番外編 御門美冬が『冷徹な男』と出会った日
中学3年生の私は――いじめられていた。
「勉強できるからって調子に乗るな」
私も最初は勉強が出来なかった。ただ、毎日努力して、努力して、今の自分があるから調子に乗ったことなんてない。
「私たちのことを見下してるでしょ!」
見下したことなんてない。私はあなたたちを見下せるような人間じゃないから。
この世は理不尽だ。できれば罵られ、できなくても罵られる。こんな世の中はもう嫌だ。
――そして、私は今日もいじめられている。
「テストで1位になったからって調子に乗らないで!」
誰もいなくなった教室で、この女はそう叫び私の髪を引っ張る。
「なんで、何も言わないの! 見下しやがって!」
あなたのことを見下したことなんて一度もない。なぜいじめられてるかも私にはわからない。
あぁ、本当にもう嫌だ。こんなことを思ってはいけないのはわかっている。
でも…もうこの世界に私はいたくない。もういいや、帰ったらこんな世界とはおさらばしよう。
お父さん、お母さん、本当にごめんね。
――その時だった。
教室の扉がガラガラと開いた。そこから私の運命は大きく変わった。
「なにしてるの」
酷く冷たい声でそう言い放つ1人の男性。違うクラスだけど、この人のことを私は知ってる。『笑わない男』『冷酷な男』と呼ばれている財前友明という人物。周りにいた女たちは震えていた。
「ど、どうして財前くんが…」
「なんか声が聞こえたから何事かと思って」
「ご、ごめんなさい! もう2度とこんなことはしませんから許してください!」
彼女たちは逃げ去っていった。でも、噂だけで考えれば、次はこの人に酷いことをされるのではないだろうか。
別にいいや、あとちょっと我慢すれば何にも考えなくて良くなる。
彼はだんだんと私に近付いてくる。そして、彼は私の前に立った。
「こんなひどいことを…。大丈夫…じゃないよね。ごめんね、もっと早く見つけてあげてれば」
第一声に驚いた。噂とは全然違う人物で、私のことを心配してくれた。
「どうしてあなたが謝るの…」
「だってこんなにボロボロになってる」
「あなた、私と喋ったこともないでしょ。どうしてそんなに優しくするの」
「喋ったことがあるとかないとか関係ないよ。君が傷ついてるから…」
「優しくしないでよ!!」
私は人生で初めてと言っていいほどの大声を出した。
「私は生きてちゃダメなの…」
「生きてちゃダメな人間なの…!」
「無価値なの…!!」
「そんなわけあるかよ!!」
彼は声を張り上げた。顔を見ると、
「無価値だって? 生きてちゃダメな人間だって? みんな価値があって、生きてなきゃいけないんだよ!」
「じゃあ、なんでいじめられないといけないの! 勉強ができるからいじめられるなんて理不尽じゃない! 私は努力して、努力して勉強ができるようになったのに…こんなことなら、努力なんてするんじゃなかった!!」
「君の努力を知らない誰かにどうこう言われようと、君は、君だけは否定するなよ! 君の頑張りを1番知ってるのは君だろ!」
「じゃあなんで…」
私は、自分自身の感情を抑えきれなかった。
「なんで私はいじめられないといけないの…? 私はどうすればよかったの…? わたし…わたしは…」
もう、堪えることが出来なかった。
「う、うわあああぁぁぁぁ!」
彼は私を優しく抱き寄せて、頭を優しく撫でてくれた。私は貯めてたものを全て吐き出した。
彼はうんうんと頷いて聞いてくれるだけだった、それが嬉しかった。
「スッキリした?」
「あの…ありがとう…」
「どういたしまして」
そう言った彼の顔は『冷酷な男』とは程遠い、笑顔だった。私は、その笑顔に恋をした。
次の日から、財前くんは休憩の時間にも私の教室に来て喋りかけてくれた。私のことをいじめてた人たちは、こちらをちらちら見ていた。でも、財前くんがいるからなにも出来ないのだろう。
「嫌だろうけど我慢してね。君が何もされないようにするには、これが1番だから」
彼は表情には出さなかったが、いつもより優しい雰囲気でそう告げた。『冷徹な男』なんてとんでもない、むしろ逆と言っていい。人に優しく、情熱的な人だ。嫌なはずなんてない。
閉ざされた世界から救い出されたのはあなたのおかげなんだから。
次の日も次の日も友くんは私の所へ来てくれた。
彼と喋るたび、彼を知るたびに鼓動が速くなって、顔が熱くなる。私は友くんのことがどんどん好きになっていた。
でも、私はこの感情を伝えられなかった。失敗して友くんと喋れなくなるのが怖かったから。
「これからはもう喋りかけなくてもいいからね」
卒業式の日に友くんは私にそう言った。パニックになった。なんでそんなことを言うの? 私と喋るのが嫌になったの?
この感情を言葉にしようとした、でも、私は声が出なかった。こんな時だけ臆病になる私が嫌になった。
だから私は頑張った。同じ高校のあなたともう一度喋るために。高校に入って生徒会長になった。
それでも怖くて、恥ずかしくて友くんと喋ることが出来なかった。
そして、私は友くんと同じクラスになった。
「ごめん御門。チャイムなってるの気付かなかった。悪かったよ、これからは気をつける」
久しぶりに友くんと話せたけど、そんな真っ直ぐ見られたら恥ずかしいよ…。
でも、友くんと久しぶりに喋ることができた。うん、今はこれだけでもいい。
これからもっと仲良くなっていけばいいんだから。
友くんは、夏帆さんと西村さんと部活を作っていた。
『人を笑顔にする部』という名前だった。正直、何をする部活なのかよくわからなかった。
でも、すぐそこに行こうと思った。だって、私を笑顔にできるのは友くんだけだから…。
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