第22話 ヤミンズ・バンガ

 草原に立ったキュイは己の指を高く掲げ「接続コネクト」と口ずさむ。


 指先にほのかな光が集うと、それは五つの光点となり音もなく舞い降りる。

 草地に接触した光は残像で図形を描きながら移動する。


「空の恵み、地の恵み、人の恵みよ……」


 透き通った声にあわせ、すっかりおなじみになった魔方陣が描かれていく。

 それにあわせてキュイも舞いながら、ドレスさながらに飾られたワンピースの裾をつまむ。


「葉と根と幹を伝いて集え、現身を得て我が下にいでよ……」


 呪文を唱え舞うキュイの姿は以前よりも優雅になっている。


 最後に『星界樹の恵みオモチ』と唱えると、その裾から三十近い数のオモチがボロボロと産み出され、あたりを元気に駆け出しはじめた。


「……ふぅ」


 さすがにこれだけ一気に産み出すと疲れも相当なものらしい。

 だが、俺たちにゆっくりしてる余裕はない――。




 ヤミンズ・バンガは街で一泊した後、翌朝から星界樹スターツリーの攻略を開始した。

 連れは六人の甲冑たちだけで、一緒にいた褐色の肌の女性おねーさんは非戦闘員らしく行軍には参加していない。


 ヤミンズの武装は例の長銃に、部分鎧で動きを妨げない程度にかためていた。

 さすがに私服のままのぼるようなことはないらしい。

 ただし、トレードマークの深紅のコートは残したままだ。



 ヤミンズは地元狩人ハンターを案内役として雇うと、早々に二〇階層までの下層を抜け、中層である二十一階層へと足を踏み入れた。


 俺たちはその様子をオモチの目オモチアイ経由でのぞき見していた。


 一行は小物に興味はないらしく、よほど邪魔な魔物以外は無視していく。


 倒した魔物は交代でやってくる地元狩人ハンターに売り払い、そのついでに水や食料などの補給を受け取っていた。

 それらが滞りなく行われているのは、外で待機している女性が手配しているんだろう。


 夜はテントを張り、ヤミンズは中でゆっくり休む。

 甲冑たちも交代でテントを出入りしているが、どれが交代したのか正直見分けがつかない。


「相当場慣れしてる連中じゃな」


 これまでの行軍を見るだけでもそれはわかる。

 逆に言えばそれだけしかわからない。


 ヤミンズ本人はロクに動こうとすらしない。

 魔物に行く手を阻まれても手下である甲冑だけであっさりケリがついてしまう。

 担がれたままの長銃はおろされることなく、その実力は未知数なままなのだ。


 見た目だけなら狙撃手スナイパーっぽい。

 だとしたらそれほど怖くはない。


 狙撃手スナイパーの強みは遠距離から一方的に相手を殺傷できることだ。

 狙撃手スナイパーが存在するというだけで、常に死への緊張がつきまとう。


 だがしかし、今回は俺たちが守る側であり、索敵能力も相手よりも数段高い。

 ヤミンズがどこに隠れようとも星界樹スターツリーの主である魔女の目を誤魔化せるわけがないのだ。


 だが、期待の新人として名を轟かせる以上、さらに隠し球があるように思えた。


「ん~、なんか気になるな」

「情報が足らんな」

 相談した末、巨大ムカデを中層に向かわせることにした。


 あんなおっかない魔物を中層まで降ろしたら、また評判が悪くなって狩人ハンターが寄り付かなくなりそうだ。

 でも、俺たちにとって最優先すべきはキュイの安全。他の問題はそれを確保してから考えればいい。


 ムカデは狭い道を強引に拡張し、中層まで降りていく。

 途中、ソレと遭遇した動物や魔物たちがあまりに場違いな存在に恐慌した。

 道もずいぶん荒れたので後始末が大変そうだ。


 ムカデがヤミンズと遭遇したのは、折しもキュイが初陣を経験した二十九階層だった。

 そこまで遠くにいくと上層からじゃコントロールがむずかしい。

 これまでの成長で操作できる距離は伸びてるけど、それでも二十九階層までは遠すぎる。


 だが、巨大ムカデに操作は必要なかった。

 元来の凶暴さが影響したのか、獲物を見つけるとすぐさま襲いかかる。


 さすがに上層でふんだんにオモチを食した巨大ムカデは強かった。

 それまで無双を誇っていた甲冑どもをあっさりと跳ね飛ばし、分厚い甲冑に顎を食い込ませる。


「「やりすぎた!?」」

 立体映像に映し出された惨劇に俺とゴブメンが悲鳴をあげた。


