1章‐1 とある少女の夢の話

1章‐1とある少女の夢の話


えりなは夢を見た。真新しい白いワンピースを着ながら、5畳にも満たない部屋にある錆び付いて塗装が剥げた鉄製のフレームのベッドに座っていた。しかし、えりなの瞳の奥は死んだ魚の様に輝かず、ただただ、その部屋の一角だけを見つめていた。えりなが座ってる足元には、丸められて黄ばんだティッシュが散らばっていた。

少女の部屋の引き戸を乱暴に開く母親が立っていた。


「(ザザー) 恵理奈っ(ザー)!いつまで(ザー)そんなとこに(ザザー) 居るの!?お母さん、これから仕(ザー)事なんだから!皿洗っ(ザザー)たり、昨日、アイツが来た時に汚した(ザー)部屋片付けな!(ザーザー)」


引き戸を開かれた先からは、恵理奈が毎日聞いている声と共にチューニングが合わないラジオのノイズが混ざった声がし、視線をその声のほうに向けた。

しかし、 恵理奈の母親の顔は口元から上は黒いクレヨンでぐちゃぐちゃに塗りつぶされてる様で見えない。

彼女の服装はグレーのトレーナーに豹柄のスエットパンツを履いていた。

彼女は歯を食い縛りながら無言で乱暴に足音立て、恵理奈に近づくと恵理奈の右腕を鷲掴みし、無理矢理ベッドから引き離して立たせた。

しかし、恵理奈はそんな事には動じず、一点だけを見つめていた。


「ちょっと(ザザー)アンタ。私の言う事が聞こえてないの!?ほんっと!うっとうしい(ザー)子だねーアンタは!」


彼女 は恵理奈の頬を平手で叩き、その衝撃で恵理奈はベッドに力無くなる倒れこんだ。

そして、倒れ込んだ恵理奈をまた起き上がらせ平手打ちをした。恵理奈の耳元ではノイズ混じりの"母親"の声が聞こえたが気にもしなかった。

続けて、平手打ちをしようと手のひらを天井に上げた時。

突然、玄関のインターホンが鳴り、玄関の引き戸のガラス越しには上半身裸の横幅が広い男性と思える影が透けていた。


「今日も、え、恵理(ザザー)奈ちゃ、、(ザー)ん。ぼ、僕のプリンセスは居ますかぁー?」


顔を黒く塗りつぶされた彼女は恵理奈の頬を叩くのを辞め、一旦、倒れてる恵理奈を眺めたあと、ため息をつきながら玄関に向かった。

玄関先からは二人の声が聞こえた。


「アキヒト、もう(ザー)来たの?!毎日くるなんてよっぽどあの(ザザー)子がお気に入(ザー)りなんだね?あんなゴミ(ザー)みたいな子…。」

「え、恵理奈(ザー)ちゃんの母上!あの(ザザー)コがい、いいんでし!ぼ、僕だ(ザザー)けの、、。」

「はいはい、分かった(ザザー)から早くして頂戴!恵理奈ぁー"おきゃくさん"来たわよー!

アキヒト、あんた、ちゃんと金はあるんだろうね(ザー)!写真一枚五千円、3(ザザー)0分間触るの一万!」

「お、お金はだ、大丈夫でし、了解でしゅ!え、恵理(ザー)奈ちゃーん!遊びに来たよー」


ギシギシと家の床を鳴らしながら、母親と話していた"アキヒト"は恵理奈の部屋に近づく。床からの足音が止まり、部屋の引き戸を彼は引いた。

彼は上半身裸で、肥満体型であり。首からは一眼レフカメラを下げていた。

恵理奈の母親と違って目元より下は黒く雑に塗りつぶされていた。

彼の顔は一重のまぶたで、口元が解らなくても目元が笑ってるのがわかった。

彼は、ニタニタしながらベッドに座ったままの恵理奈を舐めるように見ながら。


「は(ザー)ぁ、はぁ、恵(ザーザー)理奈ちゃん、か、か、可(ザザー)愛いよ(ザー)…。」

「……。」


恵理奈の表情はマネキンの様に無表情で彼の声には無反応だった。そんな恵理奈の表情を伺うように、その当時の女子に人気だったアニメの変身セットを彼は広げながら恵理奈に見せた。


「ぼ、ぼ、僕(ザー)、姫が(ザー)笑ってほ、ほしいから、ブリキュ(ザー)アーの服、か、か買ってき(ザザー)たから、ひ、姫に着てほしいな…」


二人の光景を見て、母親は油まみれのキッチンのシンクの前に立ち、呆れたよう煙草を吸った。

アキヒトは、恵理奈の母親に振り向きながら訴えかけた。


「い、イズミさ (ザザー)ぁーん…恵理(ザー)奈ちゃん、笑ってくれないしぃ。無(ザザー)理矢理着さ(ザー)せてやるしー。」


"イズミ"はどうぞと答えるように顎でアキヒトを指示した。

彼はイズミの合図をニタニタした目で受け入れると、恵理奈の片腕をつかみ、無理矢理、恵理奈の白く真新しいワンピースを脱がした。彼の黒く塗りつぶされた顎からねっとりとしたヨダレが滴り、恵理奈の太ももに垂れ落ちた。


(もう…いや。かみさま、誰か助けて……。おねがい。)


恵理奈は、心の中で叫んだが金縛りにあったかの様に身体は固まり、口元は動かない。


「はぁ、はぁ、え、恵(ザザー)理奈ちゃん、ぼ、僕、お、(ザー)俺がいつ来ても、き、き、綺(ザザー)麗な身体してんちょお…」


少女のワンピースの下は母、アキヒトと同様、黒いクレヨンでぐちゃぐちゃに塗りつぶされ、少女のシルエットはわずかに残ってるだけだった。

それを見た彼は荒くなった息づかいで渇いた金属が擦れる音を立て、履いてたズボンを脱ぐと白いブリーフだけになった。彼は首に下げていた一眼レフのカメラを少女に向かって構えると、ヨダレを垂らしながらシャッターを切った。


「………。」


恵理奈は無表情のままで、彼を見つめた。


「え、恵理(ザザー)奈ちゃん、なん(ザー)でーなんでー!なん(ザザー)で笑ってくれないんだよー!!」


彼は、笑わない少女に対して口調が変わった。

瞬く間、少女はアキヒトに押し倒され、その視線は母親の煙草で汚された天井に変わった。

次の瞬間、少女の頬に衝撃が走る。

彼は恵理奈の上に馬乗りになり、少女の頬を何度も平手打ちをした。


「お(ザザー)い!てめぇ!なん(ザザー)で笑わないんだよー!、お前の為(ザー)に服まで買ってやった(ザザー)のによー!」


アキヒトの瞳の奥には、殴られてる少女自身が反射している。


(や…。や…め)


その時、少女の口元がわずかに動いのだが、殴るのに夢中のアキヒト、イズミは気づかないで二人の様子をニタニタ笑っていた。


「え…えりなちゃー…。つ…いたよ…。」


玄関先に、聞き覚えのある、落ち着いた口調の女性の声が聞こえてくる。その声に続けて、少年の声が聞こえた。


「…かぁ…さん、…りなちゃん…お…きな…いよ?」


(え、えりなはここだよー!おばちゃん、た、助けて…)


アキヒトにたたかられ続けられている少女。一筋の光が射したのか少女の瞳は潤いはじめ、少しずつ脱け殻だった自分自身を取り戻した。


「おばちゃん!ゆうたちゃん!たすけてー!」


そして、少女は玄関の先を見て叫んだ。その時、玄関の引き戸がわずかに開く。その戸の隙間から真っ白な光が射した。すると徐々にアキヒトとイズミが薄くなっていく。


「え、えりな…ちゃ…ん。お…きて。お家に…ついたよ!」


少女の声が届いたのか、美留の声がしたその時、引き戸の扉が全開に開き、恵理奈は心地よい洗濯したての匂いと光に包まれた。


「えりなちゃん!起きたかー!うなされてたんだよ?」


恵理奈は美留の背中で目を覚ました。

彼女は横目で恵理奈と目線を合わせるとニコリと微笑んだ。


「おーい!やっと起きたかぁ!年下ぁー!」


少女は声のするほうへ目線を下げると、少しムスっとした顔で、両手で買い物袋を重そうに持ってる裕太が、少女を下から眺めていた。

美留は息子の顔に向かって微笑んだ後、目の前の建物に向かって。


「"我が家"へようこそ!えりなちゃん。大丈夫?自分で立てるかな?」


恵理奈はコクリと頷き、彼女は少女が降りれるようにかがむと、恵理奈は下を見ながら彼女の背中を滑るように地面に着地した。

少女が顔を見上げると、少女の目の前には無垢の様な真っ白な壁、鮮やかな赤をまとった瓦の屋根。そして、ガラス張りの二枚の窓は店の看板を挟み、淡くオレンジ色に落ち着いた照明が看板を照らしていた。

少女は呆然と立ち尽くし、その様子を見ていた裕太は、えへんと言わんばかりに店の看板を見ながら、


「えりなちゃん。僕のお母さんのお店、喫茶店KEy(キー)へいらっしゃい!!」


少女は看板に書かれた漢字と英語は読めなかったが、"喫茶店"の外観に見とれていた。

彼女の店の照明の下に、三人は照らされていた。

恵理奈はそっとまぶたを閉じ、冬の匂いを確かめたあと、天を見上げた。

少女が"初めて"見る冬の夜空は、闇を照らす満天の星空であった。



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