第21話 ハンドシェイク

「どこまで行くんだ?」


 俺ははぐれぬようキュイの手をしっかり握ると、ソウジの小さな背中を追いかける。


「本当に知らないんだね。

 ここに住んでてアレ・・に興味がない人は普通いないよ」

「アレ?」


「街はあれの話題でいっぱいなのに、それを知らない……ひょっとしてキミ友達少ない?」

「んなことねーよ。

 ただ、異世界コッチに来てからは確かに交流が減ったな」


「ふ~ん、情報は適度に更新しないと痛い目みるよ」

「へいへい」


「どうしてこの小さな植木鉢プランターに多種多様な人種と文化が入り混じっているのか……その答えだよ。

 あたりに活気がなかったのもそのせい」


 つまり余所でなにかイベントが行われてるってことか。

 そこに人が集まってるせいで、他の場所に活気がないと。

 でも、それが文化の多様化にどう繋がる?


「活気がないのには他にも理由があるけどね。

 最近、星界樹スターツリーの様子がおかしくて、みんな不安になってる。

 急激な成長が起こったり、突然お湯の湧き出る場所ができたりとかね」


 それって露天風呂の排水がどっかに影響してるってことか?

 そういう可能性は想定してなかったな。


「それに見慣れないタイプのゴーレム……ゴーレムってのは生物に由来しない形態の魔物のことを指すんだけれど、その変わり種が出現している。

 ずんぐりして愉快な形状のわりに強いらしい。しかも高い知能があって相手の動きを読んだり、奇襲をしかけてきたりもする。

 それで知人も痛い目に遭わされた」


「そいつはタイヘンだー」

 犯人に心当たりがあることは伏せておく。


「熟練の狩人ハンターを退ける魔物に、すっかりみんな怖じ気付いてね。

 情けない話、危険を冒してまで魔物を狩ろうとする気概のある狩人ハンターはごく少数。

 元々、十三番目の星界樹ウルゥ狩人ハンターは少なかったし、追い打ちをかけられた形かな。狩人ハンターが獲物を狩れなければ金を出し渋るし、材料も入らないから売り物がない。

 はい、こうして悪循環のできあがり」


 経済が回ってないってやつか。


「それって、直らないのか?」

「当然直るさ。いつとは明言できないけどね。

 対策も進んでるからそう遠くはならないよ。あっ、この先を右だ」


 トウジの回答に胸をなで下ろしつつ角を曲がると。

 そこは溢れんばかりの人が熱気を放つ広場だった。


 念のため近くに抱き寄せると、キュイも意図を察してしっかりとしがみついてくる。


「これじゃ、なにしてんのかわかんねーな」

 幾重にも重なる人垣で先の様子なんてまるで見通せない。


 するとソウジが「こっちこっち」と手招きする。

 ヤツは重ねられた木箱を階段代わりに屋根へと登っていく。


 俺もキュイの手を引いてソレを真似た。


 人垣の先には植木鉢プランターの終わりが見えた。

 そのさらに向こうに大きな球体。


 それはシャボン玉に包まれたもうひとつの植木鉢プランターだった。


植木鉢プランターは十三個ある』


 以前、ソウジから聞いた話を思い出す。

 そのひとつひとつに名前が付けられていることも。


 星界樹スターツリーを内包した巨大な球体同士が切迫する。


 ぶつかるんじゃないかと思った頃になってようやく停止すると、互いの球体の一部が突起した。

 それが各々の中間あたりでつながると、透明な筒状のもので保護された道となった。


七番目の植木鉢フミキ十三番目の植木鉢ウルゥ接合ハンドシェイクが完了しました。

 これより許可証を持つ者のみ植木鉢プランターの移動が認められます!」


 役人風の男がメガホンを片手に叫ぶと、それを合図に人々の移動がはじまる。


植木鉢プランター間じゃ、こうした移住が行われるんだ。

 主に利用者は特産品を持って巡る行商人だけどね」


 徒歩で大きな荷物を背負ってるヤツや馬車を揃えた商隊までいる。

 その他にも大荷物を協力して運ぶ家族や、狩人ハンターと思しき連中も混ざっていた。


接合ハンドシェイクは互いの植木鉢プランターが近づいた時、だいたい三ヵ月に一度くらいしかできないんだ。

 移動には手数料の他に税金もかかるから、一般の人にはそれほど簡単にはできない。

 当然、罪科のある人間の利用も禁じられてる」


 説明を聞きながらも、俺は眼前の疑問をソウジにぶつける。


「なぁ、こっちから出てくヤツばっかじゃねぇか?」


 明らかに出て行く人間が多く、こちらには商人すらロクに入ってこない。

 その様子は沈没船から逃げ出すネズミを連想させる。


「それだけ十三番目の植木鉢ウルゥに不安に抱いている人が多いんだろ。

 妙な出来事が続いているし、物価もあがっている。他の植木鉢プランターにも情報は回るから、入居者が少ないのはその影響だろ」


「……このままいくと、ここには誰もいなくなるのか?」

 声が震えないよう慎重にたずねたけど、返事は軽いものだった。


「はははっ、ないない。

 移住には多くの資金が必要だし、許可だって簡単にはおりないよ」

「そうか……」


 でもこのままいくと、やっぱ廃れてくんじゃね?


 廃墟になった街にポツンと残る星界樹スターツリーを幻視する。

 だが、不意に背を叩いたソウジが、不吉な未来予想図を粉砕した。


「心配しなくて大丈夫。対策は進んでるって言ったよ?

