第1話 揉んだらえらいことになった
「失っ礼~しま~す」
俺――
室内に足を踏み入れると観葉植物の匂いが鼻についた。
普通、こういう場では匂いが強いものは置かない。
それでも置かれているのは部屋の主である
先生の優先順位では生徒への配慮が当然のように後回しになる。
「おう、来たか猿吉」
長い黒髪にタイトなスーツ姿の美女が、ポットに湯を注ぎながら出迎えてくれる。
座って待つよう指示された俺は、それに従いつつもグルリと部屋の様子を見渡す。
室内には観葉植物以外にもいろいろな物が置かれていた。
棚やテーブルは職員室のものより数段高そうで、彼女の権力を誇示してるようにも見える。
実際、水花先生はまだ若いにも関わらずベテラン陣も恐れをなすほどの発言力を持っている。
まぁそこは、単純に『校長の弱みを握ってるから』なんて噂もあるけど。
それにしても……いつみても立派な
生徒たちの間では戦闘力Gと、まことしやかに噂されている
大きさと形もさることながら、ブラウスから透ける下着の
健全な男子高校生にこんな
ならこのまま手を伸ばしても正当防衛が成立する。間違いない。
「おまえ呼び出されたんだぞ、少しは緊張して見せろ」
俺の行動を妨げるよう、先生は細い眉を歪めて咎めた。
いかんいかん、俺は校内でなにをしようとしてんだ。
いくら密室で目撃者がいなくてもそんなことをしていい訳ないだろ。
揉むならしっかり事故を装わないと。
「用件はわかっているな?」
「進路のこと……ですよね?」
平静を取り繕い、出されたカップに口をつけると今度は俺の眉が歪がむのが自覚できた。
――嫌がらせか?
口に運んだお茶は、控えめに評価してもスッゲー不味い。
でもそんなことに構わず先生は話を進める。
「実際の試験まで時間があるとはいえ、もう二年の六月だ。
あとで変更しても構わんから志望校くらい決めておけ。でないと
「具体的なことはあんまり……」
ここで適当な大学を答えておけば、すぐに解放されるだろう。
でも駄目だ。
それじゃ美人教師(巨乳)との二人っきりという千載一遇のチャンスを棒に振ることになる。
先生にはちゃんと給料分働いてもらわないと。
「文系か理系かは?」
「それもちょっと……」
なんとか飲み干したカップをテーブルに戻し、思考を限界まで加速させる。
――まずは手の届く範囲に入らないと
いま俺と先生の間には高級感ある大きなテーブルがある。
上半身を載せれば届く距離ではあるけど、直接手を伸ばせばギリで犯罪。
俺と先生の間柄でも告訴は免れないだろう。
それに反射神経のいい先生相手じゃ十中八九避けられる。
――だとすればどうする?
話を聞きながらも必死で作戦を練る。
「成績は悪くないんだよな~馬鹿の癖に。
知識だけ身につけて馬鹿なままって、教育の真価が問われるから勘弁しろ」
閻魔帳にため息をつきながら酷いことを言う。
確かに去年の文化祭で革新的な提案(ドキッ巨乳だらけのビキニ喫茶)をしてクラスの女子から白い目で見られ「ちょっぴり馬鹿なことをしたかも」って反省したこともある。
だが、それがなんだ。
微笑ましい青春の思い出じゃないか。
後悔なんかしちゃいない。
むしろ今年こそ実現させるために、いまから票固めに奔走してるくらいだ。
問題なのは先日まで同士だった豚田真珠がメイド派に鞍替えしたせいで意見が割れたことだ。
なにが『メイドの所作におけるチラリズムの神髄』だ、裏切りやがって。
メイド服の魅力に関しては俺も認めるけど、より生に近いビキニの方が素晴らしいに決まってんだろ。
さらにはクラス内の乳不足を理由に、担任である水花先生にも参加を願って……。
「いてっ、なにすんすか!?」
妄想に浸っていた頭が閻魔帳ではたかれた。
「自分の進路だぞ、もっとまじめに考えろ。
ったく、おまえ、将来やりたいこととかないのか?」
う~ん、やりたいことねぇ……。
「そうだ先生、俺と一緒に宗教を立ちあげましょう。
名前は『おっぱい教』。教義は『恵まれない男子高校生に胸を揉ませる』です」
提案を却下する平手が、害虫をつぶす勢いで飛んできた。
恐ろしい程の風圧が顔を凪ぐけど、かろうじて避けられた。
強風時のスカート観察で鍛えた俺の動体視力は並じゃない。
だが先生の教育的指導はそれで終わらなかった。
なんとカップを載せたテーブルを星一徹のごとくひっくり返した。
さすがの俺も巨大な面攻撃からは逃げ切れない。
「真面目に答えたのに!」
「真面目に答えてソレなのか……」
テーブルの下からの抗議に先生は取り合おうともしない。
ったく、生徒の真剣な願いを。これだから大人ってやつは…………。
「おまえ、まじめに考える気がないなら、留年してじっくり考えるか?
