第111話大人
誕生日会も無事 (?) 終了し、物語の主人公達は少し変わってこの2人。
「とと、ということで、デートしませんか?」
「デート?」
「そそ、そうです」
「いや、まあ、いいんだけど、その距離感何とかならない?」
もちろん、2人とは陽と優心のことだ。
晴れてカップルになった2人だが、カップルになったことで気恥しさや、そんなものがこうして距離に現れる。
現在陽の家、厳密に言うと陽の親の持っている別荘。デートを誘ってきた優心と陽の距離は約2メートルほど、ソーシャルディスタンスを保っているのだが、この物語では例のヤツは流行ってはいない。
やけにかしこまっていたり、まあ、何が言いたいかと言うと、優心がうぶすぎるのだ。
「な、なんか、その、顔見れない」
「なんだよそれ。なら付き合う前の方が良かったじゃん」
「それはダメ!それは……良くないですよ」
「それに、こんなに離れてたらデートにもならんだろう」
「それは……そうだけど……」
「仕方ない」
「うっそ、ちょ、」
ソファーにかけていた陽が優心の手をグッと掴んで自分の元へ引き寄せる。そして、そのまま手をグッと握って2人で同じソファーに座った。
「痛くないか?」
「……」
優心は黙り込んで、しかし、コクリと頷く。
「嫌じゃないか?」
「……そんなこと、ない」
「なら、良かったよ」
「……うん。嬉しい。今、すごく幸せかも」
優心は顔ずっと下げたまま、一向に陽の方を向かない。
けれども、後ろ姿で分かるくらい、耳と首が真っ赤に染まっている。
「どこ、行こうか」
「どこでもいいよ。私からデート誘ってなんだけど」
「ホントだよ、計画くらい立ててから誘えって」
「ごめん」
「そんなに焦んなくてもさ、俺は今、優心しか見てないんだしさ。もうちょい信用してくれてもいいんだけどな」
「……そういうとこ、ほんと。黒兎もたいがいだけど、陽もそういうとこ、あるよね」
「違うぞ?俺は優心がこういう反応するのわかってて言ってんの」
「……嫌い」
「俺は好きだけどな」
「ずるい」
「それも知ってる」
「……」
「嫌いになったか?」
「知ってるくせに」
「知ってるさ、けど優心の口から聞きたい」
「……好きだよ。クリスマスパーティーでも言ったよね?」
「それも知ってる」
「いじわる!」
「そうだよ。やっと、こっち向いてくれた」
「……ずるいよ」
「それしか言ってこないな」
甘い空間。優心は幸せでこのまま溶けていってしまうような、顔が熱くて、陽に見られる度に、心臓が早くなるのを感じる。
このまま溶けてしまうか、それとも心臓が破裂するか、そんな、苦しいとそれを超えてしまうほどに幸せが優心を包み込んでいる。
しかし、そんな甘さは程なく消えてしまう。
ガチャリ。
玄関のドアが開く。
おかしい。
この家には今、陽と優心しかいない。
陽がこの家に1人だけいる使用人を今日一には休暇という形で払っている。
よって、この家の鍵を持っているのは陽……そして、家主の陽の父親だけだ。
足音が優心と陽のいる部屋に迫ってくる。
ソファーから立ち上がろうとした時、腕がグッと下に引き下げられた。
優心の細い腕が、悲鳴をあげる。
「い、痛い!陽」
けれども、陽は離そうとしない。
「ごめん、けど、このまま、一緒にいて欲しい」
陽の握り方にさらに力が入る。
けれども、さっきまでの強引な強さでは無い。優しく包むような感覚だ。
優心はその手を振りほどこうと思えば、簡単に振りほどくことが出来た。
けれども、彼女はゆっくりと陽の隣に座る。
そして、今度は自分から陽の手をグッと握った。
「陽」
陽の父は陽とは反対側のソファーに座った。
「やあ、いや、こんにちは。父さん。今日忙しいのに呼び立てて悪かったね」
「まあ、いい。それほどになにか私と話したいことがあるのだろう?」
陽の父は陽の隣で手を握って座る優心を見た。
「それも、お前にとっては重要なことのようだ、私にとっては心底バカバカしい事だがな。仕事を放ってまで来たんだ。少しくらい聞いてやろう」
「ああ、そうだよ。あんたにとっては心底バカバカしい事だ。だから、バカバカしい事を言いに来てもらったんだよ」
「なら、そのバカバカしい事とは」
「俺はここにいる、優心と結婚する」
「は?」
「は?」
陽の父も、優心も同じ反応をした。
「そうか、そうか」
父は笑っている。
「ちょ、陽!どういうこと!?」
嬉しさよりも、驚きが勝っている。
「もう、いいか?茶番は見飽きた。それでは帰るよ。仕事があるんだ」
父はゆっくりソファーを立った。
「父さん!待って欲しい」
「待って欲しい?何を待つんだ?」
「もう少し話を聞いて欲しい」
「これ以上なにを?」
「その前に、茶番なんて言うなよ、こっちは真剣だ」
「なんだ?まだ茶番を続けるのか?これは茶番も極めれば喜劇のように思える。いつからこの私を笑わせてくれる程に親孝行をするようになった?」
「茶番じゃねぇよ」
「これを……茶番と言わずなんという!!」
屋敷に父の声が響く。
「いいだろう。聞いてやろう。だが、こちらからも質問がある。まず、今のはなんだ?結婚だと?高校生の、それも親の力なしで生きても行けないガキの分際でか?そんなガキが人様の娘を貰うだと?お前はその子を不幸にしたいのか?」
「ちがう!今結婚するって言ってないだろ?俺がもっと、大人になってからだよ!」
「大人?笑わせてくれる。お前の大人はいつからだ?20歳からか?金を稼げるようになってからか?それともこの私が死んでからか?」
「それは……」
陽は答えることが出来ない。
「それにだ、この状況を相手が理解していないというのにまず問題がある。お前は相手の気持ちを聞きもせず勝手に結婚する気なのか?そなら、お前の大っ嫌いな私と変わらないな!!」
「それをわかってて俺の結婚も将来も決めるのかよ!」
「ああ。もちろんだとも。当たり前だ。陽よ、これが大人だ」
「何が大人だ!1番子供じゃないか!自分のわがままばかり押し付けやがって!!」
「そのようにしか思えない時点で子供なんだよ!お前は今何を見ている?何が見えてるんだ?その目に」
「……何が見えてる?クソッタレのお前が見えてるんだよ!」
「そうか、そうか、なら、私の見ているものを見せてやろう」
父は穏やかな顔になった。
「これが何か分かるか?」
父がテーブルに置いたのは何人もの女性だった、若い女から歳の離れた女までいる。
「なんだよ、これ」
「これはお前の見合いの相手だ」
そう、父は答えた。
「だから!俺は見合いなんて!」
「黙って!陽」
陽を止めたのは優心だった。
「何するんだよ」
「黙って!」
「優心?」
「そうか、お嬢ちゃんには見えているのか。よっぽど大人だ」
父は満足したように微笑んだ。
「これは見合いの相手と言ったな。陽。」
「それがなんだよ」
「なぜ、この女性たちはお前と見合いをすると思う?」
そんなことを言われて、陽は答えが出なかった。
「みんな、この女性たちは、お前を見ていない。見えているのはその奥にある財産だよ」
父は語り始めた。
「この女性たちはみんな、お前ではなくお金を見ているんだよ。何故か分かるか?簡単だよ。責任のためさ。この女性たちはみんな、どこかの会社の社長の娘さんだ。それも今、厳しい状況に置かれている会社のね。父さんは、ヒーローにも、英雄にも、なれなかったんだよ。この仕事を始めた時はね、自分が自分の会社より小さな会社の生命線になれることに喜びを感じていたんだ。やりがいを感じていたんだ。けど、それじゃあダメなんだ。時にはその生命線を断たなければいけないんだよ。その判断をするのは私だ。私が取引を辞めるといえば、その会社は潰れる。その会社が潰れれば従業員が潰れる。従業員が潰れればその家族が潰れる。私はね、そうやって、色んな人を断ってきたんだ。」
父は今まで見た事のないような穏やかで、悲しげな表情を見せた。
「そうしているとお前が生まれ、私にも家族ができた。けど、母さんは亡くなった。私はとても悲しんだ。お前には分からなかったかもしれないが悲しんだんだよ。おかしな話だ、今まで潰してきた人間は五万と見てきたつもりだ。泣きつかれたその手を、何度も振り払ってきた。何人もの人を殺していた。そんな私が、自分の家族を失った時には涙を流していた。今まで、自分が奪っできたくせに、自分から失えば涙を流す。そんな自分が心底嫌いだった。でも、これが大人なんだと気づいた。その時、父さんは大人になったんだよ。これが陽、大人になる、責任を取るということだ。この、女性たちを陽が選ばなければ、時期にこの会社は潰れるだろう。さぁ、どうするんだ?陽。選びなさい。お前はどう、大人になるんだ?」
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