第8話 戦う魔女(前半)

「キュイ様には自衛の為の力をつけてもらわねばならん」

 厳粛な言葉でゴブメンは切り出す。


「でも、魔物操れるんだろ?」


 魔物が操れるんなら、キュイが直接戦う必要はないだろ。

 アライグマでさえあんだけ強いんだから、でっかい魔物で対応すれば軍隊だって蹂躙できそうだ。


「魔物を狩る狩人ハンターに魔物で挑んでどうする」

「あー、確かに上手くはないか」


 それでも無理にキュイを戦わせる必要があるのか?

 疑問はあったけど、己の主張をゆずろうとしないゴブメンの説得は難しそうだ。


 それに、こいつがキュイ相手に強硬姿勢を貫くのは珍しい。

 いつもはお伺いを立てても無理強いまではしないのに。


 対するキュイは不服こそ口にしないものの、顔をうつむかせたままなにも言わない。

 小さな子の反抗みたいではあるけど……らしくない気がする。


――ここは、適当にやってお茶を濁すか


 キュイが要求を拒まない以上、俺はそう結論づけるしかなかった。




――なんでこうなった!?


 甲虫を模した鎧武者にを前に俺はおしっこをちびりそうだった。


 腕や胴回りは細身だが、凶悪な肩当てからは二対四本の腕が生えている。

 さらには各腕に抜き身の日本刀が四本握られている。

 それぞれ色がちがうのは別の効果が付随されてるのだろうか?

 どのみち自分の身長ほどもある刀でなんか斬られたらただじゃすまない。


 全長約三メートル近いこの魔物は『ゴーレム』と呼ばれるオモチからの創造物だ。


 オモチを食べた魔物ではなく、純粋にオモチだけで創造したせいで、魔女と同調しやすく、スムーズに動かせるらしい。

 その反面、自律行動はできないので普段は、木柱や地中に隠してあるらしい。


 今日はこれの運用効率を高めるための訓練をするということだが……こんなんと訓練したらマジ死ぬがな。


「彦田の武器はそれでいいのか?」

「模擬戦って言ったじゃん!」


 不当を訴えるがあっさり無視される。


 俺が手にした武器はオモチで作った金属バット一本のみ。

 これなら扱いやすいし、下手に使ってもそうそう大怪我させる心配はない。

 そんな配慮は、あんなハリウッド映画にでも出てきそうな人型兵器に必要なかったけどな。


 真剣に戦えば、まちがいなく虐殺への一方通行。

 ここは間違いが起きないよう全速で降参するしかない。


 キュイは優しいし、いたぶるような真似はしないと思うけど……なんだか様子がおかしい。

 妙に呼吸が荒く、熱病にでも冒されているみたいだ。


「あの、キュイさん?

 ちゃんと手加減してくれるんですよね?」


 返事はない。

 ただの戦闘狂のようだ……って、ないない。

 キュイに限ってそれはない。


 ちょっと緊張してるだけだよね?

 キミ、時々おかしな行動とったりもするけど、さすがにこの場面でそんなことしたら洒落にならないからね!?


「準備はできたようじゃな」

「できてねぇーよ。どうやってこれで戦えっていうんだよ!

 間違いが起きてから後悔しても遅いんだぞ!」


「では、はじめじゃ」

 俺の言葉は当たり前のように無視され、キュイの操るゴーレムが偽物の大地を蹴った。


 恐ろしい速度で迫り来るゴーレム。

 四刀が振りかざされた瞬間、俺は必死に地面を転がり回避する。


 四回攻撃なんて視界にすら収められない。

 そのうちの一刀が服に突き刺さり、俺の身体を地面に縫い止めた。


 怪我はしてないけど、これでもう動けない。

 開始三秒で勝負はついていた。


 だが、残りの三刀がとどめを刺そうと襲来する。


――キュイってば、ハンドル持つと性格変わるタイプ!?


 とっさに逃げようとするけど無理無理無理無理!

 縫い止められた服が邪魔して動けない。


「ぐえっつぉぉぉぉ~~~!?」

 情けない悲鳴を上げたけど、痛かったのは叫んだ喉だけだった。


 恐る恐る目を開けると、ガムシャラに振られた三刀は互いにぶつかり合い、付随されたなんだかわからない能力が干渉してギュオギュオと異音を立てて弾き飛んでいった。


「……え?」

 俺は自分が助かったことが信じられなかった。


 そりゃ、本気でキュイが俺を殺すなんて思ってなかったけど、これはこれで予想とはちがう展開だ。


――操作をミスった?


