第97話氷の女王と親たち
体育祭も前半の後半。要するにそろそろお昼前の最後の競技が始まろうとしている。
お昼前の最後の競技はそれぞれの学年でスウェーデンリレーだ。
男子は1走目から100、150、200、300、400メートルの後半に行けば行くほど辛いリレーだ。
女子は50、100、150、200、300メートルと男子よりはまだ短いながらも、後半は辛い距離設定だ。
イツメンの走者としては露が200メートル、咲良が300メートルそして黒兎が補欠出場だ。
もちろん黒兎は補欠なので、別に走らなくてもいいのだが、そうにも行かないようだ。
「悪い!月影」
少し焦り気味で話しかけてきたのは山中だ。
陸上部でもちろん足も早い。
そんな山中が少し、バツの悪そうな顔を浮かべている。
「どうしたんだ?なにかあったのか?」
黒兎も聞き返す。
山中はバツの悪そうな顔をしながら『ああ』と相槌をうち、答える。
「佐藤がさ、顔洗いに行く時に前見えなくてコケて怪我したらしい。それで今保健室らしいんだ。わるい!補欠で出てくれないか?距離は200メートルだ」
なるほど。あれから佐藤の姿を見ないのはそういう事か。
もちろん黒兎は補欠出場に関してはうなづく。
「いいよ。補欠だしな。その代わりあんまり結果は期待して欲しくないけど」
そう答えると山中は緊張が解けたのか少し笑って答える。
「ありがとう。結果は……まぁ、期待しておくよ」
そう言って去っていく山中を見て、
(期待するなって言ってるのに……)
と少し愚痴りたい気もするが、せっかくの午前最終競技だ。気合いを入れよう。
「ということで、私も行ってきますよ。200メートル走ってきますよ」
そのことをイツメンのメンバーに話すと
『走れんのか?』とか、『200メートルなんか黒兎には無理よ』なんて言った失礼な声がちらほら聞こえる。
「たく、失礼な。200メートルくらい走れるわ!……たぶん」
「いや、自信なくすなよ」
陽のツッコミが入ったところで、タイミング良く招集がかかる。
「次の1年生男子、女子スウェーデンリレーに参加する人は集合場所に集まってください」
「招集だな」
「行きましょうか」
「そうだね」
咲良と露共に招集場所に向かう。
もちろん男子と女子は少し離れたところにそれぞれ待機場所に座った。
「悪いな月影」
そう言ったのはアンカーを走る山中だ。
「おう、そのことはいいって。補欠で元々入ってたしな、こういうことがあれば入るのが補欠の役目だろ?」
そう答える黒兎に山中は笑って返す。
久しぶりに走る黒兎はなかなかに緊張していたが、少し話をするとなんだか楽になるものだ。
「それでは只今よりスウェーデンリレーを始めます」
そう言われて黒兎達はリレーのスタート位置に着く。
と言っても、第3走目なので、少し後ろで待機をしている。
「位置について……よーい……ドン!」
合図があり、いっせいに走り出す。
黒兎たちのクラスは現在2位。1位との差もほぼなく、なかなかにいい線を行っている。
とはいえ、横並びなのはほかのクラスも同じ。
そしてそのままほとんど横並びで次へバトンが繋がる。
次は150メートル。グウンド半周半だ。
ここで少し、周りとの距離が離れるクラスもあり、現在黒兎達は2位をつけてはいるが、少し1位との差は開いてくる。
そしてついに黒兎にバトンが渡る。
「月影!」
そう言われバトンを受け、走り出す。
200メートルはグラウンド1周。
距離にしては普通くらい。
1位との差は少し開きがあり、一向に詰まらない。
そして第1コーナー。
黒兎は久しぶりに走るのにも関わらず周りがのよく見えている。
レースに集中してはいるが、咲良や、露の応援が耳に入り、不思議なことにそれだけで、まだいけると思わせられる。
第1コーナーを抜けて少し直線。
少し1位がばてているのか、距離が詰まる。
そして第2コーナー保護者席の前を通る。
そしてふと目に入ったのは父さんと母さんだった。
もう高校生になる息子だと言うのに、ビデオカメラを構えて、少し手を振る姿をみて、恥ずかしながらも、ぐっと力がでる。
なんだかんだ、女の子の前と両親の前はカッコをつけたくなるのだ。
黒兎は走る。
第2コーナーを抜け最後の直線。
1位との距離は確実に詰まっている。
がしかし、抜ききることは出来ず、無念ながらも次の走者に託す。
次は300メートル。そろそろきつい距離だ。
それでもテニス部の吉田がぐんぐん1位との距離を詰める。
優勝はその2クラスどちらかだ。
吉田と1位のクラスはほぼ、並走状態に。
そしてアンカーに託される。
山中が走る。
陸上部と言うだけあって早い。
それでも1位のクラスも譲らない。
接戦に接戦を制し、第2コーナーでついに山中が抜いた。
そして、1位フィニッシュ。
「なんだよ月影結構早いじゃん。陸上部来る?」
清々しい顔で走りきった山中がそんなことを言う。
「遠慮しとくよ」
黒兎がそう答えると、山中は笑って返す。
緊張は何処へやら、最後は走りきった山中と少し心の距離が縮まった。
そして女子スウェーデンリレーが始まる。
露たちのチームは現在4位。なかなかに苦しい状況だ。
そして第2走者へ。
奮闘もあり、ひとつ順位を上げ、現在3位。
そして露の番だ。
距離は200メートル。女子にとってはなかなかに辛いかもしれないこの距離を露は走る。
「露!行けるぞー」
黒兎も声をかける。
それを聞いてか知らずか、うなづいたように少し頭を下げ、どんどんスピードをあげる。
「姉さん!頑張って!」
「露ちゃん、いけるー!」
生徒席からも、雫や、優心が声をかける。
(応援されてるなー。頑張んなさい。自分!)
早い。どんどんスピードをあげ、下げない。
相手が疲れる第2コーナーを曲がったあとすぐにもう1人抜き現在2位。
そして最後は咲良に託された。
(やるしかないよね)
咲良は最初からトップスピードだ。
後半の疲れが心配されるが、今はとにかく1位を抜く。
第1コーナーを曲がった辺りでついに1位に。
しかしここからがしんどい。
あと、グラウンド一周を走りきらないといけない。
それでも咲良はスピードを保ちながら走る。
1位との距離が少し離れてきた。
このまま行けばかてる。
そして第2コーナー。
ついに咲良に疲れが見え始める。
「咲良ー!頑張って!」
この声は久しぶりに聞く声だ。
聡の声ではない。
聡は最初からずっと咲良を応援している。
自分の親でもない。さっき保護者席で見たが、後ろの方で我が子を探していた。
この声は
(やばい!これ、聡のお母さんだ!)
まさかの彼氏のお母さん。
色々あって顔見知りなのはあるが、こうまでされると恥ずかしい。
その場を去りたい一心で走る。
そしてその結果1位になってしまった。
リレーが終わってすぐ、聡と咲良がそれぞれの両親の所へ言ったのはみんなに広まり、クラスに帰れば冷やかされるという事態にも発展した。
そしてその中、招かれざる親が一人。
「露はどこかしら?」
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