第24話 罠

 協議の結果、俺たちは三十九階層でヤミンズを迎え撃つことにした。


 この階層には木々や岩などがあり他の階層よりも遮蔽物しゃへいぶつが多い。

 隠れて迎撃するにはもってこいの場所だ。


 キュイには家のある五十七階層で待機してもらい、オモチ経由でヤミンズの動向を確認しながら、イザという時に備えてもらう。

 実戦部隊は俺とゴブメンのみ。


 襲撃場所を三十九階層に定めたのは、遮蔽物の他にも、相手の疲労とこちらの安全圏を秤にかけた結果だ。

 上層に引き込んだ方が当然疲れは蓄積されるが、あまり上層まで引き込んで「あと少しだから頑張ろう」などと不要な根性などと引き出されちゃ困る。



「よくきたなヤミンズ・バンガよ」


 大岩の上で直立し、両腕を組んだ体勢で俺はヤミンズと相対する。

 直接対面したヤミンズは想像よりも小柄で凄腕の狩人ハンターという印象はなかった。


 歳も若くて俺と同年代くらいか。

 長い金髪に深紅のコート、さらには長銃のコンボはカッコいいのだが……強いコスプレ臭がただよっている。


 対する俺もオモチ製の仮面と衣装を身につけて悪の幹部を演じてるので、人のことをどうこう言えない。

 もちろんこれは素性隠しの為であって、格好で張り合うつもりなんかない。


 ヤミンズは予定通りに疲労していた。

 周囲を囲む甲冑どもは平然としてるが、こちらの用いた策が有効に働いた証だ。

 これなら交渉も有利に運べる。


「我が名はモーミン。この星界樹スターツリーを統べし魔女の配下だ。

 貴様のこれまでの活躍を賞賛し、吾輩自らが出向いて……」


 乾いた銃声が尊大な台詞を遮った。

 向けられた長銃から硝煙があり、気がつくとマントに穴が空いていた。


「おっ、おまっ、なにすんだ、いきなり!?

 人がせっかく交渉してやろうっていうのに、台無しじゃないか!!」


 俺は大岩から降りると、それを背に文句をつける。


 ヤミンズを追い返す予定に変わりはないけど……相手の目的を確認しておきたかった。


 目的が確認できれば打てる手立てが増える。手立てが増えればそれだけ勝率も上昇する。

 だが、ヤミンズはそんなこちらの皮算用を容易く無視していきなり撃ってきやがった。野蛮すぎんだろ。


「今更交渉だと? ふざけるな。

 貴様、これまで我に繰り返してきた嫌がらせの数々を無かったことにできるとでも思っているのか?」


 怨念のこもった暗い声があたりに響く。


「いや~、当方といたしましても陣地防衛には尽力を尽くす次第でありまして……」


 ヤミンズの怒りの原因には心当たりがある。

 具体的に言うと、毎晩のように野営地周辺で、火の用心の拍子木ひょうしぎを遠くからカンカンならして安眠妨害を繰り返したのだ。

 他にも遠方からテントに投石したり、見張りの隙をついて動物の糞を出口に置いたりと、相手のやる気を削ぐ作戦をいくつも立てて実行した。


 もちろん、プチゴーレムとオモチ道を駆使し、見つからないための注意を払いながらだ。


「ヤミンズさ~ん、そもそも貴方はなにしに来たんですか~?

 もうずいぶん魔物狩りましたよね?

 そろそろ引き返してもいい頃じゃないでしょうか?

