第71話氷の女王と文化祭
「ただ今より文化祭を開始します!」
文化祭当日。体育館は熱気とヤル気に満ち溢れていた。
生徒会長の開始の宣言と共に始まった文化祭。
黒兎たち1年には初めての高校の文化祭。
色んな不安や、心配事はあるけれど、それをうわまる程のヤル気に満ち溢れていた。
「よしっ!始めるぞー!」
陽がクラスメイトに向かって声をかける。
「「「「「おーー!!!!」」」」」
クラスメイトもそれに応える。
いよいよ始まった文化祭初日。
黒兎はとてつもなく緊張していた。
理由は……
(どうしよう。雫のことが好きだって思ってからなんかまともに目も見れない)
そう、気持ちに気づいたはいいものの、あれからありえないほど意識してしまい、今ではまともに目も見れない程になってしまっていた。
このままでは日常生活にも支障が出る。
せめて、雫が一人暮らしするまでの間には……
(一人暮らしするのか……アイツ)
元々決まっていたことなのに今となって寂しさが溢れてくる。
後数ヶ月の同居生活。
後数ヶ月でいなくなる想い人。
「回らないかしら?」
そんな明らかにテンションのおかしくなっている黒兎に意中の想い人。雫が声をかけてくる。
「ああ、悪い。3時間だっけ?交代まで」
「ええ、だからこそ早くたくさん回りたいわ」
「そうだな。行くか」
2人とも同時に歩き出す。
そして手が少し触れ合う。
いつもなら何も気にしない2人は、ほぼ同時に手を引っ込めた。
「そ、そ、その、悪かったわ」
「あ、あ、ああ。こっちこそ」
そんなおかしな2人をクラス中のみんなが見ている。
「そそ、その。いくわよ」
「そ、そ、そうだな。行くか」
2人はなんだかおかしな距離感でクラスを出ていった。
交代までは3時間。明日は後半になって、イツメンで回ることになっている。
なので正真正銘、雫と2人でというのはこの3時間が最後になる。
どうにかしてこの距離をつめたい黒兎は廊下に出てぐるっと周りを見渡す。
「すげぇ……」
廊下を見れば色んな出店や、クラス展示、劇やお化け屋敷なんかも、なんだか、とても学校とは思えない。
「ええ、凄いわ」
「あれ?聞こえてた?」
「ええ、聞こえるも何も……この距離だもの」
言われてみると2人の距離はいつしか手と手が触れ合うほどになっていた。
「ご、ごごめん」
慌てて謝る黒兎。
そんな黒兎を見てなんだかおかしくなったのか雫は笑っている。
「フフっ。ごめんなさい。なんだかおかしくって。いつもならこのくらいなんてことないのに、あなたといるとどうしてこんなにも温かい気持ちになるのかしら」
「なんだよ。温かい気持ちって」
「そうね。よく分からないわ。けどとりあえず回りましょう。そうすればわかる気がするわ」
「おい、ちょっと!」
雫は黒兎の手をやや強引に引っ張って廊下を走っていく。
もう、緊張とか、不安とか、そんなものは無かった。
ただ単純に楽しい。それだけだった。
「こっちの店に入らないか?」
「喫茶店?私たちのクラスにいけば安くしてくれるのに」
「敵情視察だよ。それに……クラスの前でお前といるのはなんだか恥ずかしいし」
「それもそうね。仕方ないから敵情視察ということにしておくわ」
2人は2年棟にある喫茶店に入る。
そこには……カップルばっかりだった。
「いらっしゃいませ~」
店員の生徒が黒兎と雫を出迎える。
「カップルでしょうか?」
案の定の質問。ここの店、よく見るとカップル割引の適用できるお店だったようだ。
なんだか前にもこんなことあった気がする。
そしてこんな時雫はいつも『そうよ、カップルよ』と確実に言うはずだ。
ご飯も食べれて割引いて貰える。雫がこう答えないはずがない。
そう思っていたのだが、なんだか雫は答えない。
答えずに黒兎の顔を見ては視線を下げ見ては視線を下げとしている。
正直、薄々黒兎も気づき始めているのだが、それでも確信はないので思い切った行動は出来ない。
でも、
「はい、カップルです」
黒兎は店員に向かって言った。
雫は黒兎の方をずっと見ている。
「はい、分かりました!こちらの席でお願いします」
店員に言われて席に着く。
周りでは、『あの子冬矢雫って子じゃね?』『あのなんでも出来る?』『冬矢雫って彼氏いたんだ』『なんか彼氏微妙じゃね?』などと色々ちょっと騒がしくなってしまった。
雫がそこそこ有名なことは知っていたがまさかこんなことになるほどとは。
黒兎は少し後悔する。もし、このことがクラスに広まればどうなるだろう。
こんな公衆の場で雫を彼女などと言ってしまったことを後悔する黒兎。
そんな黒兎を見たからか雫は優しく、『大丈夫よ。別に割引きをしてもらいたかっただけと言えばなんとでもなるわ』と言ってくる。
『それもそうだな』と黒兎は吹っ切れて笑ってみせる。
そう、今はただ楽しもう。
(よし、これであの写真もゲットしたし、なんだか雫はいつもより幸せそうで腹立つし、そろそろ実行致しますか)
霞田露は携帯に入っている写真を見てニヤリと笑う。
(八つ当たりなんて言われれば八つ当たりだけど、それでも私にはそれしかないんだよ。それに、せっかく八つ当たりするなら、最高のタイミングでね)
露はニヤリと笑う。
「あのー」
と、ここで店に客が来ていることに気づく。
すぐさま営業モードに切り替える。
「はい、おかえりなさい旦那様。今からお席にご案内致します」
ちょっと低めの声を出して、いつもの可愛い感じではなく、紳士な雰囲気を纏う。
ここは男女逆転メイド喫茶、露は2日だけ執事なのだ。
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