15話『冷酷な男』たちは練習する

 次の日、俺たちは昼休みにグラウンドで福森くんのサッカーの練習を手伝っていた。


「パスはインサイドで蹴るんだよ。軸足をここにおいて…」


「こうですか?」


「そう、いい感じ、今はこの練習をしよう」


 俺が熱心に練習を教えていると、横で体育座りをしている笹森さんと彰文が喋っていた。


「てっきり、西村くんが教えるんだと思ってたよ」


「俺が教えてもよかったんだけどな。友明はサッカーが好きだから、血が騒いだんだろうな」


「財前先輩のそういうギャップもかっこいいです」


 実は俺は大のサッカー好きなんだ。これでも中学の時はサッカー部に所属していたんだ。やめた理由? 聞く意味あるかそれ?

 ……チームメイトがびびってパス出さなくなったんだよ。


「でも暇だねー、私たちは特にやることないし」


「そうですねー」


「じゃあみんなでやればいいだろ」


 彰文は立ち上がってボールを持ち、俺たちの方に蹴ってきた。俺はそのボールを右足に当て、真下に落ちるようにトラップした。


「急に何するんだよ」


「いいじゃねぇかよ、ナイストラップ」


「財前くん本当に上手なんだね!」


「かっこいいです!」


 笹森さんと朝倉さんは手をパチパチと叩き、尊敬の眼差しでこちらを見ていた。女の子にほめられるのって案外悪くないな。


「笹森と春風ちゃんが暇してるから、ボール蹴らせてやれ。福森にもいい練習になるだろ」


 確かに、連動している中でボールを動かすのは大事なことだ。それに、俺たちは人を笑顔にする部なんだから、俺たち自身が笑顔でいなくちゃいけないもんな。


「じゃあ、2人ともやる?」


「えっ、いいの! やるやる!」


 笹森さんはぴょんぴょんと跳ねながら嬉しさを体で表現していた。


「私もやっていいんですか?」


「いいよ、一緒にやろ」


「はい!」


「彰文もやるよね?」


「やるよ」


 5人で円になり、笹森さん→俺→朝倉さん→彰文→福森くんという順番でボールを回し続けていた。

 笹森さんが蹴ったボールが、グラウンド周辺の防護ネットにガシャンと音が鳴り当たっていた。取りに行くのはもちろん俺だ。


「ごめんねー!」


「気にしないで」


 ボールを拾い上げると、校舎を背にしていない笹森さんと福森くんが「あっ」という声を上げる。視線はボールが当たった棒がネットの後ろに注がれていた。後ろを振り向くと、青みがかったショートヘアーの女性が優しそうな二重の目でこちらを見ていた。


「あ、有元先輩…」


 福森くんはか細い声でそう呟く。あの人が噂の有元沙羅先輩、今まで出会った女の子とは違い背が高く、細いが引き締まっている体に似合わない大きな胸。それに、1歳しか違わないのに大人の雰囲気というか、色気がでている。福森くんが好きな理由もわかる気がするな。


「沙羅先輩、どうしたんですかー?」


「夏帆ちゃん、ちょっとその人に用事があってね」

 

 有元先輩は、スポーツをやってるとは思えないくらいの細腕を上げて、こちらに向かって指を指している。

 福森くんが自分をさすが首は横に振られる。その手前にいるのは俺だから、もしかして俺なのか? そう思い、自分を指すと首を縦に振った。

 すると、朝倉さんがこちらに駆け寄り、耳元に口を近づけた。


「財前先輩、あの人のこと知らないって言ってましたよね?」


「いや、知らないよ」


「じゃあなんで呼ばれてるんですか」


 朝倉さんは怒りの色を表していた。

 なんでだろうか、浮気がバレた人ってこんな感じなんだろうなって思ってしまった。


「お、俺行くから」


「先輩!」


 俺はその場を逃げ出した。息切れしながら、有元先輩の下に着くと申し訳なさそうな顔をしていた。


「ごめんね、彼女さんがいるの知らなかったから」


「彼女じゃないですよ。ただの後輩です」


「それならよかった」と小声でもらしホッとした表情に変わっていた。


「財前くんだよね?」


「俺のこと知ってるんですか?」


「あれだけ『冷酷な男』って噂が立ってて知らない方がおかしくない?」


「それはそうですけど」


 有元先輩は拳の空洞部分を口元にあて、ふふふと笑っていた。年上というだけあって、笑顔にもすこし色気が漂っている。


「それで、なんで俺を呼んだんですか?」


「そうだった。ただ、なにしてるのかなって思ったんだ」


「俺たちが部活をしているのは知ってますか?」


「あれだよね。人を笑顔にする部でしょ? 美男美女ばっかりだから噂になってるよ」


「そうなんですね」


「あと『冷酷な男』の財前くんもいるから、怖くて行けないってみんな言ってたよ」


「いじらないでくださいよ」


「ごめんね、面白くなっちゃって」


 有元さんは舌をペロッとだしていた。

 なんか、大人の色気もあるけど子どもっぽさもある人だな。

 

「それで、なんでサッカーしてたの?」


「そこの福森くんっていう子が球技大会でMVP獲りたいらしくて」


「ということは誰かに告白するんだ。ねぇ、誰に告白するか教えてよ」


 有元先輩は顔を近づけ、俺の顔を覗き込んでくる。

 近いし、なんかいい匂いするし…ってダメだ、変なこと考えるのは。


「だ、ダメです。個人情報ですから」


「ちぇ、つまんないの」


「ごめんなさい」


「でも、誰かのために頑張る人って私は好きだな」


 有元先輩はグラウンドを見つめた後、俺のほうに視線を向けた。

 これはもしかして…福森くんに気があるんじゃないか。MVPとって告白したら行けるかも! ここで福森くんのためにフォローしないと!


「俺も誰かのために頑張る人って素敵だと思います」


「やっぱりそう思う? 私たち、似てるね」


 さっきまでの笑顔と違い、子どものような無邪気な顔で笑っていた。


「そうですね」


「じゃあ長くなりすぎると、財前くんが彼女さんに怒られるから帰るね」


 だから、彼女じゃないんですけど…。その言葉を言う前に「それじゃあ」と言って帰ってしまった。


 さぁ有元先輩も帰ったし、練習を続けるか。


「先輩? 随分と親しそうに喋ってましたけど?」


 朝倉さん、なんでそんな怒ってるの? 顔が修羅みたいになってるよ?


「お、落ち着いて…!」


「笹森先輩もどう思いますか? 知らないとか言ってあんな親しそうでしたけど!」


 笹森さんはそんなことで怒ったりは…。


「知らない人とあんな顔を近づけないよね」


 めっちゃ怒ってた。後ろからゴゴゴゴって音聞こえるもん。そのまま2人に説教をされ、昼休みは過ぎていった。


「あの、俺の練習は…」


「「そんなの後!」」


「ご、ごめんなさい…」


 福森くんごめんよ…。


 

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