第23話 分  析

 オモチの増産で疲労したキュイを寝かせたまま、俺とゴブメンはムカデの荒らした道を修繕するため中層までおりた。


 これをほっておけば、上層までの案内図を置いてるようなもんだ。

 あえて残しておいて、罠を張るのも手だけど重厚な甲冑どもが前を歩く以上、生半可なものじゃ期待できない。


 ちなみにゴブメンはキュイのプチゴーレム(修繕してMARK2と名付けた)を身体にして働いている。

 動かせないか、ダメもとで試してみたのだが案外上手くいった。

 手足も指も短いのから作業しにくそうだけど……。


「なぁ、あの甲冑の正体って……」

「オモチとゴーレムの中間的な存在じゃろうな。

 いくら流民ワンダラーの子孫とはいえ、よもやあんなものを作りあげるとは思いもよらんかった」


 ゴブメンですら、いまだ甲冑の中身は想定外だったらしい。


「人間ってわけじゃないんだよな?」

「確証があるわけではないがのう」


 どっちの? という言葉は飲み込んだ。

 出したところで真相はヤミンズ本人にたずねなきゃわからない。


「最後の銃もすごかったな、あれって魔法か?」

 少なくても通常の火薬じゃあんな威力は出せっこない。


「おそらくオモチから作り出したものじゃろうな。

 ただ、強度はともかく銃自体はそれほど特別な作りではなかろう。

 問題なのは弾の方じゃ。

 おそらくヤミンズは高位の魔術師。あるいは宿に残ったという女があれを制作したのか?

 どちらにせよ、あの魔弾、簡単に補充が利くものではないな。

 それにあの威力、オモチ一匹つかっても一発作れるかどうかじゃ。

 やはり量産は難しいとみて問題ないじゃろう」


 補充が利かないとしたらありがたいけど、あくまでそれは推測にすぎない。

 それにオモチが材料なら、星界樹スターツリー内で補充可能なんじゃないか?


「以前、双頭熊ダブルヘッドベアと戦ってた狩人ハンターも魔法使ってたけど、あんまり効いてなかったよな?」


「人間の体内で生成される魔力よりも、オモチを食べた魔物の方が魔力が強いからじゃな。

 それを屈服させるためにバンガ一族は、火薬を魔力に融合させたのじゃろう」


「でも、銃がオモチで作れるなら、他の連中も似たようなこと考えるんじゃ?」


 基本、魔物に食われるオモチだけど、人間に捕まるケースもある。

 俺だって捕まえられるし、難しくてもできないってわけじゃない。


 捕まえられたオモチは、俺がしてるように地元住民によって様々な物資に作り替えられる。


 不足しがちな調味料や燃料に変えられるのが一般的だが、金持ちの道楽に流民ワンダラーが手を貸すこともあるらしい。

 だったら、銃の模倣だって十分ありえそうだ。


「オモチは万能素材であり、使い手の念じるものを作成することができる。

 それでもなんでもは作れん」

「うろ覚えの丼の柄まで再現してるあたり、かなり融通利くと思うんだけど?」


「それはおヌシがオリジナルに触れておるからじゃよ。

 オモチで作成されたものは記憶の影響を受けた複製品にすぎない。

 それ以上の複製を繰り返すことはできんのじゃ」


 そんな制限があったのか。


「ん? だったらゴーレムは?」


「あれは模倣ではないからな。

 もともと自律で動くオモチの外装を作り替えたようなものじゃ。

 オモチそのものでなくなったことで性質は変わっておるがの」


「甲冑のヤツもおなじなのか?」


「甲冑自体は丈夫なだけで普通に出回っとる物じゃろう。

 肝心の中身じゃが……恐ろしくタフなようじゃが一応自律しているように見えたのう。

 命令に従う知能はありそうじゃが高くはあるまい。故にゴーレムではないじゃろう。

 キュイ様とて、同時に複数を操るのは難しいからのう」


 とにかくヤミンズ以外も不味い相手なのはわかった。

 だとしたら、あれを選択肢に入れた方がいいだろ。


 俺には銃に触れた経験がある。

 故にオモチでそれを作り出すことが可能だ。


 それもヤミンズが扱うよりも世代の新しい高性能な銃を。

 魔法は使えないけど、ヤミンズを追い返すだけならあんな馬鹿げた威力は必要ない。


「実はさ、俺……」

「やめておけ」


 迷いながらも話を切り出す俺をゴブメンがとめた。


「仮に別世界の兵器で狩人ハンターを撃退したとしてもそれは一時的なものでしかない。

 その武器が流出すれば、今度はその武器でワシらがソレで狙われることになる。

 よしんば流出を防げたとしても、その武器を求めてより欲の深い者たちが集結するじゃろうな。

 それはヤミンズ以上の難題となる」


 ゴブメンの指摘に息をのんだ。


 銃の構造自体は難しくない。

 部品の精度が低ければ命中率は落ちるだろうけど、数を重ねていくうちに改善されていくだろう。


 火薬の調合は知らないけど、織田信長がうんこ集めて作ってたとか漫画で有名だから、植木鉢ここでだって本気で研究するヤツが出てくれば再現されかねない。


 誰かが言っていたのように、銃が量産されれば魔物討伐にも役立てられる。


 でも、その銃口は魔物以外にも向けられる可能性もあるのだ。


 バンガ一族が武器の情報を秘匿してるは、力の独占よりも人間同士の殺し合いを警戒してるんじゃないか?

