第73話氷の女王といつも通りじゃね?
「疲れたなぁー」
「ええ、疲れたわ」
例の喫茶店を出て一息つく二人。
というか、喫茶店で一息つくはずだった二人。
なんやかんやあって1番疲れることになった喫茶店から出て、二人は校舎裏の階段で座っていた。
「まさかこんな所で休憩することになるなんてな」
「そうね。文化祭なのに校舎裏の階段で休憩することになるなんて思ってもいなかったわ」
「本当、ムードがないというか……」
「ムードね…。校舎裏って結構ムードあるんじゃないかしら?」
「そうか?」
「告白とかの定番場所だし」
「……」
告白という言葉に少し沈黙が流れる。
文化祭をしている校舎と違って校舎裏はとても静かだった。
そのせいかより沈黙が長く感じられる。
時間にすれば5~6秒。けれど2人には1分にも2分にも感じられた。
この感覚には慣れたものだと黒兎は感じる。
雫といると度々この感覚に襲われる。
短い時間を長く感じる。そして長い時間を短く感じる。
この数ヶ月は信じられないくらい早かった。
雫とそしてみんなと。
こうしている時間が勿体なくなるほどに早く時間は流れていく。
雫が黒兎の家を出ていくまで後3ヶ月。
どれだけその3ヶ月が早いのか。想像は容易い。
けれども急ぎたくはない。十分ゆっくりなのかもしれないけど、まだその時じゃない。
今じゃない。
きっとあと少し。
そうしてそんな長い5~6秒が終わりを告げる。
もちろん彼女の声で。
「まあ、私は校舎裏で告白なんてロマンチックというかありきたりなものより、自然にすっと言われた方が嬉しいわね」
雫の声に反応して黒兎は挑発するように返す。
「お前に告白しようなんて物好きはいねぇんじゃねぇの?」
雫は少しふくれた様にムスッとして返す。
「あら?そうかしら?もしかしたら物好きがいるかもしれないわよ?それにこの私の魅力に気づけないような人たちは見る目がないのよ」
「それもそうだな」
「ええ、そうよ。きっと誰かが私を見つけてくれるまで、せいぜい身体は綺麗に保っておくわよ」
「おいおい、生々しいな」
「そうね。なら早く見つけてくれないとね」
『ああ、そうだな』と黒兎は笑って返す。
静かな校舎裏に少し、笑い声が響いた。
「やっべもう1時間しかねぇ」
「あら?そんな時間?まだ全然回ってないわよ」
「お前が校舎裏に行くからだろ?」
「あら?疲れたからここで休憩って言ったのは誰かしら?」
そんなことを言い合いながら校舎をかける2人。
そして、
「はいはい、お二人共!廊下歩く!」
と先生に怒られたところで、2人は速度を緩めた。
「急げって始まるまで15分くらいだぞ」
「ええ、わかっているわ。」
交代まで1時間。そして今は文化祭イベントのライブまで15分ほどしかない。
ライブ会場の体育館は校舎裏から真反対の棟の近くにあるため割と急がないと間に合わなくなってしまう。
そしてこのライブでは聡がメンバーとして出るのである。
なんだかんだ遊んでいるように見えて他クラスのライブメンバー達と準備を重ねていたらしい。
そんな親友 (たぶん) の存在を忘れて校舎裏で喋っていた2人はかなり急ぎめの歩きで体育館に向かう。
体育館に着くとたくさんの人と咲良の姿が見えた。
咲良は店番だったが、彼氏のライブということもあり、クラスのみんなに協力してもらい早めに切り上げてきたのだ。
「きたきたー。おそかったねぇ」
「ごめん。忘……、道に迷ってー」
「ん?今忘って聞こえたんだけど。後道に迷うとかそんなことある?もう、9ヶ月過ごしてるのに」
黒兎の発言に少し頬をふくらませる咲良。
「ごめんなさい。遅れてしまったわ。完全に忘れていた……信号に引っかかってしまって……。申し訳ないわ」
「いや、忘れてたって言っちゃてるよ?隠せてないよ?その前に完全にとか付いてるよ?それに学校の敷地に信号ないでしょ?そんな待ち合わせに遅れた時の常套句使って」
雫のボケにいい感じにつっこむ咲良。
そんな咲良を見て黒兎は良く成長したなぁと感心する。
「ちょっと、黒兎も感心してないで」
「いや、なに。雫のボケにあのツッコミ。うむ。なかなかに良かったぞ」
「あんたは私の師匠か」
「やっぱレベル上がったなぁ」
そんなことを言いっていると、舞台の幕が上がった。
ドラムの音が聞こえる。
次第にギター、ベース、キーボードなどの楽器の音が体育館に響く。
身体に響く。心地よい。
そして歌声が体育館を包み込む。
聡はと言うとベースを弾いている。
いつもはチャラいとか言われているが今はそれも相まってかっこいい。
素直に感心した。
「すごいわね。聡」
「そうだな。俺には楽器の才能ないからできないよ」
「わたし、ピアノは少しできるわよ」
「多才だなぁ」
「まあね。それにしても…」
「ああ、咲良……」
まだライブが始まって一言も喋っていない、というかむしろ喋らない方が鑑賞の態度として適している気はするけど、そんなことどうでもいいくら見入っている。
「咲良……?」
「やめておきましょう。これ以上話しかけるのは無粋ってものよ」
「そうだな」
ただライブを見入る咲良のことは今は置いておいて、黒兎たちもライブに集中していく。
2曲ほど歌うと周りが暗くなり幕が下がった。
「いやー、良かったな」
「ええ、聡のこと、見直したわ」
「でしょでしょー?かっこよかったなぁ」
「まあ、咲良がそこまで言う理由がわかったよ」
「うん。こうやって話してるけど、そろそろ時間じゃない?」
「時間?」
「交代の」
「あっ!」
「行きましょうか」
「ああ、急ぎめでな」
また急ぎめで2人は走った。
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