 あっちを見てごらん」


 ふたつの植木鉢プランターをつなぐ通路に、狩人ハンターとおぼしき一団がいた。

 こちらに向かってくる少数派だ。


「彼女らこそ、この場に集まった人たちの希望だ」


 クセのある金髪をポニーテイルにした女性が一団を率いて歩いている。

 足元まで伸びた深紅のコートに、チューブトップとホットパンツを組み合わせは悪ガキっぽい。

 周囲と比較すると小柄なので露出が色気よりも幼さが強調されている。


「あの子はヤミンズ・バンガ。バンガ家の期待の新人だよ」

「バンガ家?」


「凄腕の狩人ハンターの家柄さ。他にも色々あるけどね」


 ヤミンズ・バンガの姿が近づくと、それに比例して歓声も大きくなっていく。

 ヤミンズも深紅の袖を振りそれに応えている。


 まるで英雄の来訪を街総出で歓迎するみたいな光景だ。


 だが、俺の目は一点に釘付けになっていた。


 それはヤミンズ・バンガ本人じゃない。

 彼女が肩にかけた筒状の金属がついた道具だ。


「おいソウジ、あの肩にかけてるやつって……」

流民ワンダラーなら知ってるんじゃないかい?」


 思わせぶりな返事は想像が正しいと告げている。


「この世界にもあるのか……銃が」


 俺の言葉に小さく「ご名答」と言葉が返る。


 それは銃弾を撃ち出し、遠くの相手を殺傷できる武器。

 見たところマスケットライフルみたいな旧式だけど、凄腕の狩人ハンターが携帯してるってことは、魔物を殺せるくらいの威力はあるんだろう。


「バンガ家の初代は流民ワンダラーだったんだ。

 彼は訳あって武器を作り、狩人ハンターとして活動した。

 結果、多くの財をなし、一族を狩人ハンターの家系として繁栄させた。

 彼の製作した武器は秘伝とされ、一〇〇年以上経過してなお他所よそには出回ってはいない」


「流通はしてないんだな?」


アレが出回れば、魔物退治は楽になるだろうね。

 実際、バンガ家の独占に反発し、情報公開を求める勢力もあるくらいだ。

 個人的な見解を言わせてもらえば、現状維持が好ましいと思うけれどね。

 武器の向けられる先が必ずしも魔物だけとは限らない」


 ソウジの考えに同感だった。


 そもそも、ファンタジー世界に銃器は反則だろ。

 引き金ひとつで簡単に人もそれ以外も傷つけられるんだぞ。


 海外の観光客向け施設で撃ったことあるけど、あの軽い引き金と火薬の振動だけで相手を殺傷できる道具が身近にあるなんて悪夢でしかない。


 見える範囲じゃ銃はヤミンズの担ぐ一丁だけ。

 他の連中はそれらしきものはもっていないが……実際のところはどうなんだ?


 ヤミンズの隣には、背の高い褐色の女性が連れ添っていた。

 ここからでも感じられる美人臭からしてデキる秘書にちがいない。

 ヤミンズともども露出が高めなのは一族の方針なのだろうか?


 ふたりの後ろに分厚そうな金属の甲冑で身を固めた連中が続く。

 数は六つ。


 移動中に甲冑をつけて歩くのに意味はあるのか?


「他にも荷運びに数人連れているようだけど、戦闘員は七人か。

 バンガ家としては少ないね」


「なぁ、あいつらが、ここに来た理由って……」


「誰かから面白いゴーレムの情報を聞いて、やってきたのかも。

 行動力のある一族としても有名だしね。

 あるいライバルのいないここをちょろい狩り場とでも思ったのかな?」


 なんにしても狩人ハンターとして、獲物を狩る以外に理由なんてあるハズもない……か。


「にしても、すげー歓声だな。

 いくらなんでも騒ぎ過ぎじゃねーか?」

「期待の現れだよ。

 彼女の一族は、これまで何度も星界樹スターツリーの制覇を成してるからね。

 僕たちが知っている知識もバンガ一族が解き明かしたものが多い。

 あるいは彼女も星界樹スターツリーの制覇を狙っているのかも。

 一族で達成した人間がいるとはいえ、まだ若い彼女が制覇したという話はないし、相当な自信家だから、ここで一気に名を馳せたい気持ちはあるだろう」


「えっ?」

 不意の言葉に耳を疑い、ソウジの方を見る。


 ヤツは自分の発した言葉に執着せずやってくる金髪の狩人ハンターに目を向けたままだ。


「住人としては、制覇が叶わなくとも、上層を目指す最中に強力な魔物を一掃してしくれれば御の字だからね。

 普通レベルの狩人ハンターも戦いやすくなって流通は元通り」


「なあ、その……星界樹スターツリーの制覇って、最上階までのぼることだよな?」

「他に、どんな意味が?」


 ソウジは逆にたずね返す。


「それって、いいことあるのか?」

「さぁ、それは当事者に聞いてみないと。

 噂によると星界樹スターツリーの頂上には美しい魔女がいるって話だよ」


 いまはここにいるけどな。


「その魔女と会って談話でもするのか、あるいはその首も武勲のひとつとして掲げるのか……余人には知りようがないね。

 ただ、過去を振り返れば、バンガの一族が関わったことで不幸が訪れた植木鉢プランターの話もある。朽ちた星界樹スターツリーの話も……」


星界樹スターツリーが朽ちる?」


――あの巨大な樹木が?


 思わず振り返ってその雄姿を確認する。

 バベルの塔のごとく天空へ延びた幹は、ミサイルの直撃にだって耐えられそうだ。


 だがしかし、もし本当に星界樹スターツリーが朽ちることになったらキュイはどうなるんだ?

 あるいは逆に魔女が狩られたから星界樹スターツリーが朽ちたのか?


 俺は聞いたばかりの話に背筋が寒くなり、キュイとつないだ手に汗をかいていた。

 

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