それは、大きな絆と一緒だと感じた
佐藤 文
1章 無くしたキオク
1章 無くしたキオク
2001年12月
とある公園の砂場に少女は居た。
少女の手元には、その当時の子供達に流行ったであろう、玩具の人形が2体あった。しかし、少女が左手で握っている人形には手足が片方しかなく、右手でにぎるもう一体の人形は右脚だけが取れていた。
「ジョン?今夜のご飯は何がいいのかしら?」
「メアリー!今夜は君が作ったオムライスが食べたいな…。」
少女は独り、公園の砂場でいびつに壊れてる2体の人形を使ってままごとをしていた。
その少女は黒髪のロングヘアーで顔が隠れ、細い腕にはどこかで怪我をしたのか、痣だらけであった。
少女の服装は冬なのにも関わらず、薄いワンピースを一枚着ているだけだった。そのワンピースは元は白色だったのか、黄ばみや泥、糸のほつれ、ワンピースの生地の色はとても普通の少女が着るとは思えない色になっていた。
そんな自分のファッションには気にしていないのか、それとも諦めているのか、誰も居ない公園にたった独りで少女だけの世界に夢中だった。
「お母さん?ひとりで砂場で遊んでる女の子がいるー!」
しかし、独りだけの時間を邪魔をするように自分しか居ないと思っていた公園の砂場の付近で自分に話しかける声とこちらに近づく足音が聞こえた。
少女は2つのいびつな人形をきゅっと握りしめ、しゃがんだ姿勢で自分に話しかけてきた声の主を探す。右、左に首をふり、長い前髪のせいで視界が悪くよく見えなかったが、髪と髪の間から声の主を見つけた。
目の前には少女と同い年なのか同世代ほどで男の子用の防寒用の青色のジャンバーを羽織ったショートヘア少年と、その隣には彼の母親と思われる、肩までの長さの茶色く髪を染めた女性が立っていた。その女性はベージュのコートを羽織っており、右手の裾からちらり見える手元にはどこかのスーパーで買ったであろうレジ袋を下げていた。
「おい!なんでお前ひとりで砂場で遊んでるの?」
同い年くらいの少年が少女に向かって腕を伸ばし指差し、したり笑みを浮かべながら少女を見つめて言った。その瞬間に、
「こら!裕太!女の子におい!は無いでしょ!?あと、「お前」じゃないの。人に向かって指さすんじゃないの!」
裕太の母親が頭をポンと叩き叱った。
母親に叱られ、裕太のほうは唇を尖らし目線を下ろした。
そして、彼女はスーパーの袋をゆっくり地面に優しく置き、両手を膝に着き、少女と同じ目線でしゃがみこむと。
「ごめんね…ウチの子がお嬢ちゃんに嫌な事言っちゃって。お嬢ちゃん、お空が暗くなってるけど、ママはお迎えくるのかな?」
彼女は少女に頭を下げ、謝罪したあと、少女の答えを聞く様に微笑みながら前髪の隙間からわずかに見える瞳を見つめた。
彼女の質問に答えるように少女の唇がわずかにうごいたあと、虫の羽音の様なか細い声で
「え、えりなは…えりなのママは…。明日のお昼くらいにしかお家に帰ってこないの」
「うん、うん…。そっかぁ。"えりな"ちゃんていうのね?」
まだ幼いのか自分の事を"えりな"と呼ぶ少女は、コクリと相づちを打った。少女の名前を会話から確認した彼女は会話を続け、
「お名前ありがとう!お迎えこれないっていうことはえりなちゃんのママはお仕事かな。」
"えりな"と母親だけの会話に飽きたのか裕太は鼻をほじり、母親が置いたスーパーの袋を呆然と見つめ、二人の会話には上の空であった。
えりなは首を横に振り、握っている人形に目線を下ろし、少し怯えた震えた声で答えた。
そして、裕太はえりなの声の様子の変わり様が気になり、スーパーの袋から目線をずらし、えりなに注目した。