 だったら、最初から作るんじゃないって話だけど……なにかしら理由はあったんだろうな。


 もし、俺が作った銃が流出し、人間同士の争いに使われることになれば、誰でもが簡単に人殺しになれる道具を流布した元凶となるんだ。

 そう考えると、迂闊なことはできなかった。


         ◆


 ヤミンズの動向を探るのに用意しておいた投影器は彼女が水浴びしてる姿を映している。

 湯気のかかっている様子からして、露天風呂の排水が漏れてる場所を見つけたらしい。


 最初こそ「ラッキー」と喜んだものの、気づかれないように配置したオモチの目オモチアイは遠く、映像も背後からの為すぐに冷めてしまった。


 キュイに頼めばアングル変更もできるけど……さすがにのぞきの片棒は担がせられない。


「しかしバンガの子孫が、こうもやっかいな相手になるとはな……」


「知ってるのか?」

「初代とは顔見知りじゃ。

 その孫だか曾孫だかが分不相応にもここを攻略に訪れたこともある。

 その時はあそこまで強力な銃器は使ってはおらんかったのう。で、あっさり返り討ちじゃ」


「武器は世代を重ねて改良したってことか……って、そん時はどうやって撃退したんだ?」


 例え武器が旧式でも、特訓前のキュイは攻撃時に目をつぶってしまっていた。

 彼女がプチゴーレム以外の方法で戦う姿はとうてい想像できない。

 あるいはトラウマを負う前の話なのか?


「先代の魔女様は活発なお方じゃったのでな……」


 なるほど。

 化身っていっても、キュイが最初のひとりではないないのか。


 いくら異世界だからって、ビルよりドデカい樹が一〇〇年やそこらであっさり育つとは思ってなかったけど……魔女も代替わりとかあるんだなぁ。


「おまえはその先代から使えてたのか?」

「そうじゃ」


「ふ~ん、どんなヤツだったんだ?」


 別に興味があったわけじゃない。

 単に無言で作業を続けるのが退屈だったから。


 でも、話し始めたゴブメンは意外と長く語りはじめた。


「あの方は魔女でありながらたいそう変わった方じゃった。

 ワシも多くの魔女を知ってるわけではないから基準なんぞ、あってないがごとしじゃがの。

 好奇心旺盛で、流民ワンダラーと聞けばすぐに飛んでいって話を聞きにいくような方じゃ。

 そうして交流しておるうちに異世界に興味を持ち……決意をしたのじゃ」


「どんな?」

「『自分も異世界へ行く』とな」


 そういえば、この世界から旅立ったのには前例・・があったんだっけか。


「だが、先代にも懸念はあった。

 自分が旅立てば、星界樹スターツリーが朽ちる恐れがあるとな」


「魔女がいなくなると……やっぱりマズいのか?」


 街で聞いた不吉な予言が胸をよぎる。


「確率の問題じゃな。

 仮に魔女が人間に殺されたとしても新たな魔女が現れる。だが、すぐにというわけでもない。

 その空白の間、星界樹スターツリーは己の内部をコントロールする術を一切失う」


 カユいところに手が届かない……って感じだろうか?


「新たな魔女が現れるまでの期間もわからん。

 故にあの方は自らの手で代理を残されたのじゃ」


 それがキュイか。


「それで、その……おまえはついていこうとはしなかったのか、先代の魔女に?」


「した。

 彼女と共に異世界に戻ろうと決意し……失敗したのじゃ。ワシだけな。

 万全の準備をしたが、それでもワシは異世界移動に耐え切れんかったのじゃ。

 そして、身体を失いこの有様じゃ。もっともそのおかげでキュイ様をお助けできておるのじゃから、怪我の功名というやつじゃな」


 どこか楽しげな口調は強がりではなさそうだ。


「さて、いつまでも無駄話はやめて手を動かすとしようかのう……」


 ゴブメンはオモチの補充に行くと言って話を切り上げた。


 小さな魔女が長年使っていたベッドは、旅に出る前に作っておいたものなんだろうな。

 そして、今使ってる大工道具もその時に作られたものなんじゃないか。


 そんなどうでもいい想像を打ち切り、ヤミンズ撃退の方法を煮詰めだしていた。

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