【KAC20202】祭りを喰う獏
五三六P・二四三・渡
第1話
魂と引き換えに、祭りを食べてくれる獏がいる。
それに会う方法はいろいろと噂されているが、どうも信憑性に欠ける。
曰く終電間近に学校前の駅から西駅へ向かう列車の先頭車両に乗り、三駅進んだら進行方向とは逆に進み、最後尾の車両で眠り、目が覚めたらそこが無人駅なのでそこで会える。
僕はそれを試してみたけど、うまくいかなかった。
「君は何で祭りを食べてほしいんだい?」
ちょうど祭りの最中、石段に座っていると、お姉さんが話しかけてきた。名前の前に職業を聴いたら「高等遊民だよ」と答えた。
「なにかこう、うまく言えないけど」僕は言葉を探る。「とにかくこの村の祭りが嫌なんだ。それに加え、僕は今年女の子の格好をさせられる。だから嫌だ」
発した言葉は自分の考えの一割も表現できた気がしなかった。
言葉とは不便で信用が出来ない。
「なるほど。つまり君はその祭りに自分が出ない努力をせずに、祭り自体がなくなることを望むんだね。祭りがなくならなかったら君が悲しむだけだけど、祭りがなくなったら、皆が悲しむというのに」
いまさらそんな説教は聞くもんか。
そんなことは百も承知だ。
「やれやれ、決意は固いようだね。じゃあ協力してあげるよ」
僕はお姉さんに強く手を引かれ、電車に乗る。
ふと幼い少年たちを家に連れ込んでいる女性がいるといううわさを聞いたのを思い出した。
だけども、僕は彼女なんかには負けない。喧嘩はクラスの仲でも強いほうだったからだ。
いざというときは逃げればいい。
車窓を通して星空を切り取ったような、黒い山の連なりが通り過ぎていく。
鈍角に近いそれらは、空を支えるには頼りないものの、しっかりとこの地に根付いていた。
三駅ほど進んで噂の通り、車両を移っていく。
不思議とほかの乗客はいなかった。
そして最後尾の席へと座り、目をつむる。隣の彼女の首が肩に当たり、少し鼓動が速くなった。
夢うつつの隙間から見える車窓の景色は様々だった。
真っ赤な夕日の下、閉鎖感を感じる田園の真ん中で指をさしている老婆を見た。曇天の下、人けのない公園で大の字に寝ころんでいる少年を見た。顔のない人々が行きかうホームで、泣きながら弁当を食している少女を見た。
それが寝ているときに見たのか、起きているときに見たのかは区別がつかない。
やがて列車の外が騒がしくなる。
鈴を打ち鳴らし、提灯が飛び交う。
祭りばやしが風に運ばれている。
雅に彩られた神輿の無数の群れが、地平線まで地面を埋め尽くし、合戦のようにかち合っていた。
巨人を模った蛍光色の人形が街を闊歩し、人々が膝をつき、あがめていた。。
「ごらん。これが獏に喰われた祭り達だよ」
いつの間にか起きていた隣のお姉さんが言った。
「あなたは一体……」
僕は彼女の横顔を見る。その顔はどこか見覚えがあった気がした。
「楽しそうだと思わないかいお兄ちゃん」
頭の裏の電撃が走った気がした。
そうだ。僕は祭りが嫌になって脱げだして、獏に祈ったんだった。
結局のところ、祭りと一緒に獏の胃袋の中に入るので、永久に祭りの中をさまようことになるという詐欺だった。
「思い出したようだね。ところでその日は熱で祭りに行けなかった妹のことも覚えているかい」
「僕を連れ戻しに来たの?」
「いや、一緒に祭りを楽しもうと思っただけだよ。だからお兄ちゃんと同じことをした」
ふと彼女の左手の薬指を見ると、指輪の跡が見えた。
彼女は立ち上がり僕の手を取った。僕はごめんなさいとだけ呟く。
彼女はそれには返事をせずに、進んでいく。
駅に降りるとそこは祭りの真っただ中だった。
【KAC20202】祭りを喰う獏 五三六P・二四三・渡 @doubutugawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます