8話『冷徹な男』たちは相談を受ける

教室からはこそこそと俺についての話が聞こえてきた。


「笹森、御門さん、あの子、友明を見て逃げなかったぞ」


「正直な話すると、絶対逃げると思ってたよ」


「私もよ。逃げないのは計算外だったわ」


 俺が聞こえてないと思ってるのかな。彰文はまあいつも言ってるからわかるよ。そこのお二人さん、そんなこと思ってたの? 俺泣いちゃうよ、天に声が届くくらい泣いちゃうよ?


 おさげの女の子は廊下側に1つだけ置かれた椅子に恐る恐る腰を据えた。


「1つ質問いいかしら」


 女の子は驚いたのか体がビクッとなった。


「財前くんを見て、なぜ逃げなかったのかしら?」


 御門さん、俺の前で普通その質問する?


「1年生にはまだ噂が浸透してないんだよ!」


 笹森さん、フォローしてるようで出来てないよ?


「笹森、こんな目つきしてるやつだぞ? 噂なんかなくても普通ビビるでしょ」


 なに笑いながら言ってんだよ、テメェだけは後で覚えてろよ。


「あの、財前先輩の噂は1年生のみんな知っています…」


 まだ1年生来てから1ヶ月も経ってないよな。それなのにもう浸透してんのかよ。


「でも、なんていうんでしょうか…。今日、初めて顔を見たんですけど、怖さを感じないというか…雰囲気が優しかったというか…」


 ちょっと声は小さかったけどちゃんと聞こえた。嬉しい…。初めてこんなこと言われた。初めて顔を合わせて逃げなかったのは、ここにいる3人と君だけだよ。


 笹森さんと御門どうしたの? 席を立って俺の後ろでコソコソ話してるけど。


「この子は見る目があるわ…」


「要注意だね…」


 なに喋ってるのか気になるな。


「また面白くなりそうだな…」


 くくくと彰文が何か言いながら笑っている。なんだよ、みんなして俺抜きで。

 2人が席に戻ってきてこほんっとひとつ咳払いをし、笹森さんが話し始めた。


「まだ自己紹介がまだだったよね。私は笹森夏帆、副部長です」


 …ちょっとまって、副部長?


「私の右にいるのが西村彰文くん」


 よろしくと右手をひらひらする。


「1番左にいるのが御門美冬さん」


 座りながら一礼する。


「そして、私の左にいるのが財前友明くん。この部の部長だよ!」


「ちょっとまって」


「財前くんどうしたの?」


「俺って部長なの、笹森さんじゃないの?」


 それはそう思うだろう。だって、部の創設者は笹森さんだよ、俺が部長って…。


「西村くんと美冬ちゃんに聞いたら財前くんがいいって。私も財前くんがいいと思ってたし」


 彰文と御門はうんうんと頷いていた。


「俺は聞かれてないんだけど」


「聞くの忘れてた」


 舌を出し、てへっと戯けていた。一応俺にも聞いてよ、笹森さんに1票入れたのに。聞いたところで3対1で俺が部長になってるんだけどさ。


「はぁー、決まったなら仕方ないか」


「あのー…」


 困惑した表情でこちらを見つめるおさげの女の子。


「ごめんね、こっちだけで話しちゃって。改めて自己紹介するね、部長の財前友明です。君も自己紹介してもらっていいかな」


「私は1年生の朝倉春風あさくらはるかって言います。実は相談がありまして…私、高校に入ってから図書委員になったんです。放課後、本の貸し出しとか本の整理とかするんです。それで、明日が2回目なんですけど、2回とも用事があるって言われて1人でやらないとダメなんです…」


 話だけ聞いてると、確かにその仕事量は1人じゃ大変そうだ。他の図書委員も用事みたいだし、出来ないなら仕方ないよな。


「委員会の仕事を用事でやらないってそんな人がいるのね。生徒会長として反省文を書かせようかしら」


 御門、一旦落ち着いて。ドス黒いオーラが出てるから。


「朝倉さん、他の委員の人はいないの?」


「はい、曜日ごとにどのクラスがやるのか決まっているんです。それで、明日の放課後は私たちのクラスの番なんです」


 朝倉さんが話し合えた時、彰文が一つの疑問を投げつける。


「質問なんだけどさ、そいつは男か女かどっち?それに人数と、そいつら同士は友達関係?」


「男の子が3人ですね。高校入ったばかりなので友だち関係はわからないですけど、いつも3人でいるところを見ますし、友だちなんだと思います」


 なるほどね、だいたいわかった。疑うのは良くないのは分かっている。でも、多分用事などではないだろう。

 この学校では委員会に入ると内申点が上がる、決める方法は挙手制だ。

 朝倉さんはさっき、3人が2回とも用事で来れないと言っていた。3だ。塾などの用事であるならば曜日が決まっているはずだ。それで行けないのなら、曜日を決める時に言えば変えてくれるはず。

 結論を言うと、そいつらは3人で遊びに行きたかっただけだろう。


「それって…!」


 笹森さんが今からいうことはわかってる。ただ、俺はその言葉を遮った。


「わかった。それじゃあ放課後に図書室に行けばいいかな?」


「はい、よろしくお願いします」


 朝倉さんは俺たちに一礼し、教室を後にした。


「財前くん、わかってるんだよね。その3人は別に用事で委員会をしてないわけじゃないって」


「今はこれでいいんだよ」


「でも…!」


 笹森さんは優しいから、みんなを笑顔にしたいからこの部活を作ったんだ。こういう悩みを解決してあげるために。

 だからこそ、嫌われ者でもいいから言わなければならない。


「笹森、じゃあそいつらに委員会をやれって言えばいいのか?」


 彰文…。


「そうだよ、そうじゃないと解決しないじゃん」


「表向きだけ解決すれば満足か? その後はどうするんだよ。そいつらはその後もしっかり委員会の仕事すんのか?」


「そ、それは…」


「西村さんの言う通りよ夏帆さん」


「美冬ちゃん…」


 彰文の言うとおりだ。笹森さんのやり方では今すぐの問題は解決する。

 でもそれだけだ、根本の解決になっていない。俺は笹森さんの前に行き、同じ目線になるように少ししゃがみこんだ。


「笹森さんは優しいから今すぐにでも解決したいんだよね。でもね、それじゃあダメなんだよ。俺たちが、朝倉さんにこんな相談をされたって3人に言っても問題解決にはならないんだよ。ただ、まだこれが予測だってことも忘れちゃダメだよ。1番の解決方法は朝倉さん自身がその3人に伝えないといけないんだ、自分自身の言葉で。それで無理ならそこからが俺たちの仕事だよ」


「財前くん…」


「だってここは『人を笑顔にする部』でしょ。彼女が相談に来たんだから、彼女をとびきり笑顔にさせてあげようよ」


「…そうだね、みんなごめん! 私、先のことなんて全然考えてなかった。また周りが見れてなかった…ごめんね。それにありがとう!」


「あと一ついいかな?」


「んっ、なに?」


「笹森さんはやっぱり笑ってる方がいいよ。人を笑顔にする力があるし、魅力的なんだから」


「…!?」


 あれ、笹森さんの顔が徐々に赤くなった。あっ、体がプルプルし始めて顔を覆った。

 ま、まさか…ちょっとキザなセリフを言ったから「こいつなに言っての?」的な感じで笑いを我慢しているんじゃ…。

 まさか、御門と彰文も笑ってるんじゃ!


「夏帆さんずるい…私だって友くんに魅力的とか言われたい…」


「あいつ、こういう時だけモテること言うんだよな」


 なんかぶつぶつ言ってるけどよかった、笑われてはいないようだ。笹森さんと御門は一旦置いといて、彰文にお礼言わないとな。


「彰文ごめんな、嫌われ役みたいなことさせて。本当は俺がやるべきなのに」


「何言ってんだよ。部長はドンっと構えとけばいいんだよ」


「ありがとう。今度、何か奢るよ」


「おう、楽しみにしてるぞ」

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