10話『冷酷な男』は成長をみる

「今日は本当にありがとうございました」


 図書委員の仕事が終わり、帰る直前に朝倉さんは一礼をし、俺たちに感謝の意を伝えてくれた。


「気にしないで! 初めての部活動で楽しかったし!」


「そうそう、春ちゃんも助けられたみたいだし、よかったよかった」


 彰文よ、いつのまに朝倉さんを春ちゃんって呼ぶようになったんだ。これがモテる男とモテない男の差なのか。


「そうね、楽しかったわ」


「俺も楽しかったよ。でも、この仕事は4人では大変そうだね」


「友くんの言う通りだわ。この作業を4人では大変ね。もうちょっと増やせるように、掛け合ってみようかしら」


「流石は生徒会長だね。本当に頼りになるよ」


 御門は急に耳の付け根まで赤くなっていた。

 俺と喋るとよく赤くなるよなー。


「た、頼りに…わ、私も、友くんを頼りにしてるわ…」


「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」


「う、うん…」


 御門は人差し指を回しながらそう答える。顔は赤いまんまだけど本当に綺麗な顔してる、横顔も綺麗だし。


「そこイチャイチャしない」


「どこをどう見たらイチャイチャしてるんだよ」


「どこをどう見てもだ。なぁ、笹森?」


「今のはイチャイチャしてたね」


 笹森さん、そんな食い気味に来なくても。それに顔が怖い、いつもかわいいのになんでそんな怖い顔してるの!?


「4人とも本当に仲がいいんですね。羨ましいです」


 そんなやりとりをしていると、朝倉さんは悲しい表情をしていた。


「春風ちゃんは仲良い友達がいないの?」


「はい、人見知りで話しかけられなくて、ずっと1人で本を読んでましたから。笹森先輩はいますか?」


「うん、いるよ。綾乃でしょ、沙織でしょ、それに…」


 うん、誰一人として分からない。


「春風さんは昔の私みたいね」


「御門先輩もそうだったんですか…?」


「えぇ、そうよ」


 そうだよな。違う教室に行くときに、御門がいる教室が視界に入るんだけど、本ばっかり読んでたもんな。

 てか、みんな朝倉さんのことを下の名前で呼んだんのか。やはりこれがモテる人とモテない人の差なのか…。


「友明、なに膝から崩れ落ちてんだ」


 全員の視線が俺に集まる。


「な、なんでもない、話、続けてていいよ」


「御門先輩はどうやって友達を作ったんですか?」


「自然とできるものよ。努力して努力して、そうすれば誰かが気づいてくれるはずよ」


 嬉しそうな顔をしてるな。俺の方を見てるってことは、やっぱり誰かっていうのは俺のことなんだろう。


 その後、話をしながら階段を降りた。すると、3人の男子が下駄箱で靴をスリッパに履き替えているところだった。


「いやー、忘れ物をゲーセンで気付くとはなー」


「図書委員サボってるんだから、誰にも見つからないように行くぞ」


「まぁ、朝倉さんになら見つかっても大丈夫だろ」


 笑いながら話す3人組。例のやつらなんだろうが…なんだこいつら、サボってる分際でよくそんな事が言えるな。

 スリッパに履き替えて、顔を上げた瞬間に朝倉さんと目があったのだろう。面を食らった表情をしていた。


「朝倉さん、図書委員の仕事終わって、今から帰るのか?」


「う、うん…」


「お疲れ様です!」


 1人の男がバカにするように言い放ち、2人の男が笑っている。


「い、今、サボったって聞こえたんだけど…福森くんたちは用事じゃなかったの…?」


 福森と呼ばれるいかにもチャラそうな男が答えた。


「いや、用事だったよ。こいつらとゲーセンで遊ぶっていう用事」


 そう言うと、また3人は笑い出す。


 我慢だ我慢、ここでキレても朝倉さんのためにならない。笹森さん達は大丈夫かな…ってうわっ。笹森さんも御門も彰文も、眉間がピクピクしてるじゃないか。頼む、堪えて、後ちょっとだけ堪えて。


「俺たちは忘れ物取りに行かなきゃいけないから、それじゃあ」


 そう言い放ち、俺たちの横を横切ると階段を上り始めた。

 すると、同時に御門と笹森が我慢できなくなった。


「ちょっと…」


「あなたたち…」


 しかし、その主張は彰文の手が笹森さんと御門の口を覆うことによって阻止される。


「お前らな、せっかくここまで耐えたんだから、もうちょい耐えろよ。この場面で俺らが言っても、春風ちゃんのためにならないだろ。そうだよな、友明」


 でも、本当はお前が1番我慢してるよな。そりゃわかるよ、だって顔が般若みたいになってるもん。でも、ありがとうな彰文、後でジュースぐらい奢るよ。

 俺は怯えた顔をしている朝倉さんに近づき問いかけた。


「朝倉さん、あの子たちに何も言わなくてよかったの?」


「…怖いんです」


「うん、怖いよね。でもさ、あの3人は朝倉さんに迷惑をかけてるわけでしょ。なんなら、図書委員のみんなにも迷惑をかけてる。だって、その分の仕事量が減ってるわけだからね。それを言えるのは、それを1番理解してる朝倉さん、君だけなんだよ」


「勇気もないんです…臆病者なんです…私は弱いんです…」


 朝倉さんの目から涙がはらはらと落ちる。それにしてもこの子は何を言ってるんだろう。


「弱い自分を理解できてるのは強い人間だからだよ。それに、臆病者? 勇気がない? そんなことはないよ、絶対にない」


「なんでそんなことが言い切れるんですか…」


 ――なんでだって、そんなの簡単だ。


「だって、俺と喋ってるんだよ」


「えっ…」


「自分で言うのもなんだけど、この学校で1番恐れられてる人間だよ。この目つきの悪さと噂だけで。そんな人間と、朝倉さんは今日ずっと喋ってたんだよ。その人が臆病者で勇気がないわけないじゃんか」


「で、でも…」


「大丈夫、俺が保証するから。それに、何かあったら俺たちがついてるから…ね?」


「財前先輩…私、頑張ります」


「うん、言いたいことをあの子たちに言ってあげな」


 俺は朝倉さんに精一杯の笑顔でそう伝えた。


「久しぶりに友明の笑顔見たな…」


「友くんの笑顔…やっぱりかっこいい…」


「私の前では笑顔になってくれたことなんてないのに…」


 あの一通りの話を聞いて、俺の笑顔のことだけですか…。確かに、学校で笑顔になったことなんて一度もないけれど。


 上から話し声が聞こえ、階段を降りてくる音が聞こえてくる。あの3人組だ。


「朝倉さん、まだ帰ってなかったの?」


「う、うん…」


「そうなんだ。俺たちは帰るから、じゃあねー」


 3人組は下駄箱でスリッパから靴に履き替えようとしていた。

 朝倉さんは、俯いて両拳を握りしめている。頑張って一歩を踏み出そうとしている。俺は、肩をトントンと叩いた。


「大丈夫、俺がついてるから」


 その言葉を聞いて、朝倉さんは顔を上げた。


「あ、あの!」


 その声を聞き、3人組は振り返る。


「俺たち? なに?」


「な、なんで委員会があるのに、サボったりするんですか…」


「そりゃあ、遊びたいからに決まってるだろ」


「そんな理由でサボるくらいなら委員会なんてやめればいいじゃん!」


「な、なんだよ急に…」


「あなたたちのせいで、私は迷惑してるの! だから…だから、やるのなら…図書委員になったんだから一緒に頑張ろうよ…」


 よく言ったよ、本当によく言った。怖い気持ちを抑えて、勇気を出して、朝倉さんは凄いよ。

 さて、もしこれでも気持ちが通じないなら、俺が出ないといけないよな。


「そんなに迷惑してるなら…ごめん。次からはちゃんと行くよ」


 なんだよ、案外素直じゃないか。

 3人組は朝倉さんにずっと謝っていた。謝りすぎてちょっと困惑状態だったけど。


『勇気もないんです…臆病者なんです…私は弱いんです…』


 あんなことを言ってた子が、勇気を出して一歩を踏み出すなんてね。

 人の成長する姿っていうのは本当に素晴らしいもんだな。

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