第70話氷の女王と文化祭前夜

色々準備してもう文化祭前夜。


黒兎たちの高校は前夜祭というものはないが後夜祭というものがある。


文化祭が終わった後に生徒だけでするちょっとしたイベントだ。


そんなことはおいといて、今は文化祭前夜。

準備もほとんどの作業が終盤に差し掛かっている。


「看板もうちょい上に貼れる?」


「あー、そこにテーブルおいといて」


「メニューって誰か持ってる?持ってたら各テーブルにおいといて」


「衣装は家庭科室で着替えるからそこに持って行って」


と、陽が忙しそうにあちらこちらを回って指示を出す。

やはりこの文化祭において陽の存在は大きかった。

みんなをまとめて、そしてしっかりやるべき事をわかっている。

そんな陽がいなければ本番はおろか、準備すら終わらないことになりそうだ。


そんな陽のそばに1人。


「はいはい、落ち着いて、そんな忙しそうにしなくても手伝うから」

「ああ、悪い。サンキュ」


いつもは陽に甘えてばかりの優心だ。

陽の妹ポジションから今は姉といったところか。

忙しい陽の手伝いをしつつ、持ち前の周りを見る力で、冷静に陽の指示をほかの生徒にまわす。


優心の力なくても準備は終わらなかっただろう。


「うぇーい見て!黒っち」

「ん?何?」

「マッスルメイド!」

「意味わかんないことしてないで!ほら行くよ!」

「痛て、いててて」


意味のわからないことをする聡を無理やり引っ張って行くのは皆さんお分かり、咲良だ。

いつもはベタベタの咲良も今はなんだか聡のお母さんみたいだ。


そんな2人をクラスメイトは、『なーんだイチャイチャしてるだけか』『バカップル乙』『羨ましい』

などこっちはいつも通りの反応。


この2人のおかげでいつもクラスの雰囲気は笑顔で溢れている。


そして……


「ちょっと黒兎?こっちも手伝って〜」

「月影くん?こちらの方が急を要するわ。こっちから手伝って」


まあ、色々とおかしな目で見られる黒兎。

その理由はもちろん、片腕を組みながら上目遣いをしてくる露と、チョコっと制服の腕を掴んでいる雫のせいなのだ。


クラスの男子達からは、


「おいおい、なんだ?月影のやろう最近影薄くなくなってないか?」

「なんだ?モテ期なのか?」

「クソっ、どうしてこのクラスの美少女が月影なんかに」


など、もう色々聞こえてくるし、クラスの女子からは、


「なんか最近冬矢さん変わったよね」

「なんか月影くんと冬矢さんよく一緒だよね?」

「付き合ってるのかな?」

「そんなことないんじゃない?それに露ちゃんは何かと月影にベッタリだし」


と色々憶測が飛び交ってるわけで……。


「あー!もう、邪魔だ!冬矢も!露も!」


ちょっと強引に腕をを払うと雫も露もまるで姉妹みたいに同じような表情をする。


悲しそうな、寂しそうな目でこちらを見てくる。


黒兎が周りを見ればさっきよりも冷たい目線を向けられていることに気づく。


雫と露とクラスメイト。交互に黒兎は見て諦めたように『わかったから、そんな顔しないでくれ。まずは冬矢から手伝うから』と返した。


雫は露に向けてまるで少し自慢するように、


「ありがとう。やはり月影くんは私を選んでくれると思っていたわ」


と言った。

露は黒兎をからかうように、そして周りにも聞こえるように、


「そうなんだ。やっぱり私は2番なんだね。いいよ。待ってる。黒兎が私を選んでくれるまで待ってるから」


と言う。

クラスの視線がより冷たく、刺々しいものになっていくのが分かる。


「いや、みんな?違うよ?」


そんな黒兎を見てニヤニヤと露は笑っている。


(クソっ。この顔マジでクラスメイトに見させてやりたいわ!)


器用に黒兎にだけ、悪い意味で笑顔を見せる露に絶対復讐してやると黒兎は誓った。


そんなこんなで何とか準備も終わりを迎える。


クラスからは開放感のような、そして明日に向けて気合を入れるかのような声があちらこちらから聞こえてくる。


初めての高校生の文化祭。

中学とは違って、色んな学校外からも人が来る。

中学とはちがって、2日もあるし、後夜祭もある。


そして何より、中学とはちがって、大切な人との文化祭。


帰り道。今は雫と2人で帰っている。

理由は、今日は陽の手伝いで学校に遅くまで残っていたため、生徒と鉢合わせる可能性は低いであろうということ。

そして雫のお願いだった。


いつもは面倒事になるから別々でと言っている雫が今日は帰ろうと、雫自ら誘って来たのだ。


なんだか最近の雫が急に可愛いくなった気がする黒兎は、学校でも家でもドキドキだ。


いつも普通に会話しているのになんだか急に会話すら続かなることがある。

なんというのか、異性としてハッキリと意識してしまっているのだろう。


「ねえ、黒兎」

「なんだ?」

「いえ……。なんでもないわ」

「ああ、そうか」


とこのように一緒に帰っているだけなのに会話が途切れ途切れになる。

そしていつも話かけてくるのは雫だ。


「ねえ、黒兎」

「なんだよ」

「明日の文化祭楽しみかしら?」

「ん?まあ、それはな。雫だって楽しみだろ?」

「ええ。楽しみよ。それと……黒兎は前半店番?後半?」

「俺は後半だ」

「そう。その……よければなのだけど……」

「どうした?最近なんか変だぞ?」

「変……変ね。そうかもしれないわ。……意識しすぎなのかしら……」

「意識?なんだ?」

「いえ、なんでもないのよ」

「そうですか」


なんだかぎこちない2人。


「それで……話の続きなのだけど……」


雫が言おうとしていることを遮って黒兎が言う。


「文化祭一緒に回ろう。雫」

「……」

「雫と回りたいんだ」

「……」


雫からの返答はない。

黒兎の声は震えている。


黒兎は気づいてしまった。

自分の本当の気持ちに。


雫はどう思っているか分からないが、それでも黒兎は気づいてしまった。


(好きだなぁ。アイツのこと。雫が好きでしょうがないんだよなぁ)


雫は長い沈黙を貫く。

それからどれほど時間が経っただろう。

どれほどの距離を進んだだろう。


分からない。


けど、黒兎としてはまるで一生の事のように感じる時間だった。


そして雫が口を開く。


「……ずるいわね。そうね。一緒に回りましょう。私もあなたと回りたいわ」


その言葉にどれほどの意味があるか黒兎は気づいていない。


もう、秋の涼しい夜に、身体がありえないくらい熱い。


暗い夜に真っ赤な顔が2つ。


それからは家に着くまで何も話すことは無かった。


そして、そんな文化祭がただ楽しいだけで終わるわけが無かった。

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