第2話 奪われたおっぱい

――落とし穴!?

 暗闇を落ちる俺はそう錯覚した。


 でも校舎内にそんなもんがある訳がない。

 もっと別のなにか……それがなにかはわからないが、深海にでも引きずり込まれたような息苦しさを味わいながら、ひたすら闇の中を落ち続ける。


 そうしているうちに無数の光が見えてきた。

 段々と光に近づくと、それが大きなシャボンであるのに気づく。

 シャボンの中には盆栽があり、幹の曲がった松の木のようなものが鉢に植えられていた。


 他にも品種のちがうものがあり、それぞれの鉢に個性がある。

 共通なのはすべての光に盆栽が入っているってとこだ。


 さらに驚いたことに、それは近づくほど大きくなっていった。

 そこに生えた樹木は高層ビルよりも巨大。

 当然、それが根付いた鉢もかなりデカい。


 俺は引き寄せられるままに薄く張られたシャボンの膜を突き破る。

 すると、周囲が暗闇から青空に変わった。

 気分はスカイダイビング……ただしパラシュートなんてつけちゃいない。

 呼吸は回復したけど、このまま落ちれば地面に激突して普通に死ねる。


 必死に伸ばした手が運良く細い枝をつかんだ。

 枝の弾性が俺を支えてくれたが、それまでについた勢いはあまりに強かった。

 枝はバキッという音とともに折れ、落下はすぐに再開される。


 それから何度も巨大な葉や別の枝にぶつかっては弾かれ、ピンボールの玉みたいに跳び回った。

 さらに木のウロに入り込んだかと思えば、巨大な滑り台をそうめんのように流さる。


「うおっあぉあぉあぉあぉあぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」


 暗闇の中、下へ下へと流されていく。

 そしてそれが終わると、見知らぬ平原にたどり着いていた。


「……なんだここ?」

 途中で木の中へ入ったハズなのに、何故か周囲は平原である。しかも明るい。


 見上げた先に空はなく、十メートルくらいの高さにぼんやりと光る天井があった。

 天井は大地から伸びた太い木の柱で支えられている。

 おそらくあれが支柱になって天井と部屋を支えているんだろう。


 木の中としては広すぎるけれど、途中で見かけた巨木なら、これくらい広くても不思議じゃない。

 なんで天井が光ってんのかは知んないけど。


 それより……、

「なんで学校にいたのにこんなとこに来てんだ俺!? そもそもここどこ!?」


 事態は常軌を逸してて、到底ひとりじゃ解答にたどり着けない。


 故に同行者にたずねた。


「ひょっとしておまえのせい?」

 こっそり手の内から抜け出した白い生き物は、逃亡の発覚に気づいて大急ぎで走り出す。


「逃がすか!

 おまえのせいで、俺はビッグおっぱいチャンスを逃したんだぞ!

 あのままいってれば、いってればなぁー!!」


 瞬時にソレを捕まえると、八つ当たりのようにこねくりまわす。


 それはマシュマロのように柔らかく、それでいてゴムのように柔軟に延びた。

 生物っぽい温もりはあるけど、変形を邪魔する骨格はなくて自由自在に形が変わる。


 そしてそれはやりはじめた梱包材ぷちぷち潰しのようにとめられない。


「なんだこの高揚感は……まさか俺はいま興奮してる!?」


 モミモミモミモミ、モミモミモミモミ……………………。


 そして気づくと、手の中の物体は色を変え、形を変え、ふっくらつきたての乳房おっぱいへと変貌していた。


「…………えっ?」

 俺は目を点にしてそれを見つめる。


 おっぱいは動かない。

 おっぱいに目はついてない。

 おっぱいは疑問に答えない。


 つまり、これは本物と見分けがつかないほど精巧なおっぱいだ……ただしBカップちいさい


「なっ、何故……?」


 ひょっとして自分でも気づかないうちに、特殊能力を目覚めさせる矢に刺されていたのか?


 いやちがう。

 そんな漫画みたいな出来事が実際に起こる訳ない。


――冷静になるんだ彦田猿吉


 これはおそらくファンタジー小説みたいなことが起こっているにちがいない。

 不思議生物とともに異世界にたどり着いた俺は、神様風のなにかから与えられた素晴らしい力チートでこの世界に変革とか救いとか、正義の味方っぽい活動をするんだ。


 それを手伝ってくれるのは有能な美少女で、最初はツンツンしてても俺が頼りになることを知ると態度を軟化させてくる。

 そして、数々のイベントをこなしていくうちに彼女は自分の本心に気づく。


 そうしているうちにも世界の危機が発生するものの、俺が自分に備わった能力でそれを解決し、ヒロインのハートを鷲掴みにするのだ。


 『おっぱい創造能力クリエイト・ザ・オッパイ』で!


 …………うん、これもないな。

 むしろあったら困る。


 こんなんじゃ、魔王討伐も世界の救済も無理無理無理無理。


「そもそも俺、なんでこんなところでおっぱい作ってんだろうなぁ……」


 なんか考えてたらテンションが落ちてきた。

 せめてまともな巨乳おっぱい作れたらよかったのに。


「そうだスマホ」

 と思ったが、指導室に入る前に電源を切ってカバンに入れたままだ。

 持ち物はポッケの財布とハンカチくらいしかない。


 防具は学生服で他の所持品はおっぱいのみ。

 勝利を約束してくれる聖剣はない。

 本人の代わりにオラオラ戦ってくれる特殊能力もない。

 巨乳で美人なデレデレヒロインも存在しない……。


――なにもない


 俺は突きつけられた事実に呆然と膝を折った。

 帰るにしろ、残るにしろ、俺はいったいここで、なにすりゃいいんだ?


 ガサガサッ


 不意に背後の茂みから音がした。


 そうだ、人。

 人がいるなら、助けてもらえる。とにかく事情を話して協力してもらうんだ。


 音の震源地を目指して移動する。

 だが、茂みから出てきたのは人間じゃなかった。


 タヌキのようなシルエットで顔は白い毛で覆われいるが目の周りは黒。

 全身は茶の毛で覆われてて、ふんわりした尻尾はシマシマ。


 これは……アライグマ?


 ただし大型犬ぐらいデカくて、器用に後ろ足で立っている。

 しかも、生意気な目つきで俺をにらむ。


 とっさに落ちていた枝を拾って「シッシッ」と振るけど、その程度じゃひるまない。

 むしろ、前足を広げて地面に付くと毛を逆立て威嚇してきた。


「うおっ、ちょっとまて、俺が悪かった」

 相手の戦意に思わずビビる。アライグマはそれを好機と見たのか俊敏に飛びかかってきた。


「なっ!?」

 鋭利な爪を回避するものの上着がバッサリ破られていた。


――まさかこいつ、俺のこと食うつもりなのか?


 自らが川で洗われる場面を想像したら嫌な汗がにじんだ。


――こんなのと戦ってられるか!

 手にした枝を投げつけ、俺は背を向けて走り出す。

 だが、アライグマはなおも追ってくる。


――マジか!? マジで俺のこと狙ってんのか!?

 死ぬ気で走ったら少しだけ距離が開いた。

 いや死ぬ気で走ったのに少ししか距離が開いてなかった。


 アライグマにあきらめる様子はない。

 このままいけばいずれ力尽きる。


――だったら!

 俺は一か八かの賭けに出た。


 相手の不意をついて真横に転がる。

 アライグマは急な変化についてこられずその場を通り過ぎた。

 そして、方向転換をしようと、動きを止めた瞬間、俺はその背中に飛びつく。


「所詮は畜生ちくしょう、人間様に逆らったのは間違いだったな」

 茶色の毛皮越しに肉をつかむと、腹の底から叫びあげる。


「おっぱいにぃー! なるりやがぁー、(ゼイゼイ)がぁーるぅれぇぇーーーーーーー!!!!」


 俺に宿った『相手をおっぱいに変える力』でこの下等生物を無力化してやる。

 そして、お返しに揉みまくってやんだ。

 これだけでかければ相当デカいおっぱいができる……ハズ!!


 だが、アライグマはいつまでたっても無毛のおっぱいにならなかった。

 それどころかガチッガチッの筋肉に覆われた肉体はクニャリともしない。


「…………お客さん、凝ってますね?」


「シャーーッ!!」


「のびょーーー!

 やっぱり通じなかったぅわぁーーー!!」


 アライグマの背中から振り落とされる。

 もう一回逃げようとするけど、すでに全力を出し尽くしてて足が言うことを聞かない。


――やばい、マジで洗われる!?


 俺は無我夢中で手に持ってたものを投げつけた。


 それは謎生物から作ったおっぱいだった。

 しかもおっぱいはてんで見当違いの方向に飛んでいく。


 すると、アライグマはフライングディスクをキャッチするようにおっぱいに飛びついた。

 そして、捕まえたばかりの獲物を洗いもせず食らいはじめる。


――はっ、いまのうちに


 アライグマの行動にあっけに取られた俺だったが、正気を取り戻すと刺激しないよう遠ざかり、そこから逃げ出した。

 

 

 

「腹減った……」

 草っぱらに疲労した身体を横たわらせる。伸びた草はベッドみたいに身体を支えてくれたけどそれだけだ。

 目減りした腹は横になっても膨れない。


「お家帰りたい」

 気分は迷子の子供。実際自分でなんもできないんだから似たようなもんだ。財布に金があっても、使える場所がないんじゃ意味がない。


 そうしてる間にも、光を灯していた天井は徐々に夕日の赤に変わり、やがてあたりを闇が覆う。

 どうやら、木の中でも昼夜の区別はあるらしい。

 いま問題なのはそんなことじゃないけど。


「ひもじい……」

 腹の音があたりに響く虫の声に混じる。


 いっそ虫でも捕まえて食うか?

 いや、それは最後の手段で……でももう余裕ないしな……。


 そんなことで迷っていると、いつのまにか虫の音だけがとまっていた。

 耳を澄ますとなにかが草を踏み分けてくる音が聞こえる。


――人間?

 でも人間が明かりもなしに歩くか?


 たぶんそれはない。

 仮にそうだとしたら、他人に見つかりたくない後ろめたさのあるヤツだ。


 それでも俺は動かなかった。

 疲労困憊の上に空腹じゃ逃げようもない。


 せめて見つからないように祈るけど、それも「ぎゃるるるる~~~」と叫ぶ裏切り者によって阻害された。


 音に気づいたソイツはまっすぐ俺のところまでやってくると、顔をのぞき込んだ。


 不気味な濃緑の顔が眼前に現れる。


 大きなワシ鼻で、目は濁った赤。

 顔のところどころにイボがあってぶっちゃけ醜い。

 手にはおとぎ話の魔法使いが持つような先端が膨らんだ木の杖。

 身体は子供みたいに小柄で、ボロい外套を頭からかぶっていた。


 それはゲームに出てくる小鬼ゴブリンの精霊使いによく似ている。

 ゲームなら間違いなく敵キャラ。

 そして俺はアライグマにも勝てないくらい貧弱で、動くのもままならない。


――来世じゃイケメンに生まれておっぱいもみ放題の人生がいいな

 俺はそう願いながらまぶたを閉じた。

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