第14話 風呂りたい(後半)

「……は?」

 さらに翌日、ゴブメンからの提案を聞いた俺は間抜けな声をあげた。


「温泉を作ると言ったのじゃ」

「ここ樹の中だろ?」

 いくら草木が生えて、川が流れてるからって温泉はさすがに湧かないだろ。


「そうじゃの、鉱水が湧く訳ではないから温泉では語弊があるか。露天風呂じゃ」


「いやいや、それなら失敗作だって一緒だし、そもそも熱いお湯が作れなくて困ってるんだけど……」


「それを解消する手段に目星はついとる。

 まぁ、手間はかかるが、これまでのおヌシの功績を考えれば、褒美を用意するのもやぶさかではない」


 ゴブメンの指示で大きな穴を掘ると、そこに一昨日の失敗作からオモチリサイクルした石板を敷き詰める。


 そこに水を流し込むと、いかにもな感じの露天風呂ができあがる……けど水が冷たいので風呂なんてとうてい呼べない。

 むしろ池。

 地面に埋まった浴槽じゃ湯も炊けないし、これでどうしようってんだ?


 すると、キュイがその脇に立ち、オモチを生み出す時のように天に向けて指を掲げた。


接続コネクト

 呪文とともに指先に小さな光が三つほど灯る。


 光は夏夜の蛍のように地面に舞い降りると、そこから高速で動き出した。


「我が現し身、天までそびえし新緑の城、星命を支えし大いなる柱よ……」


 キュイの透き通った声が響くと、残光が池の周りに大きな図形を描いていく。

 光点が増えた分、図形が描かれる時間が短縮されている。


 光はあっという間に魔方陣を書きあげた。

 だが、キュイの魔法はここで終わらない。


「その理の一節、魔女の名の下に書き換えよ……」


 キュイが指揮棒のように指先を振るうと走光は分散し、八方へと飛び散った。

 草原を駆け抜ける光たちがその線を蜘蛛の巣のように拡大させていく。


「巡る光を我が示す地へ、極を成し渦を巻く道となれ……」


 最後に指を池の中心に向けて力強く言葉を発する。


設定改変リニューアル』。


 魔法が完成するとあたりが一瞬暗くなったものの、それ以上の変化は見受けられなかった。

 だが、しばらくすると池の表面から徐々に湯気がわき出してくる。


「まさか本当に温泉!?」

「水を温めただけただけじゃから、温泉ではないのう」


「いや、これ温泉って言っちゃってもいいだろ!?」


 湯は徐々に温かくなっていく。

 このペースで温められればちゃんとした風呂になりそうだ。


「でもこれだとオモチを使うのと変わんないんじゃね?」

 風呂の度に魔法を使わせてはひと苦労だ。


「心配無用じゃ、やってることはおヌシの温熱器と一緒じゃからの」

「ん?」


「光は量さえ集めれば容易に熱に変換できる。

 レンズで焦光すれば紙を焦がすのと同じ理屈じゃな」


「その光が足んなくて失敗したんだけど……あっ、まさか?」


「察しの良いヤツめ。

 星界樹スターツリー内を照らしている明かり、その一部をここに集中するよう流れを変えていただいたのじゃ。

 まぁ日が落ちたあとまで保温できんじゃろうがな」


「すげぇ……よくそんな手を思いついたな」

 副作用として、下の階層が暗くなっているらしいけど、使ってないので当面は問題なさそうだ。


 それよりも……、

「これで風呂れる!」




 服を脱ぎ散らかし、湯船に飛び込むとジクジクとした熱が全身をかけめぐり、細胞が生き返るみたいだった。

 昨日の疲労もドンドン引いていく。

 しかも手足をゆっくり伸ばしても余裕のあるスペースがまたうれしい。


「あ~、極楽じゃ~のお~」

 発言を老人化させつつ豊富な湯を堪能していると、近くでチャポンと音がした。


 目を向けるとキュイが湯に片足を浸けていた。


「なんだキュイか……っていいのかオイ?」

 熱いのか、キュイは足先をつけた状態でプルプルと硬直している。


 その姿は当然まっぱだか。


 子供の裸に興味はないが『ちょっと不味いのでは?』という意識が働く。


「良いわけあるか、こんな男と混浴なぞ! 彦田、おヌシはもう十分じゃろ。

 とっととあがってキュイ様に湯を譲るのじゃ!」


「いやいや、こんなんじゃカップ麺もできないし」

「貴様そんなこと言って、キュイ様に欲情しとるんじゃないだろうな!?」


「してない、してない」

 ツルツルペタペタに全然興味ないし。


 そりゃ水滴を玉のように弾く肌はまばゆいくらいに綺麗だけど、美術品の鑑賞をしてるみたいでエロさわびさびがまるでない。


 やっぱり俺に少女愛好癖ロリコンの気はないようだ。


「聞いておるのか、彦田よ!」

 人が思い出に浸っている間もゴブメンのクレームは続いていた。


「……ゴブメン、ウルサい」


 キュイは頭からゴブメンを外すと、そのまま湯に沈める。

 それでもゴブメンはゴボゴボいっていたがしばらくすると静かになった。


 確かにウザかったけど、その扱いはちょっぴり酷くありませんか?

 

 

 

「ねぇ、サルキチ?」

「ん?」


「それってなに?」

 湯船を移動し近づいてきたキュイが指さしたのは、俺の足と足の間に生えているもの。

 つまりはチンチンである。


 魔女とはいえ、男女のちがいはやっぱり気になるところか。


――ここはなんて答えればいい?


 巨乳なお姉さん相手なら、おしべとめしべの説明から「レッツプレイ」という流れになるけど、さすがにお子さま相手に実行するほどおかしな頭はしちゃいない。


 しばし考えてからシンプルに答える。


「おしっこするところ」

 それ以外のものも出るけど嘘ではない。


「……おしっこ?」

 キュイは湯で湿った緑髪を傾けながらさらに質問を重ねた。


 あっ、そうか……この子、メシ要らないし、ほとんど妖精みたいなもんだから排泄おしっこもしないのか。


 洗濯物がほとんど汚れない理由が、いまになってわかった。


 キュイはマジマジと見つめたあと、無言でチンチンに手を伸ばしてくる。

 俺はとっさにそれを防いだ。


「キミ、いま、なにをしようと?」


「触わ、らせて」

「ダメです」


 小さな女の子にチンチン触らせたら通報されるがな。

 ここが異世界で、相手が一〇〇歳越えてても絶対に許されない。


 だが、当人はそんな理屈じゃ納得してくれない。


「……なんで」

「風呂場じゃ、静かにするのがマナーだから。

 キュイはマナー守れないかな?」


「……わかった」

 生まれて初めて異性に入浴をのぞかれる恥ずかしさを理解した俺は、腰にタオルを巻く。


 どうせ利用者は俺とキュイだけ。

 マナーがどうとかは関係ない。


 よい子のみんなは浴場ごとのルールに従ってくださいねと。


 風呂の後にコーヒー牛乳を飲むと、ちょうどそこで成長の証が咲き開いた。

 コーヒー牛乳はきっかけだが、風呂づくりも影響してたんだろうな。

 俺のチンチン見たのは関係ない……たぶん。


「あっ」

 牛乳を飲み終えたキュイが、何かを思い出したように声をあげる。


「どうした?」

「ゴブメン、わすれた」


 湯船に戻っていくキュイ。

 そこにあわてた様子はない。


 そういえば途中から静かになってたけど……まぁ心臓が止まる心配はしなくていいだろう。


 ちなみにこの風呂は集める光の量を調整できないので、温度調整は一切できない。

 そのせいで時間帯によってはかなりの高温でいつでも自由に風呂を満喫できるとまではいかなかった。残念。

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