第102話氷の女王と恋人ってなんなんだ

「ご飯」

「おう」


「お風呂入れてくるわ」

「うん」


「おやすみ……」

「おやすみ……」


「って、全然恋人らしくないわ。いつもよりよそよそしいし、もう、夜よ?他に色々あるでしょう?」


これが付き合ってすぐの2人だった。


付き合ったはいいものの、今まであやふやにしていたものを、いきなりはっきりさせると普段通りなんてものは簡単に崩壊する。


友達以上恋人未満そして家族的な関係から、いきなり、『はい、ここから恋人です』と変われるわけがない。


こうして、2人は恋人というカテゴリーと言うか、位置づけというか、定まってなかったものを定めたせいで、色々とボロが出てしまった。


「おはよう」


雫のいつも通りの挨拶に黒兎は、


「お、おはよう……ございます?」


と、なんとも妙な返しをすることになり、雫はそれに


「ございます……ええ、おはようございます」


とひとりでに繰り返し、謎に敬語風になっていた。


「おっはよ、……て、何それ?新手のプレイですかコノヤロー」


起きて早々何を見せられているんだと露は呆れた表情を浮かべ、ひと足早く朝ごはんを食べる。


「お、俺たちも食べないか?」


黒兎が雫にそういうと、『そうね、そうしましょう』と雫は返した。


それで会話が終わる。


なんとも、一夜にしてここまで変わるかという変わり映えだ。


「うそ……あの二人の会話があれだけ?……信じらんない」


露は呆れを通り越して恐怖に顔を染め、さささっとトーストを食べて、食器を下げて、『学校行ってくる』と家を飛び出てしまった。


露のいない今、残されたのは雫と黒兎の2人だけ。


初めての感覚とそして、今までにない静けさを感じながら朝ごはんを食べる。


あまりの静けさに黒兎は、これじゃあ1人で食べてた頃の方がよっぽどうるさく感じるほどだと強く感じた。


2人はそのまま会話することなく支度をする。


そして玄関の前で奇遇にも、ばったり家を出るタイミングが被る。


「先に行ったら?こんなとこ見られでもしたらどうするんだよ」


黒兎は最近忘れ去られていた『一緒に家を出ずにタイミングをずらす』をこんな時に情けなく持ち出してきて、雫に言った。


「ええ、けど、その必要は無くなったわ。あれは私たちが恋人でもないのに一緒に住んでいるなんて、見つかれば面倒になるからそうしただけよ。い、い、今は?恋人だし?だから大丈夫。ええ、大丈夫よ。それにね……」


雫は顔を赤らめ、下を向いてボソッとつぶやくように言った。


「あなたと2人で家を出るの、あこがれてたの。新婚さんみたいって……」


そう言うと雫は玄関を勢いよく開け、飛び出して行ってしまった。


「お、お、おい!気をつけて行けよ!」


黒兎は呆気に取られながらも自分の顔が雫以上に真っ赤に、熱を帯びていることが分かる。


そして呟いた。


「結局1人で行くんだ……」


と。


そんな雫は走りながら後悔に駆られていた。


(なんであんなことを言ったの!私のバカ!ええい。冷静になれ!そう、冷静。冷静よれっ……て)


前を見てないせいで電柱に頭をぶつけてしまった。


それはもう、周りの視線の冷たさと、恥ずかしさで、体がおかしくなりそうだった。





学校に着いたはいいもののあの一言のせいでまともに顔を見れない。


1限目2限目……と過ぎ、昼休み。

あまりの変わり様に聡や優心が『あの二人どうしたの?』と心配そうに露に聞いた。


露は『まあ、色々あるんでしょ?知らないけど』と言いながらも、目線でだいたい察した咲良が『つらかったね』と、露の肩を撫でる。


そんな、全く喋らないのに何故か2人向き合って食べる雫と黒兎。


心配そうに見つめる聡と優心。


死んだ目をした露の肩を撫でる咲良。


そして、


「めっちゃ購買混んでた……え?何この状況?」

「おーい、皆さん?おーい」

「おいおい嘘だろ?返事は?死んでますか?ただの屍ですか?」

「……返事がないただのしかばねのようだ」

「これ俺が悪いかんじ?」

「ごめんなさい」


1人で謝る陽という、異様な昼食風景だった。


そのまま何事もなく、というか、文字通り何事もなく下校時間。


何事もないくせに今日は雫と2人で帰っている。


その光景に通りがかったクラスメイト達は『なぜ、月影と冬矢さんが?』といった視線を向けるが、2人はそれに気づかない。


気づかないというか、周りが見えてない。


2人はとうとう、一言も話さず帰ってしまった。


「おかえり」


露が先に着いていたようで、2人に言う。


「ただいま」

「だだいま」


2人は静かに答えるとそのまま自室に戻る。


そして数十分後。


「ねぇーさんー。助けてー。だめ、むり、顔見れないのよー」


雫が露に泣きついていた。


「雫?わかってんの?これでも私傷ついてるのよ?それを何?そんな羨ましい!」


露がそう言うと、雫は『わかってる。けど、姉さんしか頼れないのよ』と割と本気で困ってるようなので、雫は仕方がないと割り切りそして、


「まあ。姉さんに任せないさいよ」


そう言って胸でも、えっへんと叩くように頼もしい返事をする。


「まあ、それでも実行するのは雫だからね?あなたと黒兎のことはできるだけ二人で、それでもダメなら私を頼って」


そう言って露は雫にアドバイスする。

それを聞いた雫はと言うと


「姉さん。それ。アドバイスになってないわ……」


と呆れた様子だ。


「うるさーい!私も恋人なんかできたことないから分からないのよー!」


その、さっきとは打って変わって頼りない言葉に雫は洗濯物と言って部屋を出ていった。



そしたまた数十分後。


「神さま仏さま露さまー」


今度は黒兎が泣きついている。


「んで、どうしたの?」


露はだいたいわかっているが聞いてみた。


「恋人とどうしたら上手く話せますか?」

「鬼か、あんたら2人は。あのー、黒兎?わかってる?私、あなたにフラれたの。その私に向かって恋愛相談?ふざけてる?殴っていい?いいよね。うん。殴る」


露のゲンコツが黒兎頭に直撃する。

そのおかげで何とか冷静さを取り戻した黒兎に雫は言った。


「デートに誘いなよ。それしかないんじゃない?」


そう言われ、黒兎はそれが出来たら苦労しないわという顔を見せる。


「それしかないでしょ。ほら、さっさといく、部屋から出てけ!」


そう言って露に部屋からつまみ出されてしまった。


(ここ俺の家なんだけどなぁ)


そう思いつつ、階段を降りるとばったり、これまた奇遇にも雫と会う。


そして、


「あの」

「あのさ」


見事に話し始めが被った。


「いいわ、黒兎言って」

「いや、雫からでいいよ」


2人は譲り合いをして埒が明かない。


そこで雫が


「いっせいので言わない?」


そんなことを口にした。


「いっせいので、って、そんなの聞き取れるか?」

「いいのよ、ほら、」


雫に押される形で掛け声がかかる。


「いっせいのーで」


「明日デートに行かないかしら?」

「明日デートしないか?」

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