第5話 魔女との楽しい生活?(その2 玩具)

「さて、なにを作るか?」

 当面の方針は決まった。


 魔女であるキュイの成長を助け、その対価として元の世界に帰してもらう。

 その為にはジャンジャン美味いものを食わせないとな。


 なにが良い?

 さっきうどんを食べたから、今度はそばか?


 いや、女の子には甘い物だな。

 となるとパフェかケーキかあるいはチョコレートか?

 いやいや、いきなり高級品は与えず、まずは質素に見えてフワフワなホットケーキにバターと蜂蜜たっぷり載せて……。


 そんなことを考えつつ素材へと手を伸ばすが、男の手は不満らしく素早く逃げていく。

 生みの親に頼めばすぐに捕まえてくれるだろうけど、小さな子に頼りっぱなしというのも情けない。

 俺は上着を脱ぐとシャツの袖をまくった。


「待つのじゃ、彦田よ」

「なんだよ」

 人のやる気に水を差すゴブメンに不服の視線を向ける。


「あまり栄養が偏るのは好ましくない。

 食事による成長は一日一回程度にせい」


「栄養が偏る……か」

 なるほど、体験で成長を促すのに、飯ばっかり食わせてちゃ確かにバランスが悪いな。


「あと性格が悪くなるような体験も禁止じゃ」

 まぁ、当然だな。


「んじゃ、他の体験てぇとぉ……」

 しばし考えてからオモチを捕まえ、俺はそれを丹念に揉みはじめる。



 モミモミモミモミ、モミモミモミモミ……………………。



 数分後、俺は作りあげたいくつかの玩具をテーブルに並べた。

 ソレは昔、じいさんの家にいったときに遊んだものだ。


「じゃ~ん」

 竹トンボ、コマにケン玉だ。

 小物なせいか、オモチひとつでいろいろ作れた。


「これはケン玉って言ってな、紐のついたこの玉を、こうやって皿の部分に載せるんだ」


 静かに見ているキュイに説明し、手本を見せようとするけどなかなか上手くいかない。


「あれ、おかしいな、前にやったときはもっとこう、簡単に………と、できた」


 何度か挑戦してようやく上手くいった。大皿に載った球を誇らしげに見せつける。


「どうだね? キュイくん、君にこれができるかな?」

 挑発ぎみな言葉とともにケン玉を渡す。


 キュイはなんでもないようにそれを受け取ると、俺の仕草を真似てケン玉を動かした。

 すると一発で成功させる。

 簡単すぎたのか表情ひとつ動いちゃいない。


「ぐっ、だったら、次はこっちのとがった剣先に刺せるか?」

 続くお題もなんなく成功。


 それならばと、剣先から大皿、中皿、小皿と球を一周させる大技に挑戦させるが……キュイは言われた通りコツコツと木の音を立てながら最後に剣先に刺した。

 そしてなんでもないようにもう一周回して見せる。一度のミスもなく淡々と。


 っていうか……よく見ると玉の動きが不自然だ。


 最初は目を疑ったが、玉の方が頑張って皿に載ろうと動いたり、穴の位置が変わったりしているのが露骨に見えた。


 俺はまさかと思いつつもテーブルに置いておいた竹トンボをろくな説明もせずに手渡す。


「これ、飛ばしてみて」

 キュイはジッとそれを見つめ、ひと言「飛べ」と命じる。

 すると、竹トンボはパタパタと羽を上下に動かして飛びはじめた。


「なんだそれっ! 反則じゃん!?」

「…………?」


 不自然に飛んでいる竹トンボをキュイは当然のように受け入れている。


「まぁ元がオモチじゃからのう」

 そうか素材がオモチだから、形を変えても産みの親である魔女の命令を簡単に聞いちゃうのか。

 この分じゃコマも勝手に動くんだろうな。


 子供を楽しませるなんて簡単だと思ったけど、頼みの綱がこれじゃ苦戦しそうだ。


「ごめん、ヒコタサルキチ。上手く、楽しめ、なくて」

 頭を抱える俺にキュイが謝罪する。


 感情の載らない声と表情だけど、なんとなく申し訳なさそうにしているように見えた。

 単なる俺の思い込みかもだけど、子供に気遣われるのはいたたまれない。


「キュイのせいじゃないって。それと俺のことは猿吉でいいから。

 仲の良い連中はたいていそう呼ぶし」


 幼い頃は動物を含んだ名前に抵抗があったし、馬鹿にされたりもした。

 でも、この名前ともすでに長いつき合いだ。

 名字よりも印象的だから、久しぶりに再会したやつとでも忘れられてることもまずない。


「わかった、サルキチ……キュイは、仲良く、なる」

 了承の返事もやはりズレてる。


 そういえば……契約したときも平静だったな。

 静かで大人びた子だと思ったけど、実のところ感情面の成長は外見以上に遅いのかもな。


 思い返してみれば、食事の時に笑った以外、ほとんど表情筋が動いてない。


 だったら……、

「キュイ、俺と勝負だ」

「なに、する?」


「『にらめっこ』。

 正面から向き合って、相手を笑わせた方の勝ち……って遊びだ」


 そこから俺はいくつか説明を付け足し、勝負をはじめる。


「「に~らめっこしましょ~、笑ったら負けよ~、あっぷっぷっ」」


 ふたりで声を重ね、各々相手を笑わせようとする。

 キュイは自分の整った顔を慣れぬ指使いで歪めるけど変化に乏しい。

 所詮は素人技だ。俺を笑わせるには到底至らない。


 一方、俺はこう見えて変顔のプロフェッショナル。

 小学校時代は給食で牛乳を飲んでいるやつを笑わせ、よく吹き出させたものだ。

 そのあと教室の掃除をさせられたあげく、反省文まで書かされもしたけど……。


 とにかく俺はにらめっこに自信がある。

 子供相手に全力を出すのも大人げないが、百獣の王ライオンはウサギを捕らえるにも全力を尽くす。

 実際に狩りをすんのは雌らしいけど……。


 それはともかく、俺は顔面造形を極限まで崩した秘蔵の変顔で対戦相手を笑わせにかかる。


 爆笑はすぐさま起こった。


 ただし笑っているのはキュイではない。

 頭にかけられたままのゴブメンだ。


 キュイの方は『そうやるのか』と納得し、俺の変顔を真似ようと短い指で頑張っている。

 緑の瞳は真剣で、参考資料を見てるようだった。


 俺はキュイからゴブメンを取りあげると居たたまれない気持ちとともに床に叩きつけた。


「人の顔みて笑ってるんじゃねぇ!」

「理不尽なっ!?」


「おまえ笑わすためにやったんじゃねぇよ!」

「それは仕方ないじゃろ、おヌシのアホ顔がここまで歪んでは笑いなど堪えられるものか!」


「うっせっ、ゴブリン顔のおまえに言われるほどひどかねぇ!」

「なんじゃとぉ!」

 ゴブメンが言い争う中、疎外感を覚えたのかキュイが「サルキチ」と俺の裾を引いた。


 俺は「ああ、すまない」と口にしつつもこの瞬間にチャンスを見い出す。


 相手の隙を狙うのは兵法の基本。

 つまりキュイの意識が勝負から離れたこの瞬間こそが最大のチャンスなのだ。


 俺はここぞとばかりに禁断の変顔を解き放つ。


 この変顔は、かつて悪友である豚田真珠との真剣勝負の際に編み出したものだ。

 当然勝利したのだが、偶然近くに居合わせた当時の想い人――美保りん(同世代よりも第二次性徴の発育が早かった子)にも見られてしまった。


 それ以来、美保りんは俺の顔を見る度に笑いを堪えるようになった。

 彼女の笑顔は素敵だったけど、思春期まっさかりの俺にはいささか苦難が大き過ぎた。


 そのことがきっかけで、この変顔は永久封印すると決めたのだが……早期帰還の為、いまその封印を解く。


――これで笑わぬ人類などいない!

 確固たる確信の下に振り返ったが、笑ったのはなんと俺の方だった。


 呼吸が困難になるほど笑い、床を転げまわる。


「これで、キュイの、勝ち」

 勝者は誇らしげに言うと、顔の前に構えた鏡をどけるのだった。

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