「うん…お昼からお仕事。で、でも。えりなのおうちに帰りたくないの。えりな、ママの"おきゃくさん"がおうちにきて、おきゃくさんに会いたくないなから走って公園にきて、おままごとしてたの。」
裕太の母親はえりなの震えた声と、前髪で顔が隠れてたとしても、えりなのたどたどしい会話に何故か悪い違和感を感じた。
「うん!わかった!えりなちゃんのお家にお客さん来たんだね?お客さんはどんな人なのかな。」
母親は軽く頷き、えりなに"おきゃくさん"の詳細を尋ねると…。
「でも、えりな、おきゃくさんだいきらい…。ニヤニヤしながらカメラでえりなをとったり、あ…あと、えりなが良い子にしてないと、えりなをたたくの。おきゃくさんはおうちを出る前に、いつもお金をママに渡してるの。」
えりなはその光景を思い出したのか、頭を下げ、人形を強く握りしめた。
えりなと母親の会話をうやむやにできず、会話の続きが気になった裕太はえりなから視線を外し、母親に視線を送った。
少女自身、言いたくなかったかもしれない事。そして、この少女が「誰か」に伝えななきゃいけない事実を1人の母親の経験から察し、幼い少女からその言葉を聞いた彼女は、
「ごめんね…えりなちゃん辛かったでしよ…。でも、一生懸命おばさんに教えてくれてありがとうね…。でも、遅い時間だからおばさん達、一緒にえりなちゃんの事送ってあげるね?」
彼女が左腕に巻いてた女性物のベージュ色のベルトの腕時計を眺めたあと腕時計の時刻盤に右手の人差し指を添えて、えりなに見せた。時間は17:00を差していた。
彼女の腕時計を見て、えりなはきょとんとし、首を左に傾けた。
「お母さん…早く帰って"モンスターポケット"見たい!」
「こら!女の子1人でこんな寒い所に置いていけないでしよ!?」
と、この状況に少し飽き始めていた裕太をしかめっ面で叱ったあと。
裕太は母親の"寒い所"と聞いて、震えてるえりなを思ったのか、おもむろに恥ずかしそうに顔を赤くし、ぶっきらぼうに羽織っていた男の子用の青色のジャンバーを脱ぎ、少女の背中に掛けた。少女の幼くて小さな背中には余るほどの少年のジャンバーは少女のシルエットを隠していた。
「ほら、えりなちゃん。僕のあげるよ。これなら寒くないっしょ!」
えりなはきょとんと首を左に傾け前髪で隠れていた瞳を少年に向けた。
「おおっ!裕太カッコいいじゃん!?さすが私の息子!もうふたりとも良い子だよ!」
そして、彼女は裕太とえりなの頭を優しく笑顔で撫でた。
息子は恥ずかしいのか、顔を赤くし頭を下げた。えりなは何が起こっているのか理解できず、呆然とした顔で少年の母親を見つめた。
ークスッ。
ジャンバーをえりなに貸した息子を見かねて笑いながらおもむろに彼女が羽織っていたカーキ色のコートを脱ぎながら、息子の背中に羽織らせた。
「裕太ぁ、カッコいいけど、あんたも風邪引いちゃって学校休んだら困るから。ほら、お母さんの着なさい。」
そう彼女は言うと、白いニットのセーターになりニコリと息子に微笑んだ。
「お母さん、恥ずかしいじゃん…」
裕太は照れながら頬をふくらませた。
「よし!ふたりとも準備は万端!!さぁ!えりなちゃんのお家に行くぞー!」
彼女は地面に置いていた買い物袋を右手で持ちながら頭上に掲げた。彼女は笑みを浮かべ、チラリと幼い息子とえりなを見下ろし、また息子と少女と同じ目線で身体を屈んだ。
そして、彼女の左手をえりなの前に差し伸べた。その問いかけに少しは首を振ったが、彼女の優しさに答えたのか、少女の細く、小さな手は、自身の"母親"ではない少年の母親の温かい手を握るのだった。
