4話『冷酷な男』は宣言される

「やっぱり夢じゃなかったんだ、財前くんと一緒のクラスだなんて…」


「でも笹森さんと同じクラスなのはよかったよな!」


「バカ言うな、昨日の見てただろ。もう財前くんと仲良くしてただろ。笹森さんに喋りかけたら財前くんが黙っていないだろうよ」



 クラスに入ってきた途端これか。というか、笹森さんと喋っても俺はなにもしないからな。結構ネガティブなんだからあんまり変な噂はやめとけよな。


「財前くんおはよう!」


「笹森さんおはよう」


 今日も笹森さんは俺に話しかけてくれる。なんて優しい人なんだろう。


 笹森さんは椅子に座ると、チラッとこちらの様子を何度も伺い、何か言いたげな表情をしている。それなら俺から話しかけるべきだよな?


「笹森さん、何か俺に話があったりする?」


 そう問いかけると、笹森さんは笑顔になった。しかし、一度咳払いをし、真剣な表情に作り変えてから、話を切り出した。


「うん、財前くんに話があるの」


 話ってもしかして、これからは喋りかけてこないでとか言われたりするんじゃ…。よし、その時は彰文に慰めてもらおう。遺憾ではあるけれど。


「あのね…」


 よし、準備はできてるぞ。さぁこい!


「部活を作りたいんだ。それでさ、その部活に入ってくれないかな?」


 なんだ、そんなことか。よかった安心した。


「それで部活ってなんの部活を作るの?」


「それはね、人を笑顔にする部活を作りたいんだ!」


「ふぇ?」


 呆気にとられて変な声が出た。人を笑顔にする部活ってなに? どういうことをするのか、全くイメージがつかないんだけど。


「だからね、財前くんが部活入ってくれないかなーって」


「部活か」


 帰ってもやることないけど部活か。うーん、どうしようかな。

 そう考えていると、彰文がこちらに近寄ってきた。


「なになに、面白そうな話してるね」


「あっ、西村くん! 部活を作るんだけど入部してくれる?」


「彰文は入らないと思うよ。部活嫌いだし」


 実際そうなんだ。スポーツも万能なのに、部活には入っていない。彰文は「疲れることは嫌なんだよ」と言っていた。だから、彰文は入らないだろうな。


「俺、部活嫌いなわけじゃないよ」


「えっ、そうなの?」


「疲れるのが嫌いなだけで、部活はやってもいいけど」


「本当に!!」


「ただし、一つ条件があるんだけど」


「条件?」


「それはね、こいつ」


 そういって彰文は俺のほうに向かって指を刺してきた。なんで俺?


「こいつが入らないと俺は入らないよ」


「財前くん…」


 そ、そんな泣きそうな目で見つめないで…。そんな顔されたら、断れないから。


「ち、ちょっと考えさせてもらってもいいかな。放課後には返事するからさ」


「わかった。いい返事待ってるね!」


 ちょっと、笹森さん…そんなキラキラした目で手を握ってこないで、照れちゃうから。


「やっぱり笹森さんは『クールオブキル』に手懐けられていたんだ…」


「終わったよ…俺たちの青春は…」


 毎回聞こえてるんだよ。もうちょっと、聞こえないように工夫しろよ、傷つくからさ。それに、手懐けてないからな。あと、クールオブキルってなに、あだ名か異名か知らないけどいくつあるんだよ。


「さ、笹森さん、手を離してくれるとありがたいかな」


「あっ、ご、ごめんね。えへへ…」


 顔を赤くし、頭をかく仕草で照れを表現している。本当に表情が豊かな人だな。全部の表情がかわいいし、美少女で有名っていうのがよくわかるよ。


「友明、そんな照れんなって」


「照れてないから」


「いーや、あれは照れてたね。ちょっと口角上がってたから」


 バカにするように彰文は言ってきた。顔には出さないようにしてるんだけど、彰文には表情の変化がすぐわかるらしい。


「そうなの? 全然表情が変わってなかったから気づかなかったよ」


 そうだろうね。学校では、表情を出来るだけ出さないようにしてるから。なんでかって? 1年生の時、一回だけ笑ったことがあるんだよ。そしたらクラスメイトがさ…


「財前くんが笑ってるだと…。あの財前くんが…」


「殺される…。財前くんの笑顔を見たものは殺されるって噂で聞いたんだよ…」


 うん、全部聞こえてた。だから、学校では出来るだけ、表情を作らないことにしているんだ。


「照れてるのは私だけじゃなかったんだ…」


 ん、笹森さんが何か言ったような…。声が小さくて何を言ったかは聞き取れなかったけど。


「何か言った?」


「な、なにも言ってないよ!」


 ならいいんだけどさ。なに彰文、肩に手なんか置いて。


「ついにお前もリア充の仲間入りか」


 おい、テメェ。嫌味か、嫌味だよな。いつも俺のことを見てて、よくそんなことが言えるよな。

 俺は彰文を手招きした。


「リア充な訳ないだろ。なに、いじめ?」


「多分そうだと思うんだけどな。面白そうだし、本人が気付いてないからまあいいか」


 なに笑ってんの? 面白そうとか、気付いてないとかどういうことだ?

 そんなことを思っていると、1人の生徒が声を荒げるわけでもなく、怒った顔をしてこちらの方を向く。


「あなたたちうるさいわよ。チャイムがなっているんだから、静かにしたらどう?」


 彼女の名前は御門美冬みかどみふゆ。俺と彰文は中学が一緒だったから、彼女のことを知っている。

 切れ長の目が、背中に当たるほどの艶やか黒髪に似合っていて、とても魅力的に見える。背が高くスタイルも抜群ときた。頭もよく、学年では常に上位。1年生から生徒会長にもなっている。

 容姿端麗、頭脳明晰、つまり才色兼備というやつだ。


 知り合いではあるが、あることがきっかけで高校になってからは喋ったことがなかった。


「ごめん御門。チャイムがなってることに気付かなかった。悪かったよ、これからは気をつける」


「わ、わかればいいのよ、わかれば…」


 御門は顔をほんのり赤くし、教卓に視線を向けた。


「2人…か」


「2人?」


 彰文は席に戻っていき、手を後ろ向きに振ってきた。


「こっちの話だから気にしなくていいぞ」


 …気になるんだけど。


「ねぇ、財前くん。さっきの返事なんだけど、放課後でいいんだよね?」


「それでいいよ。こっちが言ったからね」


「じゃあ放課後、またその話しようね」


 笑顔が眩しい。本当、いつぶりだろう、家族と彰文以外でこんなに喋ったのって。


 今日からはいつも通りの授業となり、夕方に終わった。放課後になったので、席が隣同士ということもあってみんなが帰るまで待ってから話を始めた。えっ、なんで彰文がいないかって。

「いまから屋上に呼び出されてるから今日は無理」だそうだよ、さすがモテる男は違う。


「ごめんね、放課後に話聞いてもらって」


 謝罪語から入るあたり、笹森さんはできた人なんだなと感心する。


「全然大丈夫だよ。それで人を楽しませる部活…だっだよね? お笑いとかするの?」


「ふふふ、財前くんは面白いことを言うね」


 笹森さんは口に手を当て笑う。


「名前の通りだよ。人を笑顔にする部活」


「そういわれてもよくわからないな」


「問題を解決したり、相談聞いたり。人が笑顔になってくれることなんでもするの」


 なるほど、深く考えなくてよかったんだな、本当に人を笑顔にするためだけの部活なんだ。


「笹森さんは優しいね」


「どうして?」


「だって、人を笑顔にするんでしょ。そういうの考えてもなかなか実行できないよ。笹森さんが優しい人だからできるんだと思う。本当に凄いと思う」


「そ、そんなに褒められたら、て、照れるよ…」


 顔を真っ赤にして俯き、人差し指をクルクルさせている。


「そ、それで、財前は部活に入ってくれるの?」


 今日ずっと考えていた。何度考えても、断る理由がまったくなかった。だから返事は決まっている。


「もちろん。喜んで入部するよ」


「ほ、本当に!?」


 笹森さんの椅子がガタッと倒れた。


「本当だよ」


「やったー!」


 笹森さんはぴょんぴょんと跳ねながら嬉しさを表現する。突然「はっ…」といい冷静になったのだろう。


「ご、ごめんね。嬉しくてつい…。嬉しいと前が見えなくなっちゃうんだ。直さないといけないとは思ってるんだけど」


 照れ笑いを浮かべ、頬を掻いている。本当に表情が豊かな人だな。


「クスッ」


「え?」


 椅子を元に戻そうとしていた笹森さんが、固まり驚いた表情を浮かべた。


「どうしたの?」


「今、笑わなかった?」


 自分でも気づかなかった。いつも我慢して笑わないようにしるのに。


「笑ってた?」


「笑ったよ! 絶対笑った!」


 嬉しそうな顔でそう告げる。

 椅子を元に戻し、そのまま座った。そして、俺の目を真っ直ぐ見つめ、人差し指をこちらに向けてきた。


「財前くん! ここで君に宣言します! 今回はちょっと笑っただけだけど、絶対に私の力で財前くんを笑顔にして見せるからね! 覚悟しといてね!」


「わかった、覚悟しておくね」


 にししと笹森さんは笑う。

 本当にこれから楽しくなりそうだな。

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