第75話氷の女王とピンチ

「冬矢さんと月影……?」


携帯を拾い上げた男子が思わず口に出す。

すると周りにいた何人かのクラスメイトも気づいたのか、携帯に映し出された写真を見ては、黒兎と雫を見るを繰り返している。


今、露がコケたこと以上に黒兎と雫の写真が注目を集めている。


黒兎は隣にいた雫を見る。

雫はただ、じっと露を見つめている。まっすぐに。


「雫……?」


思わず黒兎は皆の前で雫と呼んでしまう。

それくらい今の雫は異常だった。


怒りの目でもなく、慌ててもいない。しかし酷く冷たい目で。ただ露を見ている。


「あっ、これ、はい」


男子が露に携帯を渡した。

そこでクラスの視線が露に戻る。


「あ、ありがとう。君優しいね」


露はわざとらしく、上目遣いをしながら携帯を受け取った。


教室は静かだ。

文化祭一日目の終盤であり、客も露が来る前にほとんど会計を済ませている。

店内には2組しかいなかった。




キーンコーンカーンコーン


文化祭にしては異様な静けさの中チャイムが響く。


文化祭終了の合図。それを聞いて一度クラスが動き始める。

店内にいた客も会計へと急ぐ。


しかし、そんなクラスメイトの視線が黒兎と雫から離れることはなかった。



片付けが終わり、先生が戻ってくるまでの時間もちろん、話は黒兎と雫のことだ。


「冬矢さんと月影、最近よく一緒だって思ってたから納得」

「でも、ふたりで同棲ってはやくない?」

「わかんない。でもあれはやることやってるよね」

「清楚な顔して、中身はビッチってw」


「嘘だろ?あの月影が?」

「それに冬矢さんだったらもっといい男いけたのに」

「なんか、似合わないっていうか」

「冬矢さんって怖そうに見えてチョロいのかも」


噂話は広がり、今ではクラス中が黒兎と雫の写真のことを知っている。

ほんの数十分のことだった。


そんななか、原因の霞田露はと言うと席に座ったまま、ただ、楽しそうに周りを見てはこちらに視線を向けてくる。


「おいおい、どういうことだ?」

「どうして雫と黒兎の話が?」

「やばいんじゃない?」

「とりあえず、何とかしないとな」


聡や咲良、陽に優心のイツメン達が黒兎の元までよってきて心配そうにしている。


そんな中もう1人の渦中の人物、雫はただ座ったまままっすぐ前を見ている。


すると、露が動いた。


「みんな!もうやめて!」


クラスが静かになる。


「やめようよ!黒兎と雫が悲しんでる!それに……こんなヘマしちゃうなんて……ほんとに黒兎と雫には謝らないと」


露はわざとらしく頭を下げる。


「ごめんなさい」


一体、何がここまで露の心を動かせるのか、雫を陥れるなら平気で頭を下げ、謝罪をする。

一体何が。


「ごめんなさい。黒兎と雫の写真を偶然とはいえみんなにこんな形で見せびらかすことになって」


偶然?あまりにもわざとらしく思わず黒兎が声を出そうとする。


しかし、雫に止められる。


「ほんとにごめん。ごめんで許されないよね?本当に……」


露は教室の床に頭をつける。

土下座をした。


「この度はほんとにごめ……」


もう一度謝罪の文言を口にしようとした時ついに雫が喋った。


「さすがね。お姉ちゃん」


それを聞いて露の言葉が完全に止まった。

露は立ち上がり、わざとらしくとぼけてみせる。


「どうしたの?雫?お姉ちゃんだなんて」

「どうしたもこうしたもないわ。事実でしょ?腹違いのお姉ちゃん」

「っ!!!」


クラスに動揺が走る。


雫と露が姉妹?しかも腹違いの?

一度、黒兎と雫の噂は雫と露の姉妹と言う話に上書きされる。


「お前、わかってんのか?」


露が聞いたことも無い真っ黒な声で雫に言う。

クラス中があまりの露の変わりように戸惑いを隠せないでいる。


「ええ、わかっているわ。お姉ちゃん」

「……ぶな」

「何か言ったかしら、お姉ちゃん」

「……よぶな」

「聞こえないわ。お姉ちゃ」

「お前が私を姉と呼ぶな!!!!!!!」


クラスが一気に静かになる。


しかし雫は煽るように露を姉と呼び続ける。


「怒らないで。お姉ちゃん」

「……」


無言で露は雫の前まで走り胸ぐらを掴む。


「おい、呼ぶなって言っている」

「いえ、呼ぶわ」

「呼ぶなって言ってるんだよ」

「何度でも呼ぶわ」

「次言ったら殺す」

「そうね。お姉ちゃん」


露は雫を思いっきり殴ろうとする。


その時。もう黒兎の足は動いていた。


「うっ!!」


黒兎が胸ぐらを掴んでいた露に思いっきりタックルをする。

思わず胸ぐらをから手をはなし、雫は苦しそうに息を吐きながら呼吸を整える。


タックルした黒兎は露が怪我をしないように、抱えて派手に転んだ。


「っ!離せ!黒兎!」

「ダメだ離さない」


黒兎は露に抱きついて離さない。


「キモイ!離せ!離せって!」


露が必死に暴れる。それでも黒兎は離さない。


「離せ!」

「無理」

「離せって」

「無理だって」

「離せよ!」

「ダメだ」

「離せって……どうしてだよ」


露は抵抗をやめて諦めたように声に出す。


「なぜって?今離したら雫を怪我させるだろう?それにそうなったら露も怪我する。

雫と露が姉妹ならお前も俺の家族だよ。

姉妹喧嘩はいいけどあまり人様の前でやるんじゃないぞ。家帰ってからな?」


雫は黒兎を見て笑顔をで応える。

クラスのメイトはみんな、露の変わりようと、雫の初めて見せる笑顔を戸惑いやら、色んなものを感じていることだろう。


抵抗を無くした露を黒兎は離した。


「どうしてお前に家族なんて言われなきゃならねんだよ」

「雫の姉だから」

「なんだよ!それ!どうして雫と姉妹ならお前の家族なんだよ……」

「雫は俺の大切な家族だからだ」

「なんだよ……それ。家族ってなんだよ……」


露のきっと初めての本心。『家族ってなに?』に雫は答える。


きっとこういうことよ


雫は無言で露を抱き締める。


「なんだよ。キモいんだよ」

「久しぶり、お姉ちゃん。小学校以来だね」

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