第76話姉妹


「はーい座って」


あれから5分もしないうちに担任が帰ってきた。

動揺が渦巻く教室のクラスメイトたちも一度席に着く。


「今日の文化祭は……」


担任の先生が喋っている。

きっと文化祭の内容や、明日も頑張ろうなんてことを言っているんだろう。


けど、この教室にそんな話を聞いている生徒はほとんどいない。皆どこか今日の雫と黒兎そして露のことで頭がいっぱいなのだ。


それに雫と露が腹違いの姉妹なんて……


黒兎も予想というか、ある程度そんな気はしていたけれど、実際そんな事実を突きつけられればショックで何も出来なくなりそうだ。


ただ、無力感とそして雫と露の父親のことが許せない気持ちが溢れてくる。


「はい、号令」

「起立」


いつの間にかホームルームは終わっていた。

皆教室を出る。瞬間、騒がしくなる。話題は今日の雫と露のことだった。


黒兎と雫がとかよりも、本当の顔を見せた露に対して暴言とも取れる内容を話している生徒も見える。


そんな中、ただ、1人教室に残された女子生徒はホームルームなんかとっくに終わっているのに前を向いて座ったままだ。


「黒っち、露のことどうするの?」

「露と雫が姉妹だなんて……」

「それも腹違いの」

「今は1人にした方がいいんじゃないか?」


イツメンの4人と黒兎と雫はまだ教室に残っている露を見る。


窓から差し込む夕日の光と、それに照らされる露の横顔はあまりに美しく、儚く、そして悲しく見えた。


「どうするって……どうしたらいいんだ?」


黒兎は雫に目を向ける。

雫はただ黒兎の目を見て答える。


「今はどうか1人にしてあげて」


イツメンと黒兎は静かに頷く。

今は、ただ、そっと。


儚く悲しげな少女を置いて帰る。帰るしかなかった。


イツメンもそれ以上何言わなかった。

きっと言いたいことは沢山あるだろうに。それでもただそっとしてくれる。

本当に感謝してもしきれない。


夕焼け空の中、珍しく、黒兎と雫はふたりで帰路についた。




いつもより重く感じる扉を開ける。


「ただいま」


雫はつぶやいた。


「ああ、おかえり」


黒兎もそっと返す。


ふたりは一度カバンや着替えのために部屋に戻る。

後でリビングに集まるよう約束して。


いつもより重い足取り、いつもより重いカバン、いつもより……。

いつもより辛い。


リビングに黒兎はひと足早くつき、今は雫を待っている。


程なくして雫が降りてきた。


「……」

「…………」


無言の時間が続く。

いつもは雫がすぐに話し始めるのに今回はそうはいかなかった。


夕日の光がやけに眩しい。


5分もすると雫は話し始めた。


「まずはそうね。私とお姉ちゃんの関係から話そうかしら」

「お願いするよ」


「私とお姉ちゃんは言った通り腹違いの姉妹よ。お姉ちゃんが父さんの正妻の子、私が不倫相手の子って感じね」

「それまではわかる。けどどうして露がそこまでお前のことを恨むんだ?」

「きっと小学校の頃の話でしょうね」

「小学校?」

「ええ、小学校の頃たまたま私が転校した先にお姉ちゃんがいたのよ。その頃はもちろん2人とも腹違いの姉妹だなんて思ってもいないわ」

「そりぁー、そうだよな」

「ええ。きっと小学校なんて、なんにも考えてない時にあってしまったことが悪かったのよ」

「どういうことだ?」

「それは……」


雫は話し始めた。

雫と露の小学校時代のことを。



「もう、帰ってくんなよ。なんであんたに飯くわさなきゃなんないのよ」

「ごめんなさい」

「ごめんなんて思ってもないこと言わないで。ほら、さっさと行って」

「ごめんなさい」


冬矢雫10歳、小学校5年生。


自分は知っている。


両親は有名な政治家だということ。

そして自分はその二人の子ではなく、父親の不倫相手との間の子だと。


幼いながら知っていた。

なぜって?


「どうしてあんたみたいな子供の世話なきゃしないといけないのかしら?」

「ごめんなさい」

「おじさんも不倫で子供できるって……はぁ。うざいなぁ」

「ごめんなさい」

「ごめんばっかりうるさい!あんたはいらない子なの!生まれてくる必要のない子なの!生まれても幸せどころか不幸しか運んでこない。まるで疫病神ね」

「ごめん……なさい」


こんなことを毎日のように言われればわかる。


私はいらない子。そして父親の親戚に預けられた、不幸しか運ばない疫病神だ。


私はいつものように、おばさんの罵声とともに家を出る。


もう、慣れたものだ。


家では辛い日々も外に出れば忘れることが出来る。

いくら酷い仕打ちとはいえ直接手を上げられたり、ご飯を食べさせて貰えなかったり、毎日同じ服を着たりなんてことはない。


その分周囲も気づきにくい、たまにおばさんの罵声に近所の人が来ることがあったけど、私に外傷はないし、ちょっと怒りすぎている程度にしか認識されない。


だから私は、みんなと同じように学校に行く。

友達もいないことはない。学校では普通に過ごしている。

けれども、私はよく転校を繰り返していた。

父親が隠し子の存在をなかった事にしたいからだ。


できるだけ同じ場所にとどまらないようにされている。


今日は転校初日。初日と言ってももう何度目の初日なんだか。


そんなことを小学生なりに思いながら教室へ向かう。


慣れた挨拶を済まし、空いている席に腰を下ろす。


「ねえ、あなた」


前の子が話しかけてくる。


「はい」


可愛い顔だ。


「あなた、可愛いわね。私ほどじゃないけど」


初対面でそんなことを言われたのは転校を繰り返した私でも初めてだった。


満面の天使のような目でこちらを見て、そして私を可愛いと言ってくれた。

更には自信満々で私の方が可愛いけどなんて言ってくる。


私は初めての友達になりたいと思った。



その天使のような子は勉強もスポーツもなんでもできた。


私はその子と張り合うために努力した。

運動も勉強も、色んなことをできるようにした。


すると成績は良くなって次第におばさんにも褒められるようになってきた。


嬉しかった。

私が存在していい理由を見つけた気がした。


けれども……


「もう、話かけないで」

「え……」


私が近づけば、彼女は離れていった。


また、生きる意味を無くした。

やっと彼女が心の支えになっていたこと気づいた。


ふと鏡を見た。


「あれ?私の顔変わってる」


気づいた。彼女に会ってから私は今までの人生で1番いい顔をしていた。

けど今の顔はまたあの、転校初日と同じ。


自分でも思った。

人形のように可愛い顔だと。


そんな私の顔が嫌いだった。

自分が人形だと気づいた。


だから決めた。こんなにも悲しいなら、こんなにも辛いなら、人形なら人形らしく、感情なんて、表情なんて、痛みなんて、無くしてしまおう。


それ以来、彼女と私は関わることも無いまま、私は転校してしまった。



その彼女がお姉ちゃんだと気づいたのはつい最近のこと。




「そんなことが」

「ええ。私はこの姉妹喧嘩にケリをつけたい」

「ああ」

「そして、救ってあげたい」

「うん」

「私の大好きなお姉ちゃんを」

「おう」

「手伝ってくれる?」

「当たり前だろ?俺と、お前とお前の姉ちゃんも、みんな俺の大事な家族だから」

「ありがとう。私とお姉ちゃんに家族を教えて」


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