第103話氷の女王とデート

デート当日。

黒兎も雫も驚く程に、スッキリと目が覚めた。


時刻は午前7時30分。

露は咲良と遊ぶといい、7時頃に出ていったようだ。

あくまで、今日は黒兎と雫の2人だけ。

なんてったって、今日は記念すべきデートの日なのだから。


「今日の予定は?」


ご飯を食べていた雫が黒兎に聞いた。

昨日とは違い、落ち着いて、いつも通りの雫だ。


「今日は千葉なのに東京の夢の国に行く予定。露がチケットくれたんだよ。『こんなこともあろうかと取っときましたよ』って」

「さすが姉さん。用意が早いわ。それにしても、そんなに回りくどい言い方しなくても東京ディ☆二ー☆ンドって言えば良いじゃない」

「やめろ!色々考慮した意味がぁー」

「気づいたかしら?ニが二になっているのよ?私ってば配慮もできるいい子ね」

「隠せてないし、まず、配慮ができる人は自分で言わないと思うんですが」

「自己申告系女子めざしてるから」

「自己申告系!?」

「知らないの?今のJKの流行りよ?Twitterのトレンドにもなってるし、インスタのハッシュタグなんて#自己申告系女子で埋め尽くされてるわ。知らないけど」

「最後丸投げしやがったよ……」


そんな会話をしていると、次第に2人は声を出して笑っていた。


「久しぶりね、この感じ」

「あぁ、久しぶりだな」


今でこそ、友達が居て、露がいて、騒がしいけど楽しい日常を過ごしていたが、始まりはこうだった。


雫と2人。何気ない会話をして笑う。

最初は表情の硬かった雫も次第に笑うようになり、最初は雫に気を使っていた黒兎も今ではこうして、ただ純粋に笑いあっていることができる。


こんな日を2人は心の底で待っていた。

最初から、ずっと。

そして、そんな日が来たことに2人はとても『幸せ』を感じていた。


ずっと、これからも、こうしていたいと思えた。



そんなこんなで、家を出る時間。

家からいつもの最寄り駅に向かいそこから約1時間ほど電車に揺られ夢の国へと向かう。


「そう言えばチケットなんてよく取れたわね。急だったのに」

「あぁ、それなぁ。チケット取ってくれたのは露で間違いないんだけどさ、露がお母さんと仲直りのために一緒に行くためだったやつをくれたんだよ。露曰くさ、『もう仲直りしたからいらない。次行く時は黒兎達も誘ってあげる』ってさ、ほんと、恐れ入るよ」


それを聞いて雫はぼんやりと車窓に映る景色を見た。


「そうね。一緒に……ね」


そう答えた雫に『どうしてそんな顔するのって』黒兎は聞けなかった。



約1時間後。ついに、ついに、


「夢の国だあー!」

「人が多いわ」


それぞれ違う反応ながら、顔を合わせて笑い合う。


「まあ、人が多いな」

「ええ、多いわ。だからはぐれないようにしないといけないわね」


そう、雫が言うと、そっと手を黒兎方へ近づけてきた。


「子供じゃないんだし、はぐれないだろ?」


そう、黒兎が聞くと今度は腕を絡ませて、わざとらしい演技をする。


「ああ、なんてこと、人がこんなにもいるところで、可愛い子1人だと心配だわ」

「いや、むしろ、ひとけの無い方が心配だろ」

「ナンパされるかも」

「雫を見る前にネズミさんをみんな見てるよ、それにナンパなんて撃退するくせに」


そう言うと、ムッと、表情を変え、『そう、いきましょう』と冷たく放った。


「まてよ」

「待つも何も、ほら、さっさと行って帰りましょう」

「だから!」

「……」

「俺だけ、雫を見てるよ……」


そう言うと雫は笑いだした。


「なにそれ?はは、あっははは!傑作よ。あまりにもクサイセリフ過ぎて、トイレかと思っちゃったわ」

「なんだよー、笑うことないだろ?これでも柄に無いことを頑張ったのに……」

「ええ、傑作よ。それにしても私も安い女になってしまったわ。それだけで夢の国に来たことより幸せを感じているわ」

「……おう」

「まあ、ゲートくぐって20メートルくらいのとこで言うことじゃないけどね」

「……それもそうだな。よっし、被り物買うぞー!」

「ええ、私はプ☆さんがいいわ」



それからは被り物を買ったり、ポップコーンを買ったり、隠れミ☆キーを探したり、ジェットコースターに、お城を見て、人生で1番と言っていいほど充実した時間を過ごした。


「ねえ、黒兎そろそろ」

「ああ、ちょっと休憩」


ここには夜の花火まで見るつもりだ。


時刻は夕方5時前。ちょうど疲れる頃合い。


2人はベンチに座って、撮った写真などを見せ合いながら休憩中。


「黒兎。私、とても幸せよ」


急に雫がそんなことを言い出したものだから、黒兎は恥ずかしさで下を向く。


そして……


「んっ、うんっん」

「雫……」

「姉さんよりは上手くないわね。これもまた、勉強かしら?」


雫にキスをされた。割と大人のやつを。


「嫌だったかしら?」


そう、不安そうに聞く雫に黒兎は


「嫌なわけないだろうと」


そう答えた。


雫は嬉しそうな顔をしてもう一度、今度は軽くキスをしてきた。


あぁ。幸せだ。ずっとこのままでいいのにとそう、思った。




ついに、時刻は花火の始まる10分前。


「人、多いわね」

「そうだな」

「周りもカップルが多いわ」

「俺たちもだろ?」

「ええ」

「寒くないか?」

「ええ、けど、今はそっと抱きしめておいて」


黒兎は雫の後ろからそっと抱きしめる。

黒兎たちの他にも似たようなカップルたちがいたので、浮いていたりはしない。


それよりも今は始まる花火に視線がいって誰も黒兎達なんて見ていない。


こんなにも人がいるのに、この世界には雫と2人だけのように感じた。


そして、花火が始まった。


お城と花火の美しさに、目を奪われた。

そして、雫が上を見上げ、そして黒兎も視線に気づき目線を下にする。


「花火見なくてもいいのか?」

「ええ、今はあなたを見ていたいの」

「俺なんか何時でも見れるぞ」

「でも、今日のあなたは今日しか見れない。花火よりも、私は見る価値があると思うわ」

「そりゃあ嬉しい」

「黒兎……前に来て」


そう言われ、黒兎は雫の前に立つ。


そして、雫はそっと唇を黒兎に近づける。

黒兎もそれに応じる。


「んっ、ん」

「ん、はぁ」


何秒たっただろうか、それは数秒にも思えて、数分にも思えた。


「黒兎……」

「なんだよ」


そしてクライマックスの花火が上がる。


「私と別れて」


彼女は世界一幸せそうな顔をして、泣きながら言った。

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