「さぁ!おばさんと、この子が居るから安心しなさい!」
彼女はこの場の雰囲気を明るく変える為、笑顔で声を張り上げ、そして、えりなの前髪で隠れた瞳を澄んだ眼差しで見つめた。
それに答えるかの様にえりなはコクリと頷いた。えりなはイビツな2体の人形を手に取るの忘れ。
彼女はえりなと手を繋ぎ、少年は母親とえりなの後ろを歩きながら付いていき、三人しか居なかった公園を後にした。
置き忘れられた人形は寂しげに少女の背中を見つめるのだった。
薄暗い住宅地の窓の明かり。そして、その道の一本づつ等間隔に離れた街灯が蛍の様に光る中、少年とその母親はえりなに手を牽かれながら今日逢ったばかりの見ず知らずの少女の自宅へと進んでいた。
街灯の下には大小の三つの影が映っていた。
えりなの手を彼女は繋ぎ、少年は二人の後ろを付いて歩いていた。
少女と手を繋ぎながら彼女は少女に尋ねた。
「えりなちゃんて、お歳はいくつなのかな?」
えりなは彼女の顔をふと見つめた後、小さな手のひらを見ながら左手の指を折り、歳を数えた。指で数えきれなかったのか握っていた指の薬指と中指を伸ばした。そうして彼女に見えるように、"手のひら"を見せた。
「えりな7さい」
彼女はえりなの手のひらを見て、クスっと笑い微笑み返し、後を付いていた息子を眺め答えた。
「えりなちゃん7歳ね!それじゃあ…裕太がおにいちゃんかな!まぁ、明日がこの子の誕生日だから裕太は8歳になるんだよ。」
その二人の会話に割り込む様に裕太が邪魔をした。
「お母さん、今日、寝たら明日から僕はえりなちゃんの歳上だよー!それより、えりなちゃんのお家まだぁ?お腹すいてきたぁ…」
「そうねー、えりなちゃんのお家ってこの辺かな?」
彼女は辺りの住宅地の周囲を見回した。
それに答えるかの様に、えりなはコクリと首を一回縦に振ると裕太の母親と繋いでた手を離し、1人でパタパタと駆け出した。えりなの突然の行動に驚いた彼女は目を円くし、えりなを追いかけた。続いて裕太は競争だと思ったのか母親とえりなに負けないように駆けだした。
「はぁ、はぁ…えりなちゃん!ちょっと待ってー!!ゆっくり行こう!おばさん駆けっこは得意じゃないのー!」
「はぁ、はぁ、お母さん、もうおばさんだもんね!」
「はぁ、はぁ、裕太!まだお母さん31歳だぞ!」
裕太は急に走り出したえりなに追いていけてない母親を笑いながら茶化し、彼女は裕太とえりなを息を切らしながら追いかけた。
ふと、えりなと裕太を追いかけながら彼女は思った。彼女のいつもの日常の風景、その景色に見覚えがあった。
母親の疑問の答えを出す様に裕太が息を切らしながら話した。
「はぁ、はぁ、お母さん、ここらへんウチの"KEy(キー)"の近くだね!?えりなちゃんちもこのへんかな?」
「はぁ、はぁ、そうね!お家の近くだわ…でもこのへんって。」
急に走り出したえりなはいきなり、ゆっくりとスピードを落とし、ある所で立ち止まった。
そして、電気の明かりも付いていない一軒の平屋建ての家の前で止まった。
裕太と母親はえりなに追い付いて彼女は両手を膝に着いて息を整えてた。先に追い付いて目的地に着いていた裕太は故意に母親の真似をした。
息が整った彼女はえりなが立ち止まった先を横目で見て、ふいに一瞬時間が止まったかの様にそのままの姿で固まった。
彼女に見た光景は普通では考えられないものであった。
庭の草は何年も手入れを施してないのか大人の膝丈くらいはあり、元は綺麗だったであろう外観から見える窓のカーテンは破れ裂けていた。
まるで、廃墟化している一軒家を見て彼女は血の気が引くのを感じた。
「え、えりなちゃんのお家ってこのお家かな…?」
