第98話霞田露と母と雫

一人少し遅れて年齢よりも若く見える綺麗な女性が学校の正門をくぐる。


その女性は運動会にしてはやや、堅苦しくも感じるスーツを着て我が子を探してか当たりをキョロキョロと見回している。


そんなちょっと不思議な光景を少し遠くで見ている女子がいた。


雫だ。

雫はなにか困り事でもあるのかと、親切で声をかけた。


「あの、すいません。なにかお困りですか?」


すると女性は雫の問に優しく答える。


「ありがとう。少し自分の子供を探すのに手間取ってしまってるだけ。霞田露と言うんだけど知っている?」


その答えですぐにこの女性が誰か分かる。

霞田露の母であり、自分の異母となる霞田 きりだった。


霧子は議員として活動、仕事をしていたが夫の不倫そして離婚後政界から退き、今は大手企業の秘書をしている。


そんな突然の訪問に驚きを隠せない雫はどう返事をするか迷ったが、少し機転を利かせてこう返す。


「知っています。少し露さんを呼んでくるので待っていてください」


その答えを聞き、霧子は『本当?ありがとう』と優しく答える。


雫は露の元へと駆ける。

1度聞いてしまった以上、あの場を黙って走り去るなんてことは出来ない、かと言って自分が夫の不倫出できた子供だとも言えない。

雫とバレてしまえば、きっと露になにか言うのだろう。

それは避けなければいけない。


だからこそ、1度露に母が来ていることを伝え、そして対応しなくては。


そしていつか、あの母にも自分を認めてもらわねば。

そうじゃないともうすぐお別れになる。


一方、露は午前の部が終わり、昼食中にトイレに行った雫以外のイツメンと雑談をしながらお弁当を食べる。


今日のお弁当は雫が寝ている間に黒兎と一緒に作ったいわゆる、愛情弁当なのだ。


そのことは雫には内緒にしてと黒兎に頼み、優越感に浸りながらそれはもう、美味しくご飯を食べていた。


青ざめた雫が帰ってくるまでは。


「ね、はぁ、はぁ、ね、姉さんはぁ」


そんな慌てて帰ってきた雫を見て、露以外のイツメンも、不思議そうに雫を見る。


「ど、どうしたの?そんなに慌てて、まあ、とりあえず落ち着いて」


そう露に言われると雫は1度息を整え、やっと落ち着いたのか話し始めた。


「姉さん。姉のお母さんがきてるの」


その一言で露の表情はさっきまでのにこやかな表情と打って変わって険しいものとなる。


「そう。ありがとう。予定よりはやいのね」


露はたんたんと答えた。


「なになに?そんなにお母さんが来たらまずいの?確かに、複雑ってのは知ってるけど、そんなに怖い顔する必要があるくらい?」


優心が疑問に思ったことを話す。


確かに、よく知らない身からすれば、雫が不倫でできた子供とさえ、分からなければ露に被害はないし、幸い、雫の口ぶりや、説明を聞いただけだと雫がバレたということは考えにくい。


この場さえ乗り切ればなんとでもなる。


すると雫はバツの悪そうに下を向いた。


露は迷ったような表情を見せたが、次第に決心が着いたのか、話し始めた。


「私ね、お母さんの元飛び出てきちゃっててね、来年からお母さんの仕事の都合で海外に移住する予定だったの。私も海外に行って色々学びたかったら、賛成してたんだけど、雫を見つけて飛び出しちゃったわけ。だからきっと連れ戻されるんだと思う。仕事の都合でたぶん今年の終わりには」


それを聞いて驚いたのは黒兎だった。


「はあ?なんだよそれ。今年の終わりって、もう、1ヶ月ちょっとしかないじゃねぇか」


そう言う黒兎に露は乾いた笑みを見せる。


「ごめん。黒兎には先に言うべきだったね」


そう答えて露は決心したように言う。


「お母さんと会ってくる。どうせ何もしなくてもいつか合うことになるなら今、会うよ」


そう言って露は食べかけのお弁当を置いて行ってしまう。


それを止めるものは誰もいない。

止めていいものじゃないし、止めれるものでもない。


これは露とその母の問題。


けれども関わらずにはいられない者もいた。


「ごめん。黒兎。私……行ってくるわ」


そう答えて雫は露の後を追って行く。


これは露と雫とそして母の問題。

他人がどうこう言うべきじゃない。

だから黒兎は、ただ、黙々と露の作った弁当を食べた。





「母さん……」


そう露の言う先には、先程のスーツを着た女性がたっていた。


「露!どうして家なんか飛び出たの?それに手続きなんかこっちに押し付けて。もうワガママできる歳じゃないの!分かってる?」


霧子はそう、露に言った。


「……ごめんなさい」


露は俯いて応える。

霧子は露が出ていったことを心配に思いながら転校の手続きなどは済ましていた。


それは露の自由を思ってだ。

しかし約束として、海外に行く際は母に着いてくることを条件とし転校を認め、事実上喧嘩別れした露を支えていた。


これは彼女なりの罪滅ぼしだった。

夫の浮気で気が滅入っていた時に露にしたことはきっと彼女自身の人生を狂わせてしまったと後悔していた。


だからこそ、今回は特例で、露の意見を認めることにした。


何やら、どうしても話をつけたい人が見つかったんだそうだ。


そうして、霧子は秘書として働いていたが、会社から海外支部の支部長を務めて欲しいと依頼があり、露の海外に留学したいとの考えと一致するためその仕事を受けた。

それがつい最近早まったのだ。


そうやっていると後ろから追いかけてきた雫が露に声をかける。


「姉さん」


その一言で霧子は反応する。


「あ、さっきの……姉さん?あー、そういう事ね。露。話はつけれたみたいね。なら、転校の手続きはしておくわ」


そう言った霧子に対して露は反発する。


「ま、待ってよ!お母さん。違うの!私は……私は……ここにいたいの!雫とみんなと」


そう答える露に霧子は強く反応した。


「ワガママできる歳じゃないの!」


一触即発の空気そんな中、雫は冷静に言った。


「お義母さん。私と話をしませんか?」


そう言う雫に霧子は答える。


「あなたもわかるでしょ?私があなたを嫌いとする理由が。私はあいにく素晴らしい人間ではないの。悪いけど、なんの罪もないあなたが嫌い。いえ、生まれたことが罪なあなたが嫌いなの……」


そう言う霧子に雫は依然冷静に答えた。


「私もお義母さんが嫌いです。でも、話したい。だって私の家族だから」


そう言う雫に霧子は唖然とした。


「あなた……私を家族として見ているの?」


その問いに雫は静かにうなづく。


「呆れたわ。あなたはよっぽど人ができているのね」


そう言い切った霧子に雫は優しく返す。


「違います。お義母さん。人ができていないから話したいのです」


そう答えた雫に霧子も露も冷静にならざるを得なかった。

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