 キュイは全力疾走したかのように全身に汗をかき、四肢を地面についていた。

 その姿は自分の敗北をわび、土下座してるようにも見える。


「……ごめん、なさい」

 キュイの緑の瞳からまつげをつたい涙がこぼれ落ちる。


「どうしたんだ?」

「キュイ、戦うの、イヤ……」


 ゴブメンはすでにこのことを知っていたんだろう。

 気づかれぬよう小さく息を吐いている。


 俺はヤツを視線で問いつめるけど、まぶたをおろしただけで返事はなかった。


         ◆


 当然、戦闘訓練は中止になった。


 小屋に戻ったキュイは、手にしたホットミルクに口をつけないまま、ポツリポツリと言葉をこぼしていく。


 俺はその断片を拾い集め事情を導き出していく。

 それは俺が植木鉢プランナーに来るよりもずっと以前の話だった――。



 オモチを介して星界樹スターツリー内を見回っていたキュイは、その日、十歳くらいの少年と見つけたという。

 安全性の高い下層とはいえ、子供が星界樹スターツリー内に入るのは珍しいことだ。


 なんの為なのか、少年はオモチを欲しがっていたらしい。


 キュイにとってオモチがどう使われようとどうでもいいことだ。

 獣が食べて魔物になろうと、人間の手に渡り加工されようと消費されることに代わりないちがいはない。


 すでに何十年と生き、数万のオモチを産み出し消費されていたのだ。

 日常の繰り返しに疑問など抱かない。

 ただ、自分の産み落としたオモチを喜んで貰えるのは、魔女としても鼻が高いことらしい。


 しかしながら、オモチはただの少年に捕まえられるほど鈍足ではない。

 少年は大人の目を盗み、何度も星界樹スターツリーに侵入しては失敗を繰り返していた。


 少年がオモチを狙ったのは、単に魔物を倒せるだけの力がなかったからだろう。

 あるいはオモチから武器を作って狩人デビュー……なんて大志があったのかもしれない。


 どちらにしろ、それは少年ひとりでは成功させるには難しすぎた。


 しかし、ここで運命の女神が気まぐれを起こした。

 オモチの目オモチアイズを通して現場をみていた魔女の好奇心をつつくと、彼女に行動を起こさせたのだ。


 キュイはゴブメンにナイショで少年の下におもむく。

 見た目同世代のキュイが星界樹スターツリーに居たことに疑問を覚えた少年だったが、簡単にオモチを捕まえる彼女に尊敬の眼差しを送った。


 念願のオモチを手に入れたことで少年も満足しただろう。

 そう考えたキュイはそのまま上層に帰ろうとした。

 しかし、少年の心はそこで満たされてなどいなかった。

 むしろ、ここで新たな欲求が生まれたとも言える。


 相手が同世代の子――それも可憐で神秘的な美少女とあれば当然ともいえる。


 キュイの正体を知らぬ少年は「友達になろうと」と無邪気に手をさしだしたのだ。


 少年の言葉に困惑を覚えながらもキュイはそれを了承した。

 そこからわずかながらに楽しい日々が続いた。


 話がここで物語が終わっていれば、キュイはトラウマを抱えることはなかったろう。


 だが、実際にはそうならなかった。

 キュイがオモチを手懐け、少年に与える様子を見ていた狩人がいたのだ。


 狩人は言葉巧みに少年を騙すと、彼を人質にキュイにオモチを要求した。

 キュイは要求を呑みそれに従おうとしたが、狩人の本当の狙いは魔女であるキュイ自身にあった。


 幼い魔女は狩人には与しやすい相手と見てとれたのだろう。

 だが、実際はそこまで貧弱ではなかった……当時のキュイは。


 相手の害意を敏感に察知すると、とっさにオモチを組み替えゴーレムをつくりあげた。

 そして不敬な輩をあっさりと肉塊へと変貌させた。


 少年の安全を確保するのに要した時間はまばたきをする程度のものだった。


 だが、キュイが魔物を作り操る姿は、少年にとって衝撃的だったにちがいない。

 ましてや、自分を人質にしていたとはいえ、同族を躊躇いもなく虐殺したのだ。


 キュイを見る目は変わり、少年はそれっきり星界樹スターツリーに入ることはなくなったとのことだった……。



 俺は以前、『魔女と人はちがうのか?』と質問した。

 あの時、キュイは質問を否定した。


 『キュイは、魔女、だから』と。


 そのこたえには、この件が影響しているのだろう。


 おそらくゴブメンはもともとこの件に気づいていた。

 それでもどうにもできず、あげく俺に押しつけた訳だ。


――面倒くせー。


 でも、このままほっとくって訳にはいかないよな……。

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