 お肌荒れますし、あっ、なんなら最下層までエスコートしましょうか?」


「案内は不要。むしろ我の方こそ貴様を送ってやろうではないか。

 冥府の最下層までな」


 彼女の手にした長銃が再び炸裂音を響かせるとあっさり大岩を貫通する。

 恐る恐る覗いてみたら、鬼の形相のヤミンズと目があった。


――やだっ、この子怖い。

「魔女の処遇はそれからだ。

 首を狩り、骨を抜いて煮詰め、まじないの道具にするか、あるいはオモチ製造機として永遠に飼うのも一興よな」


 どうやら、相手から正常な思考を奪うことには成功したが、交渉の余地までなくしてしまったようだ。


「くっ、惜しいとこまでいったのに……残念だ」

「どこがじゃ」

 新しいプチゴーレムを用意したゴブメンがあきれ顔になる。


 ちなみに三号機と名付け新型には特殊兵装をつけてある。


 特殊兵装なんて言っても、大したもんじゃない。

 身体の形状を銃身状に変形させたのだ。

 手足のついた銃みたいに不格好だけど、そんなことに構ってはいられない。


 この形状にしたのには理由がある。

 ゴムの伸縮を利用したゴム銃を搭載したのだ。


 弾もピンポン球サイズのゴム弾。

 まぁ直撃すれば骨折はしないまでも、痣くらいはできるだろう。


 ちなみ、俺のプチゴーレム(黒)にもおなじゴムでY字型のパチンコを装備させている。

 これでも遠距離攻撃は可能だが、ゴムが短い分、威力が低く射程も短い。


「あれもこれもと欲張ったのがいかんかったの。作戦αアルファでよいな?」

「ああ」


 ヤミンズ撃退の為に俺とゴブメンは分散する。


 俺はコントローラーを手に黒色のプチゴーレム(一号機改)を操作しながら走った。


 改造したのは機体じゃなくシステムの方だ。

 いま被ってる仮面に対応するようになっている。


 この仮面は単に素性を隠すためのものじゃない。

 視覚をプチゴーレムと共有させるためのモニターも兼ねている。


 以前よりも細かく相手の様子を観察できる上、意思の増幅もしてくれるから、より遠くまで動かせるようにもなった。


 さらには近隣に配置したオモチの目オモチアイの映像も受信でき、相手の位置どりも簡単にわかる。

 これで隠れん坊は格段に有利。


 プチゴーレム改を背の高い草の中を走りつつ、ヤミンズの動向をうかがう。

 彼女は周囲を三体の甲冑で守らせ、残り三体は散策に回している。


 そこを狙ってゴム弾を発射。


 ゴム弾は甲冑の頭を強襲するが……そんなものがタフな甲冑に効くわけがない。


 だが、表面で弾かれたゴム弾はヤミンズへと上手く反射した。

 跳弾だし、大した威力じゃないけど、まったく痛くないわけでもない。


 なにより得意の射撃で先に当てられたことは狙撃手スナイパーとしてのかんに障るだろう。


 俺たちは索敵の優位を活かし、交互に狙撃を繰り返す。


 アチコチから飛来するゴム弾から甲冑どもは主を守ろうと身体を盾にするが、跳弾の行き先までは予測できない。

 逆にヤミンズは周囲を甲冑に守らせたことで発生した死角で反撃できない。

 かといって、前に出れば直接狙われるので、ないないづくしだ。


――順調、順調


 やっぱり隠れ場所のない狙撃手スナイパーなんて怖くはない。

 虎の子の短銃とて弾数が限られている以上、無闇に撃つわけにはいかないだろ。


 また、こっちはあらかじめ準備しておいた反射板も利用しいる。

 こちらがふたりってことに気づかせない為、ゴム弾も同じもので統一。

 それらの対策のせいでヤミンズはいつまでも不利な状況から抜け出せない。


「貴様、フザケておるのか。我を相手にこのような玩具で!」

「いやいや、大まじめ大まじめ。

 だって適当なことして怪我させちゃったら後味悪いじゃん」


 オモチスピーカーを通じて、見当違いの方向から軽口をとばす。


 これは冷静さを奪うためのもの。

 あくまでも地力は向こうが上なんだ。奪えるものはなんでも奪っておく。


 あんまり簡単にかかってくれるから、実際楽しくもあるけど。


――さて、そろそろ頃合いかな?


 俺は予定していた次の行動に移る。

 あらかじめ作っておいた自分の絵が描かれたパネルを草原から出す。


 するとあっさりと眉間を撃ち抜かれた。


――なんて狙いの良さ


 激昂してても射撃の精度は落ちてない。

 予定通り俺はそこから草の中を隠れ逃げ出すけど、なんとそこから足を打ち抜かれた。


――どうやってこっちの位置を把握した!?


 痛みで集中力が途切れるとプチゴーレムの位置が発覚し、逆に狙撃される。

 弱点はなくても腕だけに三発も打ち込まれればもげてしまう。


 ゴブメンの三号機は健在だが、俺の方は攻撃手段を失った。


 とにかくその場を離れようとするが、打ち抜かれた足が泣きそうなほど痛む。


 歯をくいしばり逃げようとするけど、軟弱な身体は理想の実現に力を貸さない。

 それでも少しずつ、身体を動かしていく。


 鬼ごっこの終わりを告げる声は背後から訪れた。


「ずいぶんと虚仮にしてくれたものだな」


 長銃の弾倉を入れ替えジリジリと詰め寄ってくる。

 確実に仕留めたいのか、甲冑もこの場に六体揃っていた。


「このヤミンズ・バンガを相手に怪我をさせないだと?

