第7話 魔女との楽しい生活?(その4 強制)

 キュイは与えられた画用紙をテーブルに置き、クレヨンで絵を描いている。

 キャンバスにはお題の通りゴブメンが描かれてるけど、その描き方はいささか斬新だ。


 クレヨンたちが主の手を汚す必要はないとばかりに自主的に動いたり、描かれた絵が自動的に修正されてたりする。

 この手法で絵を描いて、感受性が育まれるのかは提案者である俺にもわからない。


 そんなファンタジー感あふれるお絵かきをながめながらゴブメンと相談する。


「思ったんだけどさ。この子、学校にいかせたら?」


 星界樹スターツリーの外がどんなかはまだ見てないけど、街があって人間が暮らしてるってのは聞いてる。それなら学校くらいはあるだろう。金が必要だとしてもオモチを使えば都合するのは簡単だ。


「いきなり自分の存在を無意味にする発言が来おったのう……」

「別に学校じゃなくても、経験っつったら、やっぱ同世代との交流は欠かせないだろ」


 草むらで発見したエロ本を一緒に見て、赤と黒のどっちの下着がエロいかで喧嘩したり(全裸が一番ということで仲直りした)、近所に住む巨乳なお姉さんが干したブラジャーの見学に行ったりと、自分と同格の相手だからこそできる体験というのは決して少なくない。


「案外とまともな意見じゃ。だが認められん」

 そんなことだろうと思ったけど、一応理由は聞いておく。


「キュイ様は魔女じゃ」

「見た目はただの女の子だけどな」


 ズバ抜けて端正なので『ただの』とつけるには語弊はあるかも。


「魔女はオモチを産み出し魔物を作る。

 そして、人間は魔物を狩って糧を得ておる。

 それ専門に狩る狩人もおる。オモチで肥えた魔物の肉は美味く、骨や毛皮は道具作りの素材にもなるからのう」


「だったら感謝されるんじゃ?」


「おヌシ、狩人が安全に魔物を狩れるとでも思っとるのか?」


「……つまり、恨まれてるって?」


 魔物相手に下手打って、死傷したやつは確かにいるだろう。

 俺だってあの時Bカップちっぱいを投げてなきゃどうなってたかわからない。


「それだけではない。

 キュイ様がオモチを産み出していると知れば、それを手中に収めようとする輩も現れる。

 それほどの価値がオモチにはあるのじゃ」


 金の卵を産む雌鳥めんどりならぬオモチを産む魔女か。

 それなら拉致監禁の危惧するのも当然か。


 ん? でも、まてよ……、


「じゃあ、どうして俺を雇ったんだ?

 俺だって独占する可能性はあったんじゃ?」


「それは不可能じゃな」

「なんで?」


「そうじゃな、説明するよりも体験したようが早いじゃろ。

 キュイ様、彦田に躾をほどこしてくだされ」


 その言葉にキュイはクレヨンをとめ、珍しい形に眉を歪めた。


「これも彦田に立場をわからせてやる為です」


 そこまで言われると渋々といった感じで同意する。


 そして、キュイが「メッ」と口にした瞬間、俺は床を貫く勢いで額を叩きつけた。


「なっ!?」


 あまりに突然さに、床の方が襲ってきたのかと錯覚した。

 だが、実際は俺の頭が勝手に動いたのだ。


「これは!?」

「サルキチ……」


 キュイは俺の束縛を解くと鏡を持ってくる。


 鏡にはコブができた額と、そこに描かれた紋様が映し出されていた。

 瞬時に契約時キス記憶ことを思い出す。


「あれか!」

「魔女の独占を企むようには見えんかったが、保険はしっかり掛けておるわい」


 逆らわなければ発動しないとはいえ、契約でつながれていると思うと面白くはない。

 だが、ゴブメンが俺を自由にしているのには納得できた。


 コレがあるなら確かに迂闊なことはできない。

 でも、同時に別の疑問が湧いてくる。


「こんなことできんなら、それこそ現地民でいいんじゃ?」

「アホに見えても、たいていの流民は高水準の教育を受けておる。

 流民は上位の世界から下位の世界に落ちてくるのが普通じゃからのう」


「なんか、関係あんの?」

「上位の世界では魔力と縁が薄くなる分、他の分野で文明が発達する。

 魔力に頼らぬ文明は普遍的で誰もがその発達に加勢できる。

 そういう文明は高度になりやすく、必然的に教育水準も高い。

 故におヌシを拾ったのじゃ。


 おそらくじゃが、ここの住民でおまえよりも賢い人間は限られておるぞ。

 あとはもう少し品格があれば良かったのじゃがのう……」


 うっせ。俺だって好きで来たわけじゃねーし。


「あとね、『こいつを契約で縛らないのは危険』って、ゴブメンが……」

「なんでだよ!?」


「むき出しの胸部を手にしたまま放浪しとる自分の姿を想像してみぃ」

「なっ、あれわざと小さく作ったんじゃなくて……って、なんでソレ知ってるんだよ!?」


「オモチは星界樹のアチコチを回っておる。

 それが見聞きしたものは、キュイ様にもしっかり伝わるからの。

 おまえが落ちとった中層までは無理じゃが、近辺の魔物に同調し操ることも可能じゃ」


「まさか……」

 おっぱいにされた感触とか伝わってないよな?


 心配になってキュイを見下ろすけど、彼女はなにかを察したように答えてくれた。


「あの子、ウチの子じゃない、から……」

 どういう意味かよくわからんけど、一応セーフらしい。


 考えてみればうどん作ってる時も特別な反応してなかった……よな?

 ってことはオンオフの切り替えもできるんだろう。うん、そうにちがいない。


         ◆


「魔物ってなんで作ってんだ?」

「質問の要点がわからんのう」


「だっていると危ないじゃん」

「侵入者にとってはのう」

 確かにキュイといるなら危なくはないんだろう。


「ひょっとしてキュイを守ってるとか?」

「それもあるな」


 魔物を狩られるのは良くても、キュイの安全は確保したいのか。

 そりゃオモチ供給機でもある魔女が見つかったら、それこそ拉致監禁されかねない。


 ん……でも待てよ?


「人間が魔物を糧にしてるってのは聞いたけど、わざわざ人間を招き入れるようなことはしなくてもいいんじゃないか?

 オモチを作らなきゃ魔物は生まれないし、魔物がいないなら人間は星界樹に入らない。

 だったらオモチを作らないか、作っても外に出さなきゃここって平和になるんじゃ?」


「その場合、獲物を失った人間が飢えることになるんじゃが……おヌシ、サラッと恐ろしい発言をするのう」

「そうしてないのには理由があるんだろって質問だよ」


「魔物が居らぬようになっても人間は星界樹に侵入してくる。

 植木鉢プランターの土地は痩せており限られておるからな。


 事実、魔物の少ない下層では日差しが弱くとも育つ食物が栽培されておる。

 魔物がいなくなれば人間の手は上層まで届くじゃろう。


 本気で関わりを絶つ気なら、それこそ入り口を塞いでしまえばいいのじゃが……人間は追いつめられるとなにをしでかすかわからんからのう。それにだ……」


「それに?」


「人間たちが活気づくと、土地から得られる栄養も多くなる」


 理屈はわかんないけど、活気も星界樹の栄養の一種ってとこか。


「ところでキュイ様」

 俺への説明は終わりだとゴブメンは主に水を向ける。


「そろそろ戦闘訓練を再開しましょう」


 その提案に、画用紙の上で軽やかに踊っていたクレヨンたちが動きをとめた。

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