第16話 初  陣(前半)

 住み慣れてきた家の前でキュイが天に指を掲げる。


 そこで「接続コネクト」と唱えると、淡い光が集いだした。


 光は三匹の蛍のように光り、地面に魔方陣を描いていく。

 光点が多いとその分、書き終わるまでの時間はこれまでよりお格段に短くなっていた。


 あらかじめ指示された通り、俺はたくさんの荷物を抱えてその上に載る。


「開け樹内の門、異層へとつながりて我と僕どもを運べ……『瞬間移動テレポーター』」


 キュイの魔法が完成すると、俺たちは上層から中層へと星界樹スターツリー内を移動した。


 オモチ道を使えば魔法なしでも移動できるけど、それでも荷物を持って上層から中層へ降りるのは時間がかかる。

 なので、今回は彼女の魔法で省略してもらった。


 あたりは俺が最初に落とされた草原に似ていた。

 おなじ場所なのか、階層が近いから似てるのかは不明。


 俺は誰にも見つからないようにと、草原迷彩をプリントした外套を頭からかぶる。

 この階層に他の人間がいないのは先行させたオモチで確認済みだが念には念を入れる。安全性を高めて後悔することはない。


 キュイにおいては草原迷彩のほかにもゴブメンをかぶり、杖を握る手には変装用の手袋をつけている。

 凶暴な魔物のいる星界樹スターツリーに小さな子がうろついてちゃ不自然だし、それが原因で魔女と看破されちゃもっと困る。

 もちろん、見つからないのがベストだ。


 俺たちの目的はこのあたりに現れる狩人ハンターと戦い経験を積むこと。

 いまのところ上層までのぼってこられる狩人ハンターはいないし、狩人ハンターが必ずしも魔女の敵になるとも限らない。


 だが、いざ狩人ハンターがキュイの下までたどり着いた時、身を守る手段がなければ後悔するかもしれない。

 相手と対等以上のな交渉をするためにも、自衛できるだけの力は必要だ。


 今回使用する武器はプチゴーレムだ。

 キュイの慣らしも兼ねてるので、遊びらしさはなるべく残しておきたい。


 ただし、武器は人体を貫ける槍に持ち替えてある。

 殺す気なんてないけど、脅威に思われる程度の武力は準備している。


 一緒に運んできたオモチたちを周囲に放ち、探索をはじめる。

 しばらくすると、キュイが「いた」と呟いた。


 すぐさまオモチを介した立体映像は六人組の狩人ハンターを投影する。


 狩人ハンターたちは頭が二つある異形の大熊を相手に戦っていた。


 人間の一・五倍はあろうサイズの大熊は、かつて遭遇したアライグマとは比較にならないほど恐ろしい。

 映像で観てるだけでもおしっここぼれちゃいそうなくらいだ。


 だが、本当に怖いのはそんな化物を獲物と見なし戦い挑んだ狩人ハンターたちの方だった。


 名前は判らないので狩人ハンターA~Fと仮称しておく。


 Aは大型の戦斧を手にした筋肉の塊のような大男。

 中心になって戦ってることからリーダーっぽい。

 原始人みたいな毛皮の服を着てるけど……それが魔物素材で見た目以上の性能を有しているのか、単なるファッションなのかは不明。


 BとCは所々に金属製のパーツで補強した革製の鎧を着ている。

 Bは長い槍を両手で構え、Cは盾で身を守りつつ反対の手に握った片手剣を振るっている。


 この三人が前衛となり双頭熊ダブルヘッドベアの攻撃を防いでいる。


 Dは地味な色合いの服装をした初老の男で弓を手にしていた。

 周囲を警戒しながらも時々、矢を放っては双頭熊ダブルヘッドベアを牽制している。


 EとFは他に比べるとカラフルな服を着ている女性ふたりだ。

 手にした武器も長い木の杖だけで一見すると狩人ハンターには見えない。

 しかし、手にした杖からは光線や火を矢のように放っている様子からして魔法使いなんだろう。


 攻撃魔法なんてかっこよくてちょっと憧れる。

 問題なのは、見た目派手なわりに双頭熊ダブルヘッドベアに対して効いてないことか。


 歳も人種も格好もそれぞれバラけてるけど、戦う姿はいかにも熟練者といった感じだ。

 凶暴な魔物相手に落ち着いている。


 正直、こいつらを初陣の相手にするのは難易度が高そうだ。

 それに俺はキュイに対複数戦の練習をさせてこなかった。

 人間が安全の為に組織だって行動するのは当たり前の選択なのに……。


「場所は?」

「二十九階層」


「……他の狩人ハンターはいないか?」

 二つ目の質問には首をふられた。


 階層が上なほどオモチの供給率が上がる為、魔物は強力になる。

 強力な魔物は狩人ハンターに狩られ難くなるためさらに強くなる。


 上層には並の狩人ハンターでは敵わぬような強力すぎる魔物が居るため避けられがちだ。

 さらに往復の距離を考慮すれば、好んで中層以上にのぼろうという輩はほとんどいない。


 それはそれで、キュイの安全性があがるので歓迎できるのだが……いまはいなくても、いずれは上層を目指す狩人ハンターが現れる。

 そういう連中から身を守れる手段を、なるべく早いうちから身につけておきたい。


 それでもいまは初級編防衛術の第一歩。

 その練習相手にこの六人組は早すぎる。


 いっそ下層まで出向けば、力量の低い狩人ハンターもいるだろうが、こんどは狩人ハンターの数が増えるため俺たちが発見される易くなる。


 遠隔操作にも限界があるから、なんとか中層で手頃な相手を見つけたいんだけど……。


「上層の魔物を連れてきたらどうじゃ?」


 ゴブメンの意見はもっともだ。

 そうすればこいつらと戦っても十分勝利できるだろう。


 だが、圧倒的な戦力差での勝利はただの弱いものいじめだ。

 戦いの訓練にはなりえない。


 俺が援護に入れたらよかったんだけど、俺は自分の目で直接見られる程度の距離までしかゴーレムを操作できない。

 この問題は今後ともついてまわりそうだな。あとで対策を考えておかないとな。


 そんなことより、いまはヤツらに挑むかどうかだが……


 迷っているとキュイが俺の上着のはしを引いた。

 視線を向けるとキュイは小さくもハッキリと「大丈夫」と言いきる。


――キュイがやる気なのに、俺がビビッてどうする!


 訓練をともにしたプチゴーレムに愛着はあるけど、それでも作り直しはできる。

 負けたとしてもリスクは低い。


 なら、勝算が低くても、ここは経験を求めて挑むところだろ!


 俺も覚悟を決める。

 許可を受け、戦場へ向かう緑のプチゴーレムの背中が頼もしく見えた。


 立体映像ではすでに双頭の熊が倒されていた。

 狩人ハンターたちは死体を近くの川辺まで運ぶと解体をはじめる。


 取り出された内蔵が廃棄され、毛皮が剥がれる。

 手慣れた作業はこれまで狩ってきた獲物の数を感じさせる。


 キュイは移動のために視界を眼前からプチゴーレムの目に移している。

 おかげでそのその様子を見ずに済んだが……。


――こんな連中に本当に勝てるのか?


 俺はいまにもこぼれそうな不安を抑えるので必死だった。

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