第100話氷の女王と体育祭後半戦!

「雫……露も……」


黒兎は帰ってきた2人の少女の名前を呼び、食べ終わった弁当の片付けなんて、そっちのけで駆け寄る。


「どうだった?」


黒兎が聞くと2人は顔を合わせ、クスッと笑い『心配ないわよ』と返す。


何とか、強制送還の危機が過ぎ去ったことを知ると、安心して、黒兎の方がその場にすわりこんでしまった。


「よかったよー。ほんと」


優心が2人の顔をみて安心したように、ほっと胸を撫で下ろす。


「黒兎が一番心配そうにしてたもんね」


咲良がクスクスと笑いながら、本当はもっと崩れ落ちたい思いの人がいるのに、誰よりも先に崩れ落ちた黒兎を見ている。


「まー、かなり心配してたしな。なんたって弁当の箸を持つ手が震えてたからな」


少し情けないと言わんばかりの表情で陽が黒兎を見る。


「それにしてもその顔なら安心だな。黒っち」


聡が弁当に蓋をし、崩れ落ちた黒兎の元に来て、トントンと肩を叩く。


「あぁ良かったよ。それ以外言うことない」


その、崩れ落ちた黒兎は本当にほっとしてしまって、立つことすらままならない。


一番心配していた分、こうしてまた、2人の顔を見るとそれで何もかも良くなってしまった。


「何よ黒兎。情けないわ。ちょっと離れただけでこんなことになるなんて。まったく、名前の通り寂しいと死んじゃう兎さんかしら?」


普段なら、一言返してやりたい雫の挑発も、その笑顔で許せてしまう。


「ホントだよ黒兎。女の子より先に崩れちゃうなんて、情けないのー」


クスクスと挑発しながら笑う露も同様の理由で許せてしまう。


「ほんとだ、情けない黒兎ー」


そう言う聡に、黒兎はやっと立ち上がる。


「な、なんだよ。立てるようになったのかよ。黒っち?えっ、笑顔が怖いんですけど。笑顔で近づいてきて怖いんですけど。おかしくない!?雫ちゃんと露ちゃんは許したのに俺だけおかしくない!?」


ドンッ!と思いゲンコツが聡の頭に落ちる。


「理不尽っ!!」


聡は不満そうに『咲良〜黒兎にいじめられた〜』と泣きつきに行くのを見て、陽や優心も笑う。


一時はどうなることかと思った体育祭は何とか笑顔で後半戦に迎えるようだ。







「ね、いいの?雫はそれでいいの?」

「いいって?」

「お母さんのこと」

「ええ、後悔はしてないわ。姉さんこれからもよろしく」

「それはそうだけど……黒兎……うんん、みんなのことは?」

「なに?姉さん。私だけでは不満?それとももう、一緒にいたくないとか?」

「違うけど……いいのかなって」

「いいのよ。姉さん。私が決めたの」

「そっ、まあ、残りの後半戦も頑張らないとね」

「ええ、わかってるわ。姉さんには負けない」

「こっちこそ。正々堂々と戦いましょう。1年の終わりまでに決着つけないとね」

「ええ、会えなくなるから」






午後の競技が始まった。

午後は後半戦ということもあり、ここから一気に点数の高い競技、リレー競技が、怒涛の勢いで始まる。


まずは男子800メートルリレー出番は陽と聡だ。

黒兎としては午前の競技で出番は終了しているのであとは応援に徹する。


しかし、陽と聡は選抜と男子800メートル、咲良と露は女子400メートル、雫と優心は選抜と、ここからがイツメンの本気の見せどころである。


「位置について……よーい……ドン!」


合図と同時にスタートが切られる。

第一走者は陽。速い。

コーナーを抜けてから、明らかに他のクラスと差をつける。


「行けー!陽ー!」


最初の俺なんて楽しんでいいのかと思っていた黒兎はもう居ない。


第2コーナー前の観覧席で黒兎は声を出し、陽を応援する。


「行けー!陽ー!離せー!」


露も隣で黒兎と一緒に応援中だ。


他のクスクスとの差を維持した、否、もっと離し、次の走者へ。


どんどん変わる順位、それでも尚、陽のつけた差は激しく、ついにアンカーの聡へ。


「いったりますよ!」


バトンを受けた聡はここが俺の晴れ舞台と言わんばかりの独走。

やはりこいつの運動神経は侮れないと思い黒兎は聡の独壇場に目をやる。


すると、聡は黒兎達に手を振る余裕をみせ、ゴール。結果は当たり前の1位。


続いて間髪入れずに女子400メートル。1人100メートルと、男子より100メートル短い距離を走る。


露は第二走者。少し遅れ3位スタートだ。


「キッついよー!もう!」


なんだかんだ、走りまくりの露はその可愛いイメージを崩すかのように雄叫びを上げて走る。


それでも周りの男子からは顔が可愛ければなんでもいい。と結局顔という社会の闇というか本質を目にしながら黒兎は応援を続ける。


「姉さんキツそう」

「まあ、ずっと走ってたしな」


隣にいる雫と、雄叫びを上げて、どんどん加速する露をみて、若干困惑しつつ、露がバトンを渡す。


露の渾身の頑張りもあり、アンカーの咲良にバトンが渡る頃には2位。1位との距離もそう遠くない。


咲良がバトンを受け、走り出す。さすがの体育会系。もう、言わずもがな、今回の体育祭女子MVPは咲良だろう。


その圧倒的スピード、体力で100メートルなどあっという間に駆け抜け1位をかっさらった。


もう、それはイケメンの域に達していた。



そして最後の競技。

選抜リレー。

優心、聡、雫、陽がでる。


メンバーはこの4人の合計1000メートル。アンカーは二周するという、後半、体力もなくなる頃にキツい競技だ。


「黒兎〜。無りぃ〜、つかれた〜」


今にも溶けそうな露をみて黒兎は『まあ、あんだけ走ったらそうなるよな』と他人事のように声をかける。


「む。なんだいそれは。それが、女の子に対する慰めの仕方か?ったく、冷たいなぁ。キスの1つくらいしてくれてもいいのに」


そんなことを言う露に、黒兎は周りの誰も聞いてないことを確認し、慌てて露の方を見る。


「な、な、な、何言ってんだよ。こんなこと誰かに聞かれたらどうするんだよ」


慌てた黒兎とは対照的に落ち着いたように露は答えた。


「聞かれててもいいよ。なに?あれだよ。既成事実ってやつ?大勝利だよ」

「おまえ、なに……」

「始まるよ?リレー」

「始まりますねぇー。リレー」


そんななか、いきなり現れた咲良にこの事を聞かれてるんじゃないかと黒兎は慌てる。


「ああ、別に慌てなくていいよ黒兎。私知ってるし、まあ、見ててわかるしね」


クスクスと咲良は笑いながらグラウンドを見る。


スタートが切られ、優心が走り出す。

あまり、優心を小柄だと舐めない方がいい。

運動神経はよく、体力も十分。周りもよく見えているので、落ち着いて、順位を伸ばす。


その小柄な体格で現在、第1コーナーを曲がった時点で2位。


インコースにも入り、上場の滑り出し。

第2コーナーをまがり、1位とほぼ同時に次の聡へと、バトンが渡る。


「つかれたー。もう走れないよー」


ゼェゼェと息を切らす優心に陽は『お疲れ様』と声をかける。


そんな間に、聡は速い。1位に躍り出ている。

しかし、他のクラスもどんどん追い上げていて、1位2位3位が団子状態。


どの組が1位でもおかしくない。


「雫ちゃん!」

「ありがとう」


雫はバトンを受け、一気にギアをあげる。

瞬時に雫はトップスピードに乗り、1位との距離を離す。


第2コーナー。さすがに体力が落ちてきた雫は少し他のクラスに差を詰められたが、最初に着けた差は大きく、ある程度距離を離してアンカーの陽へ。


「陽くん!」

「さんきゅ」


速い。本気を出した陽は、聡と並ぶくらい速い。

アンカーを務めるため、先程の800メートルリレーで手を抜いていて良かったとつくづく思う。


(余裕だな)


その通り、余裕で陽は1位でフィニッシュした。


みんなの頑張りもあり体育祭の結果は総合1位。

さすがに黒兎以外のイツメンが強すぎた。


黒兎はイツメンの凄さにただただ拍手を送った。

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