 貴様ごとき三下が何様のつもりだ」


 歴戦の勇者はロクに動けなくなった獲物を見下ろし、強者の余裕を取り戻している。


「ひとつ、いいか?」

「遺言なら手短に済ますがよい」


「もうちょっと育ったらおっぱい揉ませて」

「愚弄するか!」


 ヤミンズが銃口を向けるが、それの時間は一秒にも満たなかった。


 彼女は引き金を引くよりも先に上方の気配に気づいて銃口ごと視線をあげる。


 そして、即座にその場から跳び退くと、飛来する丸い物体を撃ち抜いた。


 ヤミンズが打ち抜いたのは体育座りをしたプチゴーレム。

 銃弾を撃ち込んでも、それだけで行動不能にはならないのは証明済み。


 代わりに甲冑が打撃武器で粉砕しとどめを刺すけど、用意したのは一体じゃない。

 量産型のプチゴーレムが丸い体型を活かして転がり、天井のオモチ道から逐次投下されてくる。


わる足掻あがきを!」


 天井から落とされただけのプチゴーレムは為す術もなく撃ち抜かれ、潰される。


 上層からでは魔女とはいえ精密な操作はできない。

 故にキュイは上の階層からパチンコ玉を流すようにオモチ道を通しているだけなのだ。


 大量投下されたプチゴーレムたちは、すぐに甲冑たちに潰されていく。


 だが、これは攻撃じゃない。

 その前の布石なのだ。


 しかし、こちらの意図にヤミンズは気づいてない。


 そして、たびかさなる衝撃に耐えきれず、細工を施された床は轟音を響かせ崩壊した。


 俺ひとり走った程度じゃゆらぎもしないが、こうして重量級の攻撃を続けさせれば耐えきれなくなるのは必然。

 これこそが俺が用意した本命の罠だ。


 崩壊した床は、ヤミンズとその配下どもを飲み込む。

 さすがに名うての狩人ハンターといえど重力には逆らえないだろ。


 あとは、事前に用意した下層までの直行便でサヨナラだ。


――策で強者を下す俺、かっこいいぜ!


 プチゴーレムともども落下するヤミンズを見送るが、それでも彼女はあきらめなかった。

 とっさに鎧を外し、なんと仲間である甲冑を蹴って跳躍した。


 少々跳びあがったところでどうにかなるほど小さな穴じゃない。

 しかし、天へと伸ばされた手は一体のプチゴーレムを鷲掴みにした。


――なにを!?


 次のヤミンズの行動に俺たちは驚愕せざるをえなかった。


 彼女が『翼よ!ウィングス』と叫ぶと、プチゴーレムがその形状を大きく変えたのだ。


 コミカルな人型は失われ大きく羽ばたく鳥となる。


「うぇあぉうわぁはぁ!?」


 流民ワンダラーだからってそんなに簡単にオモチの作り替えなんてできないだろ!?

 名うての狩人ハンターや魔術師だって同じハズだ!

 だが、彼女はその不可能を実現させて見せた。


 そして、なにより俺たちを驚かしたのはヤミンズの髪の色だった。


 プチゴーレムを変化させた瞬間、その髪色が緑に変色したのだ。


 ポニーテイルを形成していた髪留めは壊れ、流れたクセッ毛はすでに金色に戻っているけど絶対に見間違いじゃない。


「よもや、魔女が他の星界樹スターツリーに乗り込んで来ようとは……」

 俺を回収に近くに来たゴブメンが呟きを漏らす。


「魔女って、星界樹スターツリーから離れられるのか!?」

「不可能ではない。

 だがその間、星界樹スターツリーの管理ができなくなるから簡単には離れられんハズじゃ」


「っていうか、ヤミンズって流民ワンダラーの子孫なんじゃなかったのか?」


 俺とゴブメンは推論を交わすが解答には至れない。


 それに答えたのは当のヤミンズ・バンガだった。


 まだ無事な足場に着地すると、手にした鳥をさらに別の形へと変化させる。

 手の中に現れたのは薬莢のついた大型の銃弾だった。


「我、ヤミンズ・バンガは正真正銘、流民ワンダラーの子孫なり。だが同時に魔女の血族でもあるのだ。

 もっとも、我が血に隠されし秘密を知り、生き長らえておる者はおらんがな」


 優雅にマントを翻し、宣言するとヤミンズは懐から出した短銃にできあがったばかりの魔弾を込めた。


「魔女って、人間とエッチできるのか?」

「そこは『子孫を残せるのか?』と聞けっ!」


 顔を赤らめ反論する。

 露出度高いクセに純情なヤツだ。


「どうして魔女が星界樹スターツリーに攻めてくんだよ!?

 ずりーぞおっぱい揉ませろ謝罪しろ!」


「揉ません!

 それともう一度言うが我は魔女に非ず。

 バンガ家の男と魔女の間にできた子というだけのことよ。

 もっとも我以外に魔女の性質を受け継いだ者はおらんがな。

 それと我がここにきた理由はなっ」


 すでに策は尽きている。

 一号機も破壊された。


 だが、ゴブメンが残っている以上、まだ完全に終わったわけじゃない。

 俺はヤミンズをののしり合いに巻き込み時間を稼ごうとする。


 だが、それが無駄な努力だという宣言が天井から響く。


『それは僕がお願いしたからだよ』

「えっ、この声……まさか?」


 余裕を感じさせるすずしげな声。

 それはソウジ・アレルヤのものだった。


『サルキチ、ゴブメン、ごめん……』

 おなじようにキュイの声もあたりに響く。


「遅いぞ、伐採人ウッドカッター、我にばかり面倒をおしつけおって……」

 伐採人ウッドカッター

 その単語の示す意味を俺は知らない。


 だが、青くなったゴブメンから状況は最悪であると知れた。


 ハッキリしているのは、安全の為にと上層部に残したキュイが、逆に人質と取られてしまったということだけだった。

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