第4話 魔女との楽しい生活?(その1 うどん)
「…………契約、成立」
額に契約を施した少女は身体を起こして離れると、もう不要だとばかりに緑の手袋を外していく。
次いでボロい外套を脱ぐと若草色の簡素なワンピースが現れた。
そうしてできあがったのは十歳前後の女の子。
透き通るような白い肌以外は全身緑のコーディネート。
成長過程の幼い容姿には高級な人形みたいな完成感があった。
女の子は外套にハンガーを通し壁にかけると、頭にかけたお面の位置を調整する。
それから思い出したように両腕の拘束を解いてくれた。
「ご飯、準備、するね?」
「あの、ゴブメン……さん?」
おずおずと問いかける俺に「なんじゃい?」とダミ声が返ってきた。
驚いたことに返事をしたのは頭にかけたお面の方だ。
腹話術じゃなくてしっかりと口が動いてしゃべっている。別人(?)なんだな。
「キュイ」
呼ばれたのが自分だと察すると、女の子は素っ気なく名乗った。
「そう、キュイちゃんは……その魔女なの?」
「そうじゃ、キュイ様はこの
本来なら
その幸運を切にかみしめるがよい」
「化身?」
「星界樹の、意志……みたいな、もの……」
「へー、それって普通の人とちがうの?」
よくわからない俺に彼女は「ちがう」と小さくもきっぱり応えた。
「だって、魔女、だもの」
うん、さっぱりわからん。
だがそんな俺に構わず、キュイはスタスタと部屋の中央まで移動していく。
そして天井に指を掲げると、小さく「
ソレを契機に指先に蛍のような光が灯る。
光は指を離れると静かに舞い降りた。
床に接触すると、今度は高速で動き残光で図形を描いていく。
ソレにあわせてキュイ本人も動きだす。
ワンピースの裾を指でつまんで膝丈までもちあげると軽やかに舞う。
「空の恵み、地の恵み、人の恵みよ……」
透き通った声が響くと、それに呼応するように文字らしきものが補足されていく。
どこかで見たのとおなじ五芒の図形が魔方陣へと変わった。
「葉と根と幹を伝いて集え、現身を得て我が下にいでよ……」
最後に力を込め『
ソレは地面に着地するまでのわずかな時間で膨張し、この世界で言うところのオモチへと変化した。
産み出されたばかりのオモチは底部を波立たせるように動かし、キュイの周囲をチョロチョロしている。
前に見たものよりもひと回り大きくてバレーボールくらいある。
――オモチってこの子が作ってたのか!?
キュイはそのひとつに手を伸ばすと両手で持ち上げ、驚く俺へと差し出す。
「はい」
「『はい』って言われても……」
謎の生物改めオモチを受け取るけど、これをどうしろってんだ?
「……?」
キュイは不思議そうに俺を見つめる。
躊躇してる理由がわからないみたいだ。
「え~、あ~、その……調理はしないの?」
小さな子が自分の為に用意してくれたものを拒むのは気が引けるけど……さすがにコレは
それでも昨日からなにも食ってないから、お腹と背中はマジでくっつきそうだから、段々とかじってみようかという気になってくる。
意外な台詞で俺をとめたのはゴブメンだった。
「自分ですればいいじゃろ」
「いや、自分でって……」
小屋の内部を見渡すけど、調理器具どころか台所らしき場所もない。
俺が寝てたベッド以外はテーブルとイス、そして棚がある程度だ。
この子は普段からオモチをワイルドにまるかじりしているのか?
