12話『冷酷な男』も勉強が苦手

「なんでこんなに人来ないんだろうね」


「もう5月だというのにね」


 いつも通り俺を含めた4人は椅子に座り、扉が開くのを待っていた。

 5月に入ったが、朝倉さん以外には誰もこの部に来なかった。いや、来たのは来たんだけど、俺のせいだよ。以下省略だよ。


「そういえばお前ら、5日後にテスト期間始まるけど、できそうか?」


 彰文が突拍子もなく、俺たちにそう問いかける。この学校のテストは年に5回、5月、7月、9月、11月、1月に行われる。そういや、もうそんな時期か。


「私は大丈夫よ」


 御門は無表情でそう答える。毎回、成績上位だもんな。みんなからは天才とか秀才とか言われるらしいけど、本当は影で努力してるからな。


「俺はまあ、なんとかなると思う」


 俺は勉強がそこまで得意じゃない、成績は…まあいいじゃないか。そんなこと気にしなくて。


「彰文は?」


「俺か? 俺は大丈夫だな」


 こいつは普通に頭がいい。毎回、20位以内には入っているほどだ。テストの点数がやばそうな時はいつも教えてもらっている。


「……」


 この話になってから、笹森さんがずっと俯き黙っている。どうしたんだろう、と脳裏をかすめたが、この話題で黙ってるってことはつまりそういう事だよな。


 ガタッと音がし、笹森さんは席を立った。そのまま歩き出し、扉を閉め教室を出てしまった。すぐにガラガラと扉が開くと、笹森さんが立っていた。扉を閉め、ひどく神妙な面持ちで口を開いた。


「『人を笑顔にする部』の皆さん、私のテスト勉強を手伝ってください!」


 笹森さんのお願いを聞き入れ、やっと2回目の部活動だけど…これって部活動って言うのかな?



「これはひどいわね…」


「あぁ、だいぶな…」


 次の日、笹森さんの依頼を受け、御門が数学のテストを作ってきてくれた。


「それにしても、10点はねぇわ」


「うぅ…」


 笹森さんは唸り声をあげながら椅子に体育座りをし、丸まっている。彰文の言い方に刺があるけどこの点数はなかなか酷いと俺も思う。

 この学校では30点を下回ると赤点となり補修がある。それに加え、1教科でも赤点があれば部活動も出来なくなってしまう。


「でも、数学以外はできるの! できないのは数学だけなの!」


「数学の何がダメなんだ?」


「数字が羅列してるところ」


 いや、それって数学を全否定してるよね。数字が羅列しなかったらそれ数学じゃないよね?


「どうするよ、御門さん」


「まだ6日間あるわ。コツコツ教えていけば大丈夫だと思う」


 御門がそういうなら大丈夫なんだろう。天才肌ではなく、努力をして上位の成績を維持しているんだから。

 そんなことを思っていると、急に彰文は「そういえば」と何かを思い出したように話し始める。


「友明、お前もテスト大丈夫なのか?」


「だ、大丈夫だけど?」


「もしかして、友くんも勉強が苦手なの?」


「こいつ人には隠してるけど、全部のテストで赤点ギリギリの40点付近だからな」


「財前くん…仲間だね!」


 笹森さんがにっこり笑う。なんか恥ずかしい…別にここで言う必要はなかっただろ。


「友くん…」


 笹森さんの勉強を教えていた御門が、項垂れた声で俺を呼びかける。

 これは嫌われたよ。だって、努力して俺に話しかけたって言ってくれてる子だよ。そんな子が、勉強できない俺なんかを嫌わないわけないだろ…。



「友くん! 私が教えてあげるから、一緒に勉強しよ! 

 …ご、ごほんっ」


 御門はキラキラした瞳で俺の両手を握ってきた。最後の咳払いは、2人の時以外は砕けた喋り方をしないからそれでごまかしたのだろう。

 予想外の反応に驚きを隠せなかった。


「俺のこと嫌わないの…?」


「どうして?」


「だって、勉強できないし…」


「友くんが頑張り屋なのは知っているわ。やっているけどできないのでしょ?」


 励まされているのはわかるが、貶されているような気がするの気のせいだろうか…。


「それに、友くんに勉強を教えればいい雰囲気になって…勉強なら教えられるけれど…ど、どうかしら」


 手を握ったまま顔がどんどん近づいてくる。

 ち、近い…! それにしても女の人特有のいい匂いが…。ってそうじゃない! 勉強を教えて欲しいのは山々だが、今は俺のことより笹森さんが優先だ。


「お、俺は大丈夫だから笹森さんを教えてあげて」


 御門は「そう…」と肩を落とし、椅子に座ると再び笹森さんに勉強を教えていた。


「友明、本当にそれでいいのか?」


「本当は教えてもらいたいところだけど、笹森さんの方が優先だよ」


「それなら俺にいい考えがあるぞ」


 彰文がニヤニヤしながら教壇の上に立ち、手を大きく開いた。


「勉強会を開いたらいいじゃないか」


「今、まさにその勉強会をしてるだろ?」


 彰文は人差し指を振りながら、ちっちっちと舌打ちをする。


「確かに、今まさに勉強会をしている。しかーし、明日からは学校が休みに入る。学校が休みの日はどうするんだ?」


「休みの日には自習室が開いてるんじゃなかったっけ?」


「開いてるぞ。でも、喋ってはいけない暗黙のルールがあるだろ?」


 言われてみればそうか。喋れないってことは、教えることが難しくなってくる。


「みんなは日曜日の予定は空いてるか?」


 笹森さんと御門はノートとにらめっこしながら顔だけを縦に振る。


「俺も空いてるけど」


「わかった。じゃあ俺はある提案をします」


 人差し指を立て、誇った顔をしている。

 提案っていうより、多分場所の指定とかするんだろう。でも、喋れないとなると図書館はいけないし、どこなんだろう。


「御門さん、笹森、お前たちは友明の家に行ってみたいとは思わないか?」


 人差し指を立て、ニヤニヤしながら言う。呼ばれた2人は体がピクッとなり、勢いよくこちらを振り向いた。


 まさかとは思うけど、お前…!


「俺の提案は…そう、友明の家で勉強会なんでどうだ!!」


「ちょっと待て…俺の家には妹がだな…」


「「行きましょう!!」」


 なんでこうなる…。

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