そうすれば私も担任を離れられるしな」
先生は重量級のテーブルをいとも簡単に戻すとカップに傷がついてないか確認する。
生徒への配慮はない。
「いや~、留年はさすがにかっこ悪いッスね」
「だいたい、どうしてそこまでして胸にこだわる。こんなのただの脂肪だぞ?」
「先生、思春期の男子がおっぱいに興味を持つのは当然なことだと思います!」
「おまえくらい変質的なのは不自然だがな」
「それだけ真剣なんです!
どうして先生は俺の気持ちを受け入れてくれないんですか!?
教師と生徒だからですか?」
「単にキモいからだ」
うちの担任はなかなかに冷酷である。でも俺は諦めない。
「お願いします。揉ませてください。
このままじゃ……俺の腕が……クッ暴走を抑えきれん」
右腕を押さえ込みながら呟いてみせる。
「鳥肉でも揉んでろ。案外面白いかもしれんぞ。
終わったら唐揚げにでもして食え」
くっ、予想以上の塩対応だ。
ソシャゲのサポセン(自給八五〇円)だってもっと親身に対応してくれるぞ。
「だいたい女の裸くらい、その気になればネットにいくらでも転がってるだろ」
「教育者としてその発言はどうなんッスか?
第一、画像や写真なんかじゃ満足できないんです。
リアルな
妥協なんてできません!」
「ホント、馬鹿な方に情熱的だよな。
ソレをまっとうな方向に向けられれば私の苦労も減るんだが……」
「だったらこういうのはどうです?」
「なんだ?」
「先生のヒモにしてください。
俺、(おっぱい揉ませてくれる)美人には誠心誠意尽くしますよ」
これ以上ないほど真剣な顔で提案する。
誠意より交渉に役立つものはないってどっかで誰かが言ってた。
「…………ふむ」
意外にも提案は検討された。
実はそれほど期待してたわけじゃなかったんだけど……水花先生って実は俺のこと気に入ってる?
さっきの机も実は
あんなもんに潰されて無傷だったのは自分でもビックリだ。
「確かにおまえを下僕にしてしまえば管理が楽になるか。
馬鹿だが素頭は悪くないし意外と器用だ。顔の善し悪しとおっぱい好きに目をつぶれば意外と悪くないかもしれん」
その評価は自分でもちょっと信じられなかった。
けど好きな相手からの好評は素直に嬉しい。
「よし彦田猿吉、今後おまえのことは私が養ってやろう。
これで進学する必要も就職する必要もない。
ついでに学校に来る必要もなくなったな。
むしろ来るな。
残りの人生、ただ私のご機嫌とりだけに尽くせ」
その発言は
――ひょっとして早まった?
これまでのやりとりを振り返るに、先生のご機嫌取りに対する苦労は並大抵のものじゃない。
普通に巨乳ハーレムを作ったほうが楽かもしれない。
だが考えてみよう。
彼女を超える美人で巨乳な女神と遭遇できる可能性はあるか?
さらにそこから懇意になれるかどうかを懸念すれば、宝くじを当てる方が現実味がある。
ならば目の前の
「わかりました」
俺はキッパリとこたえる。
「少々きびしいかもしれんが試練は受けてもらうぞ、まぁたぶんそれなりに死にはしない。
その時は犬の餌にでもして、残った骨はペット用の火葬場で灰になるまで焼いてやる。安心して成仏しろ」
それって証拠隠滅って言うんじゃ?
「合格すれば、胸を揉ませてやろう」
「任せてください!」
理性よりも口が答えを弾き出した。
「さぁ先生、俺はいったいなにをすればいいんですか!?」
「そうだな、まずは……」
スピーカーから響く『キンコンカンコーン』という鐘の音が会話を遮る。
『水花先生、水花先生、連絡が入っております。至急職員室までお戻りください』
「ん、電話か、ちょっとまってろ」
「ここまできてお預けッスか!?」
「『待て』もできない駄犬を飼う気はないが?」
すでに犬あつかいかよ。
だが、美味しい餌をチラつかされたこの状況で逆らえる訳がない。
――下克上は肉体関係が成立してからだ
そう決意し、第二生徒指導室から出て行く先生を見送った。
………………………………………………………………………………………暇だ。
水花先生が戻るまで大人しくしているつもりだったけど、ふと気づいたことがある。
観葉植物で飾られた部屋に、なにか生き物の気配……というか音がするのだ。
でも見渡したかぎりそれらしきものはいない。
やりたい放題の先生ならペットくらい連れ込んでも不思議じゃないけど、わざわざ隠すほど謙虚でもないだろう。
――ひょっとして不審者が隠れてる?
そんな訳ない……とは言い切れないな、うん。
先生の熱狂的な信者が、こっそりと忍び込んでいる可能性だってなきにしもあらずだ。
――だから調べよう。俺の知的好奇……いや、先生の為に!
別に先生の私物をこっそり物色しようだなんてやましい考えは一切もたず、着替えの入ってそうなクローゼットへと近づく。
ちょうど気配がするのもこのあたりだ。
耳を当てて内部を探ると、確かに何かの音が聞こえる。
多分人間じゃない。人間だったら、誰かが近づけば息を潜めるハズだ。
ドキドキしながらも両開きのクローゼットを開ける。
するとそこには白くて丸い生き物が俺を見ていた。
他にも壊れた鳥かごがあるが、そこから逃げ出したのだろうか?
大きさはハンドボールくらいで卵みたいな体型をしている。
手足はなく底辺が波打ってそれで左右に動いていた。
楕円な目がふたつついてるけど鼻と口はない。
レトロゲームに出てきたモンスターっぽくもある。
「なんだこれ?」
噛まれる心配はなさそうだと手を伸ばすけど、生意気にもそれは俺の手を避けた。
それどころか、頭を踏み台に外への逃亡を図る。
「俺を踏み台にしただと!?」
などと口にしたが逃がすつもりはない。
とっさに身体を反転させ強引に白い身体をつかむ。
すると手にモチッとした感触と生物特有の生温かさが伝わってきた。
でも、それに集中する余裕はなかった。
無理な体勢で手を伸ばしたせいでバランスが崩れる。
毛の深い絨毯の上に倒れこんだが、どういう訳かそれが突如として怪しげな輝きを放ちはじめた。
それもファンタジーゲームで見るような六芒星が描かれた魔方陣みたいな形に。
魔方陣は普通の男子高校生である俺を音もなく呑み込みはじめる。
「えっ、ウソ、なんだこれ!?」
抜けだそうと手足を動かすけど効果はない。
底なし沼にでも捕まったかのように身体が沈んでいく。
そして俺は、正体不明の謎生物を抱えたまま、見知らぬ場所へと落ちていくのだった……。
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