 こちらの方針はあくまでも、ヤミンズの星界樹スターツリー制覇を阻み、適当な階層でお帰り願うこと。

 圧倒的強さで名うての狩人ハンターを撃退しちゃったら、当分他の狩人ハンターが寄り付かなくなる。


 そうなれば、外の人々だけでなく、こちらの得られるものも制限される。

 キュイの成長は滞れば俺の帰還も遠ざかる。他人事じゃない。


――ああ、おっぱいが、おっぱいが……


 おっぱいのある街並みが遠ざかるのを幻視する。

 だが、それを撃ち砕いたのは肩の銃をおろしたヤミンズだった。


 ヤミンズ・バンガは強敵の出現にうれしそうに犬歯を見せ、初めて長銃を構えた。


 紅のコートをなびかせ、知性なき怪物の背後に素早く回り込むと引き金を絞る。

 放たれた銃弾はムカデの外骨格を容赦なく貫き、毒々しい体液をあたりに飛び散らせた。


 ヤミンズの圧勝……かに見えたが、そうでもなかった。


 彼女の与えた傷は巨体に対してあまりに小さい。

 ムカデは動きを止めるどころか、狂ったように暴れ近くの木々をなぎ倒す。


 ヤミンズは長銃の横についたレバーを引いて次弾を装填。

 狙いをつけなおすと今度は左側の目玉を打ち抜くが、それでも凶暴な魔物はとまらない。


――なるほど


 ヤミンズの銃弾は貫通力こそ高いが、それ故に昆虫のみたいな単純な構造の魔物には相性が悪いのか。


 ムカデもヤミンズを捕らえられないでいるから、このままいけば先に力尽きるだろう。


 巨大ムカデという強力な手札を失うのは惜しい。

 けど、これでヤミンズ攻略の糸口は見えた。


「あの貫通力は怖いけど、連射ができないのは救いだな」

「人間相手なら頭なり心臓なりを撃てば終わりじゃが、急所を持たぬゴーレムならどこを貫かれようと痛くはない。

 破壊力のなさがあの娘の弱点じゃな」


 俺とゴブメンは互いに意見を出し合いヤミンズの強みをいでいく。

 どうやら、ヤミンズ・バンガは決して勝てないという相手ではなさそうだ。


「まぁその前に甲冑をどうにかしなきゃなんないけどな」

「あやつらはもう動けんじゃろ」

「それもそうか」


 ヤミンズの動きは俊敏で、前衛なしでも巨大ムカデ相手に善戦している。

 この場での勝利は動かないだろう。


 でも、狙撃手スナイパーが単独で星界樹スターツリー内を行動するとも思いにくい。

 彼女ひとりでは大物の魔物を仕留められてもその肉を加工したり、持ち帰ったりすることはできない。

 ならば甲冑たちが大怪我をしていればこのまま撤収も十分ありえそうだ。


 英雄ヤミンズは凶悪な魔物を撃破するも、仲間に足をひっぱられ仕方なく撤退。

 この筋書きで通るなら、こちらとしては万々歳だ。


「これで一件落着……」なんて、そんなヌルいことを思ってた時期が僕にもありました。


 それを覆したのは、ヤミンズが懐に隠し持っていたもう一丁の銃だった。


 彼女は銃身の短いそれを両手でしっかり構え、まっすぐ巨大昆虫へと向ける。

 引き金が引かれたると、閃光が波となり画面を埋め尽くした。


 そして次の瞬間、轟音が上層まで響いた。


 しばらく画面が消失していたが、中継していたオモチが復活したのかそれも回復する。


 新たに映し出された光景に俺たちは絶句した。


 頭部を丸々消失したムカデ。

 天井にできた大きな穴。

 さらには甲冑たち蘇り、打撃武器メイスを片手に動き出している。


 甲冑たちは、頭部を失いながらも身体をのたうたせ続けるムカデを、反撃を受けるのも構わず殴りつぶしていく。

 それも徹底的に……。


「いくらなんでもタフすぎだろ!?」


 甲冑への疑問はムカデが完全に動かなくなってから解消された。


 甲冑たちはムカデの身体にナイフを差し込み切り離すと、それまでつけっぱなしだった兜をようやく外しす。

 出てきたのは個性の薄いのっぺりとした顔。

 衝撃的だったのはその後で、彼らは大口を開けるとムカデの肉をそのまま喰らいだしたのだ。

 調理もなにもしないでムカデの手足を食い散らかす様はまるでゾンビ。


 ヤミンズの護衛としては、やけに動きが鈍いと思ったらこの耐久力が売りだったのか。


 想定を上回る展開に、俺たちの会議は幕もなく終わっていた。

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