第60話氷の女王と最終日

「よし、行くわよーっ!レッツゴー!」


とてつもなくテンションの高い母を横目に車に乗り込む。


今日は3日目最終日の朝。そしてこれから母が1番と言っていいほどに楽しみにしていた雫とのショッピングだ。


「母さん朝からテンション高いな」


父も少し戸惑うくらいにテンションが高い。


「だって娘との買い物よ?こんなに夢に見た事はないわ。息子との買い物なんて楽しくないもの」


俺が『娘じゃなくて悪かったな』と皮肉げに言うと母は「もちろん黒兎のことも好きよー」なんて言ってくるのであまりの恥ずかしさに耳まで赤く染る。

この年で、同い年の女の子の前で、母親に大好きなんて言われたら、色んな意味で恥ずかしい。


そんなやり取りを雫はただ、微笑ましそうに見ている。完全に仏の領域。アルカイックスマイルだ。


「なんだ雫?仏にでもなったか?」


またも皮肉げに黒兎は言う。恥ずかしさを紛らわすためだ。


「いいえ、別に。ただ、微笑ましい、そう思っただけよ」


テンションの高い母と仏の雫を乗せて車は走る。


約40分ほどたった頃、ついに目的地に着いたようだ。


「着いたわよー。2人とも降りて」


母の声を合図に車を降りる。

車を降りるとすぐにショッピングモールに入った。


「広い」


第一に思った事はそれだ。

いつも行っている隣町のショッピングモールも広いが、ここはもっと広い。


雫もなんだかここの広さに圧倒されているようでゆっくりと辺りを見回している。


「それじゃ、雫ちゃん……いいえ、雫と呼ぶわ。私の可愛い娘の雫!なんでも買ってあげるわ!さあ、欲しいものを言いなさい!」


うわぁ、親バカだと思いつつも雫の反応を疑う。さすがにこのテンションには雫も引いていることだろう。


「はい、ママ」


がしかし、雫も案外乗り気なようで、なんでも買ってもらう気満々だ。


「おっおい、雫あんまり高いもの要求すんなよ」

「でも今なんでも買うって……」

「言ったけど!」

「わかっているわよ。それに高いものねだってもあまりのお財布は痛まないでしょう?お金持ちなんだから」

「それもそうだけど……」

「それもわかっているわ。けどねだるなんて初めてだから、その……なんだか新鮮ね」


ねだることが初めてか……。黒兎は少し考える。

ねだるなんて行為は基本的に誰しもが通る道だ。それをしたことがないとは、単に欲しがることをしない子供だったか、それとも欲しがることを許されない環境だったか。


考えなくてもわかる。雫は後者だ。


「……あんまりねだりすぎんなよ」

「ええ、ほどほどにするわ」


雫は母の横に並ぶように歩いて行く。

取り残されたのは父と黒兎だけだ。


「取り残されたな、父さん」

「そうだな。まあ、母さんも楽しそうだし雫ちゃんもきっと喜んでる。その2人の笑顔で手を打とう」

「まあ、それでいいか」


母は雫を連れ回していく。

お昼には北海道を出なくてはならない為、このショッピングが正真正銘北海道最後の旅行場所だ。


服屋に雑貨屋たまにカフェなんかに入ったりして完全に男子そっちのけの女子の空気だ。


黒兎も父もあまり長い買い物が得意ではない。

基本的に早く帰りたい主義だ。

黒兎も最近は雫とのショッピングはあまり苦になったことは無いが (それ以外で苦がありすぎる) 実際自分そっちのけで買い物をされると待っているだけの人間は暇で仕方ない。


黒兎や父が買い物が苦手な理由は基本的にはそれだ。

待つのが苦なのである。

それが自分が待たないといけない時は別に許容範囲だが、あれ?俺、いてもいなくても変わらなくね?となるタイプの待つということが嫌い。もっと簡単に言うなら無駄が嫌なのだ。


しかし、毎度母のショッピングには付き合わされる。荷物持ちとかいう理不尽な役割で。


今回も買った商品を黒兎や父に持たせるとまた、違う場所へと行ってしまう。


「暇だよ」


黒兎が思わず父に話しかける。


「ああ、暇だな」


父も返す。けど会話は続かない。別に仲が悪いわけでわない。ただ会話が続かない。

年頃の子ども父親。それに基本的に月一程度でしか会わないとなると話すことが自然になくなり、結局会話のラリーは2、3往復で止まってしまう。


雫と母の買い物を横目に両手に荷物を持ちながら、この場をどうやって持たそうか考える。


せっかくだから少し父ともしっかり話したい。


「なあ、父さん。どうして料理人になろうと思った?」

「そうだな……」


黒兎が聞いたのは父が料理人になった理由。

これは単に話を振ったわけでなく、これから先きっと黒兎も将来というものを考えることがある。それの参考程度に聞いてみたかったのだ。


父は少し考えた後に答えた。


「なれたからなったかな」


言われたことは思いもよらない事だった。

きっと何か熱い思いなどがあって父は料理人になったと思っていただけに、父からの答えは意外で驚きが隠せなかった。


「なれたから?」

「ああ、なれたから。別に料理人になろう!と思ってこの道についたわけじゃない。ただ、勉強も運動も得意でなかった俺には料理することくらいしかできなかった。だから仕事をするには料理人しかないと思った。」

「そう……」

「ガッカリしたか?俺が熱い志で料理を目指していなくて」

「別に……」


ガッカリと言われればガッカリした。

黒兎が求めていた答えは料理人になって人を幸せにしたかったとか、何か理由があったと思っていたからだ。


「けど、いざ料理人になって思ったのはしんどいことも沢山あるけど楽しいことも沢山あるってそう思った。自分の料理が人を笑顔にする。そう思った時に初めて料理人になろうと思った。その時にやっと料理人になる理由が出来た。だから料理人になろうって思ったのは目指してからずいぶんと後になる」

「あとから料理人になろうって思った?」

「ああ、この先俺は料理人になるって、後になってから思った。やっとなれたからなったから、なろうに変わった」

「理由が後でもいいのかな」

「いいさ。別に。理由が先じゃないといけないなんて決まりはない。俺は理由を探すために料理人になった。なぜ俺は料理人になれるのか考えた」

「どういうこと?」

「料理人に限らずこの世にはなろうと思ってなれる人間はそう多くない。父さんは昔サッカー選手になりたかった。けど、サッカーは上手くなかった。夢は沢山あった。けどなれるものはなかった。父さんは面倒くさがりだったんだよ。努力をしてこなかった。だからなれるのかなれないのかで自然と思考を狭めていった。そして残ったのは料理だった。昔から嫌いでもなく好きでもなかった。けど、他の人以上にできただから、料理人になった」


父は昔を思い出すように語り始めた。


「だから父さんは考えた。なぜ父さんには料理ができたのか。たまたま才能があったのかなんなのか。それを探しに料理人になった。そして答えにたどり着いた。父さんは昔から自分の料理を食べてもらえることが嬉しくて仕方なかった。それで笑顔になる人の顔がたまらなく好きだった。そこでやっと、初めて気がついた。俺は人を幸せにする料理が好きなんだって、だから料理人になれたんだって。それからやっと努力した」


黒兎は父が言いたいことを整理しながら話しているように感じた。


「だから、俺が料理人になった理由は人を幸せにしたいから。そのことはきっとこの思いに気づく前から変わらない。理由はあとから見つけたけど見つからなかっただけできっと最初からあった。だから父さんは料理人になった。なれた。なろうと思った」

「何となくわかったよ。言いたいこと」

「それなら良かった。きっと黒兎は将来何をしようか悩んでいるんだろう?」

「まあ、そんなところ」

「なら簡単だ。好きなことをやればいい。やりたいと思ったら理由なんてなくていい。直感でこれと思えばやればいい。面倒くさがって消去法で選んだっていい。でもきっと最後に理由は見つかるよ。それが遅いか早いかの違いだ。もしかしたらすぐに見つかるかもしれない、はたまた一生見つからないかもしれないね。」


父はニコッと笑った。


黒兎はこの会話をして良かったと思った。

参考程度になんて思っていたが思ったよりも自分の生き方を変えることになったなんても思った。


高校1年生からすれば将来なんて闇の中の闇だ。光の指すことの無い、終わりの無いトンネルを歩く気持ち。


目の前には途方もないほどの闇が広がっていて、その中に無限の可能性がある。

だからこそ、難しい。無限の可能性のなかから人が一生で経験できることはせいぜい決まっている。ならば無限の可能性の中の最良の可能性を探そうとすることは当たり前だ。


無限からたった1つ見つけようなんて不可能に近い。だから人は悩み考える。


だからできないことに挑戦したり、自分の長所を伸ばしたり、他の人と同じように合わせたり。色々して進学、就職といった決定をする。

そしてその選択をするには3年や4年では到底間に合わない。あまりに時間が無い。


そう考えていると、


「だから面白いんだ。人生は」


そう言った。まるでこちらの考えを読んでいたかのような答えに黒兎は驚きを隠せない。


「ほら、雫、黒兎のとこ行って来なさい」


驚いているところに何やら雫が駆け寄ってくる。


「服、選んで欲しいのだけど」

「……いいよ。選ぶ」


そう答えて雫と服屋に入る。

まるで出会って最初の頃に戻った感じだ。

カーテン越しに着替えている雫に向かって黒兎は聞いてみた。


「雫は将来何になりたいんだ?」

「いきなり何よ」

「いや別に」

「そうね、なれるものになるわ」

「どうして?」


黒兎は聞いた。雫の答えはまるで父さんのようだった。


「だって、将来なんてまだ分からないもの」


黒兎は呆気にとられた。しかしそうだと思った。将来なんて分からない。だからなれるものになる。


「そうね、強いて言うなら黒兎のお嫁さんかしら?」

「おいおい、冗談きついぜ」

「……そうね……冗談ね……」




北海道では色んなことがあった。

きっと雫と黒兎にとっては色んなことを考える時間にも成長する時間にもなった。


雫と黒兎の少しおかしな関係はこれからどうなるのか。将来どうなるのか。1年後どうなるのか。分からない。


だからこそ面白い。

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