「オモチは万能なる素材じゃ。
作りたいものさえイメージできれば変幻自在じゃ。容量に制限はあるがな」
「それって、
言われてみれば、前におっぱいを作ったときも、別に道具とか必要なかったな。
あの時は無意識だったけど……。
とりあえずテーブルにオモチを置いて揉んでみる。
何事も試してみなけりゃはじまらない。
すると微かに甘い芳香をたてながらオモチは変化しはじめた。
こねてるうちに色も変わって、だんだんと熱をおびはじめる。
だが具体的ななにかに変わる様子はない。
「完成せんのは、自分の望みが見えておらんからじゃ、いま食べたいものを思い浮かべてみぃ」
「食べたいもの……」
モミモミモミモミ、モミモミモミモミ……………………。
揉んでいるうちに、段々と意識がぼんやりとしてくる。
そして、醤油ベースの出汁の匂いが鼻に届く頃になって意識を取り戻す。
手元には
「こっ、これは!?」
できあがったのは学食でよく食う『うどん』だった。
ちゃんと食器と割り箸も込みだ。
驚いたことにうろ覚えの丼の柄まで再現されている。
細かい動きなんて全然してないのに、薬味のネギまで大量に載っていた。
「これ、食えるのか?」
「確かめてみるがよい」
パキッと割り箸を分け、恐る恐る口に運ぶ。
それは幾度となく口にしたなじみの味だった。
「おお、マジでうどんだ!?」
空腹が後押しして、一気にかき込む。
ツルツルしたうどんに鰹出汁の利いた麺汁が絡む絶妙な味。
ソレが熱とともに胃の奥深くに落ちていく。
「くはぁ、生き返る!」
ためらいの失せた俺は体内にうどんを流し込んでいく。
食べていると、視線を感じた。
キュイだ。
不純物を含まない瞳が俺とうどんを不思議そうに見つめている。
空腹続きで胃が縮んだのか腹はけっこう膨れてる。
まだ味わいたい気持ちはあったけど、無理をする必要はない。
なにより小さい子を前に独り占めってのは気がひけた。
「ちょっと食べてみる?」
「…………」
問いかけに、しばし考えたあとわずかにうなずいてみせる。
箸は使えないだろうと、俺はフーフーと息を吹きかけてから口までうどんを運んでやった。
若干の戸惑いを感じさせたものの、キュイはうどんに口をつけ、それをすする。
すると、驚いたように目を見開いた。
「どうだ?」
「……美味、しい」
石膏のように整えられた顔が緩やかに溶ける。
「そうか、そうか、気に入ったか」
調理方法がどうであれ、自分の作った物を喜んでもらえるのはうれしい限りだ。
残りのうどんも食べさせてやる。
だが、事態はそれだけでは終わらなかった。
突如キュイの頭からニョキニョキと木の芽のようなものが生え出した。
「え?」
それは瞬く間に双葉を開き、茎を伸ばすと蕾をつける。
蕾はみるみるうちに膨らむと、まばゆい光を放ちながら咲き開いた。
しばらくすると光が収まるが、その頃には五枚あった花弁は散り、空に溶けるように消えていた。
「いまのは?」
質問するけど、キュイも自分に起きたことに不思議そうにしている。
気づくとキュイ自身の姿がわずかにだが変わっていた。
緑色のワンピースに飾られた刺繍が量を増し、髪も数センチほど長くなってる。
気のせいか背も伸びたように思えた。
「どうやら成長なされたようじゃな。
これが狙いだったとはいえ、食事だけで成長なされるとはとはのう……」
応えたのはゴブメンだった。
だが、この状況を画策していただろう本人も戸惑っている。
「わかるように言ってくれ」
「彦田よ。おヌシ、キュイ様がいくつに見える?」
「ん~、十歳くらい?」
静かなたたずまいと綺麗な顔立ちは大人びて見えるけど、背丈は低くて肉付きも薄い。
いいとこ小学生三、四年くらいじゃないか?
しゃべり方を考慮すればもっと低くても驚かない。
だが、ゴブメンは俺の想定が大きく外れていると告げた。
「すでに一〇〇歳を超えられておる」
「マジでか!?」
「魔女は星界樹から生み出された自己管理システムの一環。
それが意思を持ち人の形を模しておるのじゃ。
しかし、システムは年月の経過するだけでは成長できん。経験を積まねばならんのじゃ」
「経験ってまさか……」
俺は空になった丼に目を向ける。
「本来、キュイ様に食事は必要ないからのう。
肉体への栄養は
じゃから、これまで食事をなさったことはほとんどなかったのじゃ」
「つまりはうどんを食ったのは初めてだったと?」
コクコクとキュイがうなずく。
「それじゃ俺のする雑事って……」
「食事だけではない、様々な体験をさせてやってくれ。
キュイ様の成長のために」
なんだか娘育成ゲームみたいな話になってきたな。
まぁ、魔王を討伐してこいとか言われるよりもマシか。
「当面の報酬は、星界樹で生活する為の食事と、魔物に襲われぬ為の安全じゃ」
「ちょっと待て、元の世界に戻るって話はどこにいった?」
「ソレは後払いの報酬じゃな。ソレがいつとなるかはおヌシの頑張り次第じゃ」
「……ひょっとして、この子が成長して力をつけないと俺はいつまでたっても帰れない?」
「うむ」
話題の中心人物であるキュイは会話に関心を示してない。
割り箸を手に見様見真似でうどんをすすっている。
「魔女とはいえ、いまのキュイ様ではオモチを生み出す以外多くはできん。
のんびり構えていては帰還は魂魄のみとなるやもしれんぞ」
「それはマズい。俺にゃ揉まなきゃならないもんがあんだ!」
「揉まなきゃ、いけない?」
「いやいや、戻らなきゃいけない理由!」
小首を傾げるキュイに俺はあわてて訂正して誤魔化した。
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