第59話氷の女王と寂しい
「楽しかったわね」
「ああ、今日は1日遊んだからな」
動物園を後にした後、帰り道に市場によったり、少し寄り道をしたりしてホテルに戻った。
戻るとすぐにご飯の時間になり、温泉につかったりすればもう午後10過ぎ。
「写真送っておくわね」
「さんきゅ」
もちろん、動物園や、市場だったり今日回ったところでは、思い出に残るように写真を撮った。写真は雫の携帯で撮ったので、黒兎はホテルで送って貰うことにしていた。
「それにしても結構撮ったな」
「それほど思い出があったってことでしょう」
「それもそうだな」
黒兎は『ふぅー』と息を吐くと、思い切って今日思ったことを聞いてみた。
「なあ、雫」
「なにかしら?」
「その……楽しかったか?」
「何よ今さら、楽しくなければとっくに帰っているわ」
「帰えるって、ここ北海道だぞ?」
「帰るわよ、どうにかして。家出少女舐めないでもらえるかしら?」
「家出少女ってな……そんな大層な肩書きでもあるまいし……」
楽しかったのなら良かった。
黒兎も別に雫がイヤイヤこの旅行に付き合ってくれているわけではないとわかっていた。
それでも、心配だったのだ。
こんな家族ごっこに付き合わせて、雫はどう思うのか。
こんな旅行は正直に言うと家族ごっこだ。
本当の家族でもない雫を家族として扱い、本当の家族でない雫も、家族として振る舞う。
こんなことに意味なんてあるのか。
こんな家族ごっこに何か雫にとって意味はあるのか。
自分にとって意味があるのか。
少し顔を俯かせ考えていると、何かに気づいたのか、雫が話しかけてくる。
「考え事なんて珍しいわね」
「俺をなんだと思ってるんだ?」
「なんとも思ってないわよ」
「え?その答えがいちばん傷つく」
雫は『そうね』と少し考えたあと、
「家族……かしらね」
そう笑って見せて言ってきた。
あぁ、この笑顔のために彼女を助けたんだと思い出す。
なんの表情もない、冷えきった目と声の中には感情があった。
あの日コンビニで出会った彼女にはあらゆるものがかけていた。
それでも……きっと感情はあったのだ。
あの顔を見て感じた。
コイツは助けを求めていると。
あの目を見て感じた。
コイツはきっと弱いのだと
あの声を聴いて感じた。
コイツはずっと泣いているのだと
そして、冬矢雫という人物全てを見て、聴いて、感じてわかってしまった。
ずっと、なにより、
──寂しい
そう、やって泣いていた。
だから、きっと笑って欲しかった。
手を取らずにはいられなかった。
目の前で、寂しいよと、涙も流さず、声もあげず、誰かに伝えることもしない。
それでも確かに叫んでいた。
寂しいよと。
黒兎にはうるさいくらいに聞こえていた。
だからこそ、そんな彼女の手を初めて取った。
そして気づいた。
手を取られた彼女は、きっと彼女の人生ではじめて笑っていた。
だから、もう一度、笑って欲しくて、きっと自分の自己満で決めてしまった。
そんな、あの時のような笑顔を向けて、雫は黒兎を家族だと言った。
これでもう、迷うことは無くなってしまった。
ちゃんと家族ごっこにも意味はあった。
彼女が、誰かのことを家族と呼び、寂しいと声にすらならない叫びをあげることも無いのだとすればちゃんと意味はあった。
「雫は、もう寂しくないか」
黒兎は聞いてみた。
雫は何かはっとしたような顔をした後、『気づいてたのね』と一言返した後に
「ええ、もう寂しくないわ」
そう返した。
それがどれほど短い会話だったことか。
その、短い会話にどれほどの意味があったのか、語るまでもない。
冬矢雫という、全て凍りきった少女の雪どけが少し進む。
ここ数ヶ月で雫の氷を溶かしていくために必要な3つ炎が灯った。
1つ目は、自分のことを、助けてくれ、叱ってくれ、愛してくれる友達という炎。
2つ目は、自分のことを裏切らず、1番に考え、そして1番近くにいて愛してくれる家族という炎。
そして3つ目、月影黒兎という炎。
3つ目の炎の存在に黒兎は気づいていない。
そしてその炎がどれほど雫の雪を溶かしているのかも知らない。
それでも雫は確かに感じていた。
友達よりも、家族よりも、何よりも……
あの日取られた手の温もりが1番温かかったことを。
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