彼女は力が入らないのか拍子抜けしたのか、いままで聞いた事の無い母親の声を聞いて裕太は、母親から少女の"家"に目線をづらし顔を強ばらし驚愕した。
「うん。このおうちがえりなのおうち…。おきゃくさんは帰ったみたい。」
「えりなちゃん家って、お、おばけ屋敷!?で、でもえりなちゃんは脚、あるもんな…」
裕太は腰を抜かしたのか地べたにぺたんと尻を付いた。
それを見たえりなは首を横にゆっくり振った。えりなは裕太の母親に駆け寄り彼女の左腕のセーターの袖をきゅっと握ると帰りたくないのか頭を下げながら首を横に振り、裕太の母親に訴えた。えりなの気持ちが通じたのか彼女は、えりなと同じ目線に向き合い。
「えりなちゃん、わかったよ…。えりなちゃんのお母さんへ書き置きしていくから、今夜はおばさんのお家でごはん食べてって!一緒に食べるごはんは美味しいぞー!」
「お母さん、おばけとごはん食べたくない…」
裕太が言ったとたん、ポンと裕太の頭上に母親の平手が降ってきた。
「裕太、人が困ってるときは助けなきゃいけないの!まして、裕太はえりなちゃんより歳上でしょ!?えりなちゃんの気持ちになって考えてみなさい。」
彼女は息子の両肩を優しくにぎり、裕太と同じ目線にしゃがみながら叱った。
「お、おばちゃん、ご、めんなさい。ごめんなさい。良い子にするから裕太君をおこらないで。」
えりなは二人の光景を見てこの幼い少女が過ごしている毎日の"日常"を思い出したのか裕太を庇った。
それを見て彼女はえりなの頭を優しく撫でた
。
「えりなちゃん、ごめんね。えりなちゃんって優しい良い子なんだね。ほら!裕太は謝りなさい。」
えりなはブンブンとロングヘアーが乱れるほど頭をさげ横に振った。
「えりなちゃん、ごめんなさい。握手…」
裕太が握手を求めるとえりなはそれに答えるかの様に幼い二人で握手を交わした。二人の間近で起こった光景を見て彼女はよしよしと満面の顔で二人を見守った。
そして彼女は何かを思い出したかの様に息子に羽織らせたコートのポケットをまさぐるとメモ帳とボールペンを取り出し、何やら書き物をした。その光景を呆然と見つめる息子と少女。
「これでよし!これならえりなちゃんのお母さんがいつ帰っても良いように伝言できるよ。」
「お母さん?何書いてたの?」
裕太は母親の顔を眺めて尋ねた。裕太の言葉と同時にえりなはうんうんと頭を縦に振り、彼女を見つめ直した。それを見た彼女は息子と少女に先ほど書いた一枚の紙を見せた。
「これを玄関の見える所に貼るの。」
息子と少女に説明したあと彼女は二人から離れ、庭に生えた草を掻き分け玄関の引き戸のガラスに書き置きのメモを引き戸の隙間に張った。
そして、作業が終わり二人の元に戻ってくると笑顔を見せながら言った。
「よし!ふたりとも!我が家へいくぞー!」
と薄暗くなった夜空を切り裂く様に声を高らかに あげた。母親に続けて裕太も「おー!」と拳を空に掲げて、それを見たえりなは裕太や彼女に悟られない様に、クスリと笑った。
彼女は、えりなからわずかに見える口元を見てほっと安堵し、そして三人はえりなの自宅に背を向けゆっくり歩みを進めた。玄関のガラスの引き戸の書き置きは冬の冷たい風にささやかに揺れていた。
(突然の書き置き申し訳ありません。喫茶店KEy(キー)のオーナーの高崎美留(みる)と申し上げます。えりなさんのお母様へ伝言で今夜ご息女を私の自宅へ泊めますので、翌日の11時にお連れ致します。TEL◯◯‐◯◯◯)
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