらく、この星界樹スターツリーの様子は異常と呼べるくらい急変化を遂げていたからね。

 その原因は……まぁ、偶然もあって知ることはできてたんだけど、どう対処しようか僕も迷ってね。

 成長してくれるならオモチの生産量があがってみんな喜ぶけど、気になるところも多かったからさ」


「それでわざわざ我を召喚したのか?」

「僕は『面白そうなことになってるよ』って、キミに情報提供しただけだけどね」


「それで起こりえる結果が分かってるなら、招いたも同然だろ。

 しかも、キュイのこと泣かしやがって」

「それも僕のせい?」


 俺たちが五十七階層まで戻ってきた時、最初に見たのは屋根の半分飛ばされた家と、細切れにされた四本腕ゴーレムの破片、そして赤らんだ顔のキュイだった。

 すでに泣きやんではいたものの、酷いことをされたのは一目瞭然だった。


 怒りに任せ、即座に攻撃した俺とゴブメンだったが、一秒にも満たない時間で敗北した。

 そりゃ、キュイが四本腕ゴーレム使って負けるような相手に正面から向かって勝てないよな。


 その結果として、半ば力尽くで会談の場を設けさせられたのである。


 さらに美味い茶と菓子まで要求してきやがったのだから不貞不貞ふてぶてしいことこのうえない。


 ちなみにソウジのいいぶんは、キュイ本人には一切の危害を加えていないと言うことだった。

 だったらどうして……という疑問に答えたのは意外にもヤミンズだ。


『それって、我がモーミンを仕留めようとしたからであろう?』


 なるほど。確かに知人の窮地になにもできないと恐慌したりもするか。

 キュイは知り合いが少ないから尚更だったろう。


 さらに種明かしをされると、俺がヤミンズに足を打ち抜かれたのは、オモチによる監視映像を逆手にとられたからだ。

 それを告げ口したのは、五十七階層でキュイの身柄を抑えたソウジらしい。


 あれさえなければ、チャンスはあったのにな。

 だが、ヤミンズの襲来に紛れたとはいえ、キュイの下にたどり着かれた時点で俺たちの敗北だったんだ……………………………………悔しい。


「さて、こんなところで説明は十分かな?

 僕としてもだいたい状況の把握はできたから、そろそろでおいとまさせてもらおうかと思うんだけど」


 ソウジは立ち上がり周囲に確認するけど、それに異議を唱えるヤツはいなかった。


「それじゃ、サルキチくん。

 チョコレート美味しかったよ、ごちそうさま」


 そう言って懐からツルツルの木の柄を取り出すと、それを俺に向けて振った。


――え?


 脳裏に、切り落とされた枝の様子がリフレインされた。

 唐突に突きつけられた死の符丁に思考が追いつかない。


 タイツを伝線させた水花先生の姿、豚田真珠との熱気を孕んだエロ論争、そして焼いた熊肉をふるまってくれたキュイの笑顔………………………………それらが脳裏を駆け巡っていく。


――これって走馬燈?


 だが痛みはなかった。


 痛みも感じさせないほど鋭い切れ味?

 そう思ったけどちがった。


 いつの間にか俺の前にキュイが立っている。

 彼女が身を挺して不可視の刃から俺を守ってくれたのだ。


 ソウジは不可視の刃を構えたまま、両手を開き立ちふさがるキュイとにらみ合うものの、数秒後には「手遅れだったかい」と深いため息をついた。


 そして、恨みがましそうな視線を俺へと向ける。


「えっ、なに、これって俺が怒るとこだろ!?

 そもそもなんで俺は殺されそうになったの!?

 手遅れってなんの話!?」


「おヌシが病原菌認定されただけの話じゃ」とゴブメン。

「せめて発症せぬうちに排除を考えたが手遅れだった……というところであろう」とヤミンズ。

「…………………………………………」キュイはそっぽ向いてなにも語らない。


 なにそれ、意味わかんないんですけど。


「そうそう、伝え忘れてたけどヤミーを追い返し損なったけど、大量のゴーレムを下層に流した計画は上手かったね。

 これでしばらくは街の方も潤いそうだ。それにこれが噂になれば次の接合ハンドシェイクでは住民も増えるかもね」


 畜生、こっちの計画は完全に把握されてたか。

 これじゃ完全敗北もいいとこだ。


 ソウジは俺に背を向け、「でも四番目の植木鉢ウバナの二の舞だけは、ほんと勘弁してくれよ」とだけ言い残し、オモチ道へ飛び込み姿を消した。


 ウバナ……ヤミンズの祖母の魔女が居たとこか。

 その二の舞ってどういうことだよ?

 まさかキュイまで出奔するとでも思ってるのか? んなわけねーだろ。


「まったく人騒がせな男だったな」

「なにを言っておるモーミン」

 ため息をつく俺の言葉をヤミンズが訂正する。


「ん?」

「ソウジはれっきとした女だぞ?」


マジでかじでまか!?」

「うむ、幼い頃、一緒に風呂へ入った時にたずねてことがある。

 『どうしてソウジにはおっぱいもチンチンもついてないのだ?』と」


 対するソウジの回答は『ちゃんと僕にもおっぱいついてるから』というものだったそうだ。

 回答には幼子をちびらすほどの殺気が込められていて、そこでソウジとヤミンズの力関係は覆せなにものになったらしい。


「まぁ、ちびったと言っても、ほんのほんのちょこっとだし、風呂場だったからセーフである」

 いや、セーフじゃねーよ。


 ひょっとして、俺が殺されそうになった理由って、貧乳ちっぱいに用はないとか言ってたせいか? あっぶねー。


 でも、あいつの乳マジで真っ平らだったぞ?

 過去の話に関わってることを考えると見た目通りの歳じゃなさそうだけど……ひょっと透明な剣をつくる